2013年7月9日火曜日

6 スカルの世界 -Rの立つ世界- 第四部 その7





 左探偵事務所『もう1つの風都事件』調書、
 光夏海。20歳。特技「笑いのツボ」。
 自身の世界で、門谷士と出会い、
 『クウガの世界』で、ユウスケ出会い、
 『キバの世界』でキバーラと出会い、
 『龍騎の世界』ではじめて鳴滝を目撃し、
 『剣の世界』でディエンドを知り、
 『ファイズの世界』でモモタロスと出会う。
 これが反転するのが『アギトと電王の世界』、まずモモタロスが消える、
 『響鬼の世界』でユウスケが消える、
 『カブトの世界』で元々居た祖父、キバーラや鳴滝、そして門谷士までもが夏海の前から消えた。
 『スカルの世界』、直前の世界でほぼ全てを失った代わりのオレと、そしていままでの住み処だった写真館を失おうとしている。
 今回の依頼は結局先送りになった。
 驚いた事に、オレの世界はオレがいない事で相当ヤバい事になるらしい。フィリップから聞いた話はよく理解できなかったが、オレはどうやらそんなに風都に愛されているんだと納得する事にした。
 光夏海にそれを説明すると、あの子はあのクソ丁寧な敬語で自分も独りで旅をするつもりでしたと返した。門谷士の前まで連れて行くという依頼は、彼女自身の力でしないければならないと気づかせてくれたという。だがオレは半ば達成というあの子の言葉を遮って、先送りという事にしてもらった。その時が来るまで様々な世界をゾーンのメモリで渡って、光夏海に協力するライダーをできるだけ多く集めるとフィリップも約束した。オレが受けた依頼は、次の段階に移ったという事にしておこう。
 風都沿岸地帯は壊滅状態に陥った。しばらくは食糧とライフラインが風都全てで困窮するだろう。だがオレは見た。倒壊する風都タワーの瓦礫に寄り集まって、誰に言われるでもなく互いを助け、怪我人を介抱し、迷子の親を必死で見つけ、自前のかゆを振る舞って、そしてただのお祭りであるかのように笑い合ってる風都住民と、それを鼓舞し続けるこの世界のおやっさんの姿を。
 結局あの黒幕だった包帯の女はメモリのエネルギーで細胞が崩壊し死を免れなかった。園咲来人も跡形もなく消えた。今度産まれてくる事があるのなら、風都の風はあいつの友人を運んできて欲しいぜ。他2人の男と1人の女はベルトの保護機能のおかげで身体に深刻なダメージを負わず生き残った。フィリップによると奴らはある特殊な薬で命を長らえている。おやっさんが、人の良いドーパント専門の医者がいるって事で、薬の精製を頼んでみると言っていた。取りあえずは風都住民に頭叩かれながら、被災地でこき使われている。
 違う世界と言っても、風都は風都だ。風都の風が、風都の住民を作ってんだって、オレは思う。





「おまえに帽子は早い。この帽子はやらん。」

「分かってる事言われるとな、余計腹が立つんだ。それが1番の気に入りだって事は、オレも弁えてるさ。」

「だが、これならやる。オレがこの世で2番目に気に入っている帽子だ。ありがたく受け取れ。」

「は?これ、これか?!」

「翔太郎、その緑のチューリップハットは、某国営放送で工作のおじさんが愛用したそれに酷似している。ゾクゾクするね。」

「オレをからかってるのかこいつ!!」

「モデルチェーッンジ!」

 アキコに連れられ男3人がたむろする仮設事務所の前に立った光夏海は、視線を誰にも合わせず、表情を落ち着かせる事がなく、よく見れば頬が若干紅潮している。影に入った草地の深い緑の色をしたランニングシューズ、同色のやや短めのソックス、緑に加えてオレンジ、ベージュの縞のスパッツ、オリーブのカーゴパンツは袖を3重に捲り、カーキのタンクトップ、そしてオリーブのジャケットを上から羽織って同じく袖を肘が見えるまで上げている。

「切ったのか。いいんじゃねえか。」

 翔太郎は荘吉にコーヒーを淹れていた。

「髪は女の命というのを知っているかい?翔太郎。そもそも髪自体に神性がある国では、」

 手で制され、泣く泣く白紙の本を音を立てて閉じるフィリップ。

「印象的な髪を切ると、隠れていた眼の力が姿を顕す。いい女の条件のひとつは眼に力がある事だ。」

 荘吉は翔太郎の淹れたコーヒーには満足したようだ。
 光夏海の黒髪が10センチ切り取られ、うなじが露出するボブカットになっていた。光夏海は、未だはにかみながら、髪の毛の数本をつまんで、下に引っ張っている。
 仮設事務所である風麺の屋台では、オヤジが手早く座椅子を用意し、2人の為に麺を湯に投下した。アキコは翔太郎がストーブを片付けている間にそのラーメンを横取りして、割り箸を口に咥えて割った。

