2010年8月18日水曜日

1 クウガの世界 -超絶- その16

走るユウスケ。

「好きな女の死に目に立ち会えないのが、男は一番後悔するんだ!」

同じく走る士はいつのまにかユウスケを追いかける形になっていた。

「縁起でも無い事言うな!」

病院である事も構わない。看護士に止められようと構わない。
だが、八代の病室に入って、光夏海という少女が黙ってイスに座っている背中と、ニット帽の先の震えを見た時ユウスケの脚は竦んだ。

「ずっと笑顔でした。」

八代はベットの上で仰向けに寝ている。両腕は胸の上で組まれ、髪は櫛で梳いてストレートに整われ、やや薄く化粧されている。
死後硬直と片付けるのは酷だ。

「姐さん・・・・・・」

ユウスケが見た、それがもっとも美しい八代の笑顔だった。

「間に合わなかったか。」

士もユウスケに付いて現れる。
八代に両膝をついてすがりつくユウスケの背中は、士の眼にとても小さく映った。

「夏みかん、いくぞ。」

士は、夏海という少女が肩から脆く崩れてしまいそうな危うさを感じた。

「冷たいんですね。」

振り返る夏海の表情は案の定、この上無く綺麗だったが、この上無く見たくなかった両眼の潤みでもあった。
強引に手を引いた。

「もう要は無い。」

士は旅人の分を言い訳にした。
夏海はユウスケと八代だけの病室を一旦振り返って、何を感じたか足早に出た。

「ユウスケ、この人のこの笑顔を、オレ達は守ったんだ。」

ユウスケは答えない。
士も期待せず、ユウスケに背を向けた。



「あんな言い方無いと思います。」

帰り道。すがすがしい空気が強い日差しと相まって、冬から春へ向かう風は、冷たかったが肌を心地よく刺激してくれる。

「オレ達のこの世界での使命は終わった。見ろ。」

士は1枚、ライドカードを取り出す。それはあの暗いまま何も描かれず、ただ「COMPLETE」というロゴだけがあったはずのカード。だがしかし、どういう訳か隅の方にクウガのシンボルが刻印されていた。

「この世界の滅びを止める事、それが使命だったんですか?」

並んで歩く夏海は、士の微笑みにやや見とれた。

「じゃあなんで病院から出た?」

夏海は眼を見張り、病室の2人を思い出した。

「御邪魔虫はイヤでしたから。」

哀しかったが、それでもユウスケと八代の事を考えた時、自然と足が動いた。そう自分が判断した事を良かった事だと思っている。そんな自負を抱えた眼で士を眺めた夏海は気づいた。士が今の自分と同じ眼をしているのだという事を。少なくとも夏海はそう思った。

「だが、なんだか少し分かった気がする。」

「なにがですか?」

「オレも思い出さなければならない事がある、て事だ。まずは、笑顔、だな。」

士、強引に両眼と口の端を釣り上げた顔で、夏海の顔に迫っていく。

「気持ち悪いです!」

両手で突き飛ばす夏海。しかしその変質ピエロのような笑みをしながら士はなお迫ってくる。口でもケタケタ笑っている。

「変な人です!」

いっそう力を入れながら、ツボ押しには入らずただ軽く突き飛ばすだけの夏海。

「気持ち悪いですぅ」

夏海も笑いはじめた。
帰り道。すがすがしい空気が強い日差しと相まって、冬から春へ向かう風は、冷たかったが肌を心地よく刺激してくれる。



「この写真は士君にしては中々よく撮れてる。」

光栄次郎が手にした2枚の写真、八代の2つの表情が重なったピンボケた写真、それぞれの八代が、それぞれの表情でユウスケを眺めている写真だった。

「女の人は、こんなにもいろんな顔を持ってたんだね。」

「ただいまお爺ちゃん。」

光写真館に士と夏海が帰ってきた。

「おかえり。」

栄次郎は部屋のあちこちで写真に合う額を探していた。夏海がこの栄次郎の言葉を聞かなかった日は無い。

「夏海、士君、良いベーグルとクリームチーズが手に入ったんだよ。お昼にしよう。それから、士君が撮った写真を額に飾ったんだ。中々立派なもんだよ。いっしょに、ほら、これ。」

の「これ」と言うか言わないかというところで、額を手から零す栄次郎。そして偶々落とすと、例の背景ロールを動かすチェーンが絡む。そして偶々今まで引っかかって動かなかったチェーンが、偶々額を錘にして動き始め、そしてクウガ世界の背景が1枚のロールによって覆い隠される。

「え?」

「ありゃ・・・・」

絶句する3人。
その背景に描かれた風景は、一面の夜空と浮かぶ月、そしてビルに埋もれた巨大な西洋竜だった。

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