『光写真館』と看板にある。
その店番をしている少女の夢は、最近いつもあのマゼンダの逆光を受けたシルエットの者の、その腰に巻いた奇妙なベルトの印象で終わる。
「・・・・なんでいつも泣けるんだろ。」
ベルトのバックルは、拳大のレンズを中央に据えた超大型の白いデジカメのよう。少女の掌をいっぱいに拡げて指の末節だけ曲げるような掴み方になる大きさ。なぜそんなものだけが印象に残っているのか、どうしていつもそんな夢を見てしまうのか、少女は目をこすりながらぼやけた頭でいつも思うのだ。
「ちょっと!寝てる場合!」
「え」
店番が暇でうたたねしてしまった少女の肩を揺り動かすのは、つい先程写真館の客として来た女性。確か岬祐月という名前だったと少女は記憶している。
「この写真は何!」
写真館の見習いが現像した写真だった。
態とではないか、
そう思う程被写体がブレている。ブレているなどというものではない。星座の軌道を撮りたいのかと思うほどに長い秒数シャッターを開けなければ、1人の人間の顔が左右に透過して2つできるはずがない。だが彼がそんな長撮りしているそぶりは無い。ある意味奇跡の1枚だ。
「ええと、岬さん申し訳・・・」
と写真を見て慌てふためく少女の耳より、店の玄関先で大声で叫ぶ祖父の声が入ってくる。
「ちょっとぉ待ってください私は!」
と共にどうやら複数の客の声も。
「とにかく謝りなさいよ!」
「酷すぎるじゃないですか!」
「金返せよ!」
転びそうになりながら玄関を出てみると、やはり光写真館長にして、自分の祖父が3人の男女に囲まれて一方的に罵声を浴びていた。祖父は店で現像した写真であるにも関わらずもはや責任逃避の言句で躱そうとしている。
「ぅ待ってください!」
祖父と客達の間に強引に割って入る少女。
「・・・この、写真、ひょっとして、‘士クン’が撮ったものですか?」
‘士’がこの写真館で最近雇われた新人店員の名前だった。
「そうそう、」3人の中に合流した客の岬はどうやらその名を知って覚えていた。「写真撮りましょうか、なんて声かけてくるから、モデルやってあげたわけ、」
岬女史は執拗な上から目線だ。
「世界で1枚だけの写真って言ってさ。」岬の隣の、少女の記憶では確か間宮という女性だった。
「態々受け取りに来てやったのに、これ!」
やはり上からな態度の岬は先のブレて被写体の実態がわからないほどの写真を、少女と祖父に叩きつけた。
続いて他3人の客が次々と写真を突き出す。
逆光で輪郭しか見えない間宮氏、
なぜかビルが透けて見える立川氏、
顔の下半分しか写ってない日下部氏、
「ヒドい。これはヒド過ぎます。」
と感情の行き場を‘士’に向けて固定する少女。
「まあまあまあ、これはこれで芸術的じゃないですか。」
などと何かを既に通り超してしまった祖父は笑顔を客に振る舞う。
「私の顔ってこんな・・・」
とそんな祖父の態度が逆に効果して泣き出す間宮氏を尻目に、少女は、客に背を向けてジタンダを踏んだ。
「今日という今日は。」
とオレンジのやや大きめのニット帽を被った少女は、店から出ようとする。
慌ててその少女を制止する祖父であった。
「夏海、どこ行くんだ?」
光写真館の夏海、つまり光夏海は、その魅惑の眼光を祖父に向けた。
「士クンに文句言ってくる。どうせいつもの場所でしょ。」
呼び止める祖父の制止も聞かず、派手なイエローのスパッツにホットパンツのいでたちで夏海は飛び出していった。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