2010年5月14日金曜日

0 見初められた女 -旅立ち- その4

 時はやや戻る。


 士が公園で3人組に絡まれながらも、2眼のフレームを通した風景。

 士は一瞬訝しんだ。

 2眼のファインダーが捉えたモノ、それはオーロラのカーテン、あるいは壁。それとその先に佇む人影。



「ディケイド。」



 人影の青年は、士をそう呼んだ。



「今日、この世界が終わります。」



 人影はそれだけ言って消えた。士がファインダーから目を離して同じ風景を見ても、壁も人影も既に無かった。







「おのれ、ディケイド。」



 その同じオーロラの壁を、ある男が、士から遠く離れた場所より手を動かし自在に流す。

 縒れたグレーのトレンチコート、全縁のこれまた縒れた帽子を顔を隠すように深く被る、度がキツそうな黒縁メガネ、脂ぎってるが逞しいわけではない顔、無精ヒゲ、ややキツい体臭。その男の名を鳴滝と知る者はかなりいない。下の名前になると本人すら覚えているかどうか怪しい。



「悪魔め。この世界もおまえのせいで終わりだ。」



 その男が御する巨大なオーロラの壁が、その街の象徴であった市庁ビルを透過するだけで消し去った。







 ファインダーから覗く夏海を眺めてしばらくシャッターを切るのを躊躇う士。



「きゃ」



 風がなびいた。夏海の清潔な黒髪も横方向になびいた。頭を抑える夏海は声を上げた。



「ぁん」



 士は振り返って絶句した。

 風、いやあのゆらぐ壁が前方のドーム館を透過しながら消し去る。その代わり現れるのは数えきれぬ程の「イッタンモメン」。



「あん!」



 この世界にあってはならない存在の出現に声も出ない士。

 だがうかうかしてる場合ではない、立ち竦む士と夏海の間をその内の1匹が降下し、痰を連射。左右に散って避けた2人はしかしその攻撃に怯える事はなかった。なぜなら仕掛けたイッタンモメンはあのオーロラの壁が飲み込んで左右に割ったのだから。

 2人の間を壁が割って入ってしまった。



「士クン、聞こえないんですか!」



「夏みかん!おい!」



 オーロラの壁は2人の世界を分かち停止。夏海の世界はそのまま、士の世界は夜の、全く別の場所となる。そのうち士には夏海そのものが消えていなくなり、壁も消える。夜の世界では月が奇妙に赤かった。



「ディケイド、今日がその日です。」



 見えなくなった壁になお拳を叩きつけようと空回りする士、その背後より声をかける男がいた。



「おまえは誰だ!」



 士は振り返って影の男に問いかける。



「フフ・・・」



 影の男はただ黙って夜空に輝く赤い月を指差す。



「なに!」



 月が突如消え、その暗い背景から青く輝く別の星が湧いて出る。現れて9つに分裂し、リングを形成する。向かってくる。あの青がこの大地と同じ地球の青ならば、間違いなくこの星そのものと同質量の衝突、崩壊してしまう。



 頭を手で庇う、



 加速しながら落下する星が士の視界いっぱいに拡がる。思わず顔を覆う士。ぶつかったと思った。しかしまだ生きている。恐る恐る目を開くとどちらの地球の物体も透過して重なっているだけ。士の肉体に辛うじてあちらの世界のビルの錆びたテレビアンテナが接触しているだけ。



「言っときますが私のせいじゃないですよ。」



「アブねえだろ!」



 咄嗟に影の男の仕業と思う士。しかしその推測は前もって男に否定されていた。



「バックルとカードはどこです?」



 先に話を進める男。上手をとられるというもっとも嫌う流れになってきた士は、



「クレジットは作らない主義だ!」



 と言う。もちろん本気で銀行カードの話をしている訳ではない。審査も通る訳はないだろう。

 しかしそれを一向無視されるもっとも空しいシチュエーションとなる。



「世界を救う為に、貴方の力が必要です。」



 影の男はそれだけ言い残して腕を振る。あの‘鳴滝’と同じく、腕の動きにオーロラの壁が呼応し、士を幾枚も透過していく。同時に士の眼前で昼と夜、海と山、街と廃墟など様々な世界が一瞬で変転していく。士はただ呆然と眺めているしかなかった。





(続く)

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