2010年5月14日金曜日

0 見初められた女 -旅立ち- その5

 夏海は逃げ惑う。人々も突如変貌する世界に逃げ惑う。


 「マカモウ」が巣くう世界が壁を透過したかと思えば、消えて「アンデッド」が街をさ迷い、気まぐれに人を捕まえ、殺戮する。人々はその人知を越えた力と存在に驚愕しなおも逃げ惑うしかない。

 また1枚壁を透過した夏海。今度は雨、同じように逃げ惑った人が突如宙より現れた2本の牙に首の左右を刺され、一瞬で精気を失い存在を消失させる。「ファンガイア」の仕業だ。

 また1枚。今度は石切場。突如砂で固められ宙を舞う怪しげな幽霊が、夏海の願いを叶えると怪しげに言葉を投げかけてくる。

 夏海は逃げた。逃げて逃げて逃げた。スパッツに泥がついても逃げた。何枚壁を透過したか分からない。どこにいるのかも分からない。

 気がつけば、見渡す限りの廃墟だった。

 スパッツの汚れの度合いが夏海の疲労の蓄積と比例していた。

 見覚えのある109の建物が竹が切断されたように斜め折れになっている。瓦礫で散乱しているが、おそらくハチ公前の交差点の中央に夏海は立っていた。



「あれは、」



 夏海は瓦礫の中、見覚えのある何かを見つける。それは埃をかぶり泥にまみれているが、夢の中で印象に残っているあのベルトのバックル。フラッシュバックする断片的な情報が夏海の頭の中で今繋がったような気がした。即座に拾い上げる夏海。



「夢に出てきた、どうして、」



 バックル、そしてその隣に落ちていた同じ質感の電子手帳のようなハードケース。夏海はバックルを『ディケイドライバー』、ケースを『ライドブッカー』という事を知らない。



「おい、夏みかん!聞こえるか!」



 偶然にも夏海の数メートル先に士がいた。2人の距離は幾つも量子的に隣り合う世界を巡って数メートルの距離に再び近接した。だがしかし士と夏海の間には、なおあのどうやっても壊せないオーロラの壁が阻んでいる。

 だが例の壁を通して叫ぶ士の声が夏海には確かに聞こえた。声は送れるが、壁の反対側へ出る事ができずひたすら叩き続ける士の姿は、夏海には絶望感に拍車をかけた。



「無事だったんですね。良かった。」



 だがそれでも反対側の士は、元居た自分の世界にいてまだ安全らしい。なぜかそれを我が事のように嬉しい夏海がいた。



「これが無事って状況か、後ろだ!」



 士の視線が夏海からさらに背後に移る。訝しんだ夏海も背後を振り返る。不思議だった。自分がいた。鏡があるわけでもない。自分だ。自分が薄ら笑みを浮かべてを自分を眺めている。ドッペルゲンガーを見た者は死ぬという都市伝説を夏海は思い出した。



 怪しげに微笑むドッペルゲンガー、

 即座に変貌し「ワーム」の本性を晒す、

 ワームは幼虫から成虫へと進化、

 キュレックスワームと化す。



「!」



 声も出ない夏海。私の番なんだ、という思い以外浮かんでこない。



「ぉい、夏海、ナツミ!」



 と叫んで壁を殴りつけても自分の無力を感じるだけ。士は、全てを失うという思いが、強烈な絶望感となって肉体を硬直させた。何度も体験しているような錯覚になぜか陥る。



 うぇぇ!



 殴りつける拳、今度は体重を込めたパンチ。しかし考えているようで、結局のところ無力なあがきに過ぎない。



「こんなもんなのか!世界が終わる日ってのは。」



 手をこまねいている内にどんどん世界は流転して自分の悪い方向にこれでもかと雪崩れ込んでいく、もっとも最悪な事は、自分がそれをただ黙って眺めているだけしかできない事だ。



「!」



 そんな士の視界に飛び込んできたのは、夏海の持つディケイドライバーとライドブッカー。



 バックルとカードはどこです?



「これか!」そう直覚した士。「夏海、それを渡せ!」



「でも」



 死の予感を拭いきれない夏海、どうせ壁を潜れないのだからと諦めが先に立つ。

 対して士は何かを悟り切った眼差しだった。



「世界を救ってやる。たぶん・・・・」



 夏海は戸惑いながらも、その眼差しに最後の希望を見いだした。



 差し出すバックルとブック、

 不思議な事に壁をすんなりと透過し、

 士のいる側の世界に即して真新しい姿と化す、あるいは様々なパラレルな世界にあって特異で貴重な存在なのかもしれない、

 受け取る士、



「こないで!」



 ワームに羽交い締めにされ、壁から引き離される夏海。いつのまにかワームが3体に増えており、夏海を一気に殺そうとせずに囲んで威圧した。



 バックルを腰に装着、

 バックルの右サイドからベルトが躍り出て士の腰を回って左サイドへ接続、士の腰にバックルが固定された、

 バックルを両側から引っ張ると、やや伸びてレンズの奥にある珠『トリックスター』を軸に本体周りが90度回転、カードスロットが露出、

 ブックを開く士、

 そこには幾枚かの『ライダー』の顔が描かれた『カメンライド』カードが、

 士はその中の1枚、『DECADE』と描かれたカードを引いた、



「変身!」



 士はDECADEのカードを突き出し、カードを裏返す、

 裏返したカードをスロットへ差し込み、



『KAMEN RIDE』



 バックルより音声が発する、

 続けざま開いたバックルを両側から内に向かって押し元に戻す、左右の手が交差する様は偶然にも太極拳陰陽魚を描いている。



『DECADE』



 宙に浮かぶ9つのエンブレム、宙を縦横に流れ士に重なり実体化するスーツ、

 頭上に浮かぶ実体の無い5枚のマゼンダのカード、全てが回転しながら頭部に刺さってスリットとなり、それがマスクとなる。前面から見ると5本の角を生やしたように見えるそれが、翠の巨大な昆虫の眼のようなそれが、全身マゼンダのスーツのそれが、胸にたすきのように白地に黒のゼブララインが入ったそれが、



「どうして、」



 夏海が夢で見たそれが士の変身した姿、『仮面ライダーディケイド』。



 破裂する壁、



 ウゥ



 ワームもオーロラの壁の炸裂に巻き込まれる、



「士クンが、ディケイド。」

 
 
(続く)

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