2010年8月18日水曜日

1 クウガの世界 -超絶- その3

八代が目覚めた時、心地よい人肌の温度と感触がまず頭から背中にかけて感じられた。次に視界を落ち着かせると自分の頭上にユウスケの笑顔があった。ユウスケはどうやら夕焼けを眺めているようだ。気がつくと自分はコンクリートの上に半分倒れ込んで、ユウスケにしがみついている。

「おはよう。姐さん。」

八代は性的な恥じらいを、ユウスケという青年に気づかれないようにただそのままの状態、寝ぼけた顔で押し通した。

「なんで貴方の肩に、」

ユウスケは素朴な笑顔を八代に向けた。八代は平常心を自分に言い聞かせながら、ゆっくりと上体をユウスケから離す。

「まあ、いいんじゃない。」

「一生の不覚。」

そんな八代の表情を眺めて、何も読み取れないユウスケは戸惑う。ただ自分は笑顔を作って、飄々と惚けるしかない。

「いつもどうも。」

起き上がる八代に、ユウスケは先の拳銃をアメリカガンマンのように回しながら返した。

「犠牲者が出てるのよ。浮かれないで。」

凛と鉄板でも前面に張り出したような抑揚の無い八代。周囲とセイフティーを見ながら胸元のフォルダーに拳銃を収めた。

「はいはい。」なお惚けるユウスケ、というより惚けるしか思いつかないユウスケ。「それより、どう?オレの、変身。」

「まあまあね。8号7号、2体を確実に倒したわ。」

間抜けな受け答えをしてしまっている事に八代は、内心で自分に幻滅していた。浮かれているのかもしれない。

「だったら、なんかメシでも奢ってくれよ。姐さん。」

ユウスケは、それでもデートの約束を取り付ける好機はなんとか見いだした。

「ユウスケ、ゆっくり体を休めなさい。4号についてはまだ分からない事が多いんだから。」

とユウスケとは完全に別方向、既に次の未確認への対策へ思索を走らせる八代は、振り返りユウスケを後にする。

もっとオレを見てくれよ、

取り残されたユウスケは、青空の下、ただ戸惑うしかなかった。



対策本部会議室。
本庁警備部長兼対策本部長、同じく兼対策本部参事官、実働部隊の長である頭髪の寂しい警部が上手に位置するホワイドボードを背にしたテーブル、そしてその他40名ほどの対策本部員が下手のその4人と対面する形で座していた。

「また被害者は女性警官でした。3人めです。服務中の女性警察官ばかりです。」

八代と同階級の警部補はこの室の中に4人いる。八代が本部長に詰め寄ってホワイドボードを占有したのは、彼女が独自の未確認ゲーム行動原理説を演説した為である。

「1人は毒殺、1人は心臓麻痺、この間のは絞殺か。」

頭髪の寂しい警部は紙カップを振ってにコーヒーのおかわりを要求した。

「なぁ八代、未確認が出現すれば、すぐに警察が出動する。被害者が警察官なのはむしろ当然じゃないのか?」

「規則を守って殺す。人間の世界ではゲームという単語しか当てはまらない。奴等にとっては生きる事がゲームなのかもしれない。」

八代はやかんに水を持ってきた若い警官に不覚にも注意を払わなかった。

「しかしこれまでも未確認は!一定の手順に従って殺人を行い、被害者にも共通点がありましたっ!」

八代がこうなると手がつけられない事は直属の上司であり、対策本部に引っ張ってきた警部が一番良く分かっている。

「グロンギゲーム殺人説か・・・・」

‘説’という言葉を用いる時人は、理屈はありうるがにわかに信じ難い、もっと他に事実があるのではないか、という含みを当然持つ。従って続く言動は、

「奴等にそんな知性があるのか?」

という疑問句で括られる事になる。
だが警部のそんな疑念も、眼前にいるやかんを抱えた警官の行動でかき消される。

「本当に女性警察官ばかりが狙われているとして、全員に護衛つけろっていうのは、現実不可能・・・・」

と八代と同じ警部補が、八代の癇癪に対抗しようとした。しかし、眼前の警官の奇妙な行動に結局浮いてしまった。

「・・・・」

「グロンギ。いったいどういう生態なんだ。おもしろい。」

背中で室内の空気が変わったのを感じた八代が振り返る。奴がいた。あの倉庫で出会った玩具カメラを首から、今もぶら下げている背ばかりでかくて、それ以上に態度がバカでかい巡査。
警官-士は思索を巡らせつつやかんを紙コップに傾けた。ブラックが僅かに残っていたカップに注がれるのは水、薄めただけではない、溢れてもなお傾けるのを止めず、こぼれるまま固まっている。それどころか、そのまま脚だけ横移動し結果として警部のカップから警備部長のカップまでテーブルごと水浸しにしている。
室内の全員がその水浸しのテーブルと、テーブルからこぼれるコーヒー混じりの汚水が警視長、警視正、警部の制服に染みを落としている様を、唖然と眺めている。
ただ1人、八代だけはそんな傍若無人な行動を起こす男と視線を交わした。

「ここは対策班の会議よ。君どこの所属!」

女性が君づけする時は、上手の立場を取りたい時のカマである。

「まあまあ、君は所轄の者だろ?対策本部は今や花形だから、こういう突拍子も無い、」

などと内心、残る染みである事だけが心配の警部が八代を諫める。
だが事態は会議室の外側で動いている。

『緊急通報、別種の未確認生命体が、警邏中のパトカーと接触した模様・・・・』

室内の総員立ち上がり、警官-士どころでは無くなった。

「・・・・・、9号・・・・・」

八代は警官-士の怪しさがひっかかったがやはり皆と同じく、今は未確認に集中するしかなかった。




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