「その帽子よう見たら、ウチがお父ちゃんにあげたもんやんか。あげんの?ウチ聞いてへん!・・・・・ま、アンタやったらええわ。それよりドヤ?バカ助手、うちもショートにしたろかな。」

「ダメダメ、顎が出っ張ってる奴は髪で隠さなきゃ、それよりオレのとってんじゃねえよ、ナルト一口で平らげやがったチクショー。」

 頬を膨らませて、アキコは荘吉に眼を向けた。翔太郎はこれでまた数少ない良縁を逃した事になる。

「自分自身の決断で髪を切れ、そしてショートカットになってから、自分の髪を数えろ。」

 父親の後ろ盾を得たアキコ、翔太郎にアカンベーを返す。

「オレゃ反対だ!」

 孤立した翔太郎、それでも父子に意地を張ってみせる。
 そんなのどかなやりとりをそよ風に煽られながら、箸を手に付ける夏海、丼に顔を近づけて、つい癖で短くなった髪を左手がかき上げてしまう。
 だがそんな夏海に誰も気づかなかった。ほぼ同時に、屋台に置いたドでかいイギリス電話と、これまた携帯としてはドでかい翔太郎のスタッグフォンが同時にけたたましい音を立てたからだ。必然2人は立ち上がりやや距離を置いた。

「アキコ、」荘吉は歪曲した送話器を握りながら言う。「ダマルチアンだ。」

 観察していたフィリップが訝しんで翔太郎へと眼を向けた。

「翔太郎、興味深いねえ、こちらの世界の荘吉は、犬の迷子も請け負っているんだねえ。」

「被災地で子供や犬とはぐれた住民はまだまだいるからな・・・・・亜樹子!分かったよすぐ帰るって。それから、戻ったら、ちょっと話す事があるからよ・・・・、告白じゃねえよ、誰がおまえなんかによ!いいよもう!忘れてくれ!!」

 と強引にスイッチを切った翔太郎、フィリップに向き返る。

「なあフィリップ、あのおやっさんは、オレのおやっさんじゃねえんだ。今回の件でそれがよく分かった。」

「ようやく気づいたかい。ボクはすぐ分かったよ。君の態度が、ボク等の世界の鳴海荘吉に対してなら絶対しないものだったとね。」

「亜樹子にとっても、おやっさんは、ただ1人だよな。」

 12月に入ったばかりの風都は、先の青空が嘘のようなどんよりした、雪が降ってもおかしくない厚く濃い雲が大気を覆っていた。

「みなさん、そのままそのまま。」

 そんな4人をずっと眺めていた光夏海は、ピンクの2眼レフを手にした。

「ん?」

「君の記念写真なら歓迎だ。」

 未だ麺を啜っているアキコが右端、フィリップは既に反応し気に入りの角度でキメて左端、

「借りはいずれ返すお嬢さん。」

「依頼は必ずやり遂げるぜ光夏海。」

 そして、どういう訳か光夏海が撮ったにも関わらず、電話を手にした2人の男が重なって写っていた。念の為もう1枚撮ってみたが、やはり同じだった。どういう訳か光夏海、その2枚を微笑んで眺めて、

「私の旅が始まったんですね。」

 とだけ小声で呟いた。
 後に撮った1枚をアキコに手渡す。その夏海の背後に突如としてあのオーロラのカーテンが現れる。

「どうやらディエンドライバーを使いこなせているようだね。ボクは正直、君が次元を渡って、各世界のライダーに協力してもらう事を考えていた。だが君は想定外だ。」

「相棒の最高の褒め言葉だぜ。身1つで行くんだよな。」

 4人はそれぞれ指を1度だけ振って、挨拶を夏海に向けた。決してさよならとは言わなかった。
 大人の階段を上り始めた少女は、カーテンをすり抜け、この『ハーフボイルドのいない世界』の大気に溶け込んで消えた。

「なぁ、あの子、1人で大丈夫なん?事務所といっしょに、あの子の家への扉も消し飛んでしもたんやで?」

 アキコがさりげなく翔太郎に肩と肩をすり合わせた。結局のところ翔太郎は2度とこの世界に来る事無く、1人の女との縁と気づかず終わる事になる。

「大丈夫、光夏海の心は、今はそう簡単に折れやしねえ。」

 丼をバケツの水にいれてスポンジで洗う翔太郎は、鼻先に洗剤をつけながら言った。

「そやな、仮面ライダーになったんやもんな。ウチもこれから、お父ちゃんとこの風都を守っていくんや、仮面ライダー、クレイドールとしてなぁ!」

 唖然と固まる翔太郎の耳元に、一陣の風が音を立てた。


(完)

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