2010年8月18日水曜日

1 クウガの世界 -超絶- その11

「うめえ。」

結局ユウスケ君は光写真館へとやってきて、私が朝食をごちそうする事になった。
今日の光家のメニューはポトフ。キャベツ、ニンジン、玉葱、ウィンナー、牛肉、鶏肉を荒切りし、しおコショウで味を調えて煮込む。お爺ちゃんは日本のおでんも、ポトフもお手の物だ。

「うめえだろ。昨日の夜から仕込んどいた。」

士クンや私達3人がテーブルを囲んで遅い朝食を済ませている部屋を跨いだ台所に、お爺ちゃんが座っている。窓側のテーブルはテレビが見られるので、お爺ちゃんは朝食が終わるとそこで士クンの失敗写真を使って貼り絵を作りしながらワイドショーを観るのが日課になってしまった。お爺ちゃんは貼り絵を作るのを写真への供養と言ってた。3枚の見事な深海魚の画を完成させている。そろそろ店に飾ってもいいかな。

「お爺ちゃんありがと。」

光家の料理番はお爺ちゃん8で私が2だ。お爺ちゃんが昨日のポトフを捨てていたら、今朝食べるものがなくて、夏海ちゃんはお腹と背中がくっついて死んじゃってただろう。

「なんでおまえが着いてくる?オレは優雅な朝食をたしなむのがだな。」

士クンはユウスケ君を招いた事が気にくわないようだ。でもそんな事態と気にしないふりしたユウスケ君はテーブルにたまたま置いてあったピンボケ写真を手に取る。

「なんだこれ?」

ユウスケ君が今度は薄ら笑いする番だった。

「おまえ達が、オレにふさわしくないだけだ。」

唯一の弱点をユウスケ君に見抜かれて視線を合わせようとしない士クン。ざまあみろ。

「どういう意味だぁ~?」

ユウスケ君も人が悪い。士クンの強がり発言に、ここで徹底的に付け込む気だ。

「おまえ達の物語がつまらないと言うことだ。」

なぜか士クンとユウスケ君、自分の嫌いな野菜を相手の皿に投下しはじめた。でもでもお互い嫌いな野菜はどうやらいっしょだ。

「物語?」

その内ニンジンを1つの皿に集めた2人は、互いの皿を交換し始めた。

「惚れた女に誉めて欲しいから戦う、それじゃ感動できない。」

ユウスケ君がやや呆然となった瞬間すかさず士クンは自分の皿をウィンナーだけのものに換えた。やはり狡い奴だぜ門矢士。

「2人とも、好き嫌いはやめなさい!」

このいたずら兄弟に私は、ポトフの残りの野菜と、私の分のニンジンも2人の皿にオタマで投下してやった。

「うわ・・・・・おまえのせいだ、この悪魔!」

「・・・・、ああそうだ。」

2人はシオシオと私の分のニンジンを食べたのだ。やったぜ私。とその時、

「あららら、」

お爺ちゃんだ。お爺ちゃんが何か仰天してる。そんな風に見えないが、私はお爺ちゃんが尋常じゃなく驚いた声だと分かった。そう聞こえた。

『灯溶山の中腹より、黒い煙が発生しているのが確認されました。この黒い煙は山火事などとは違う現象で・・・。』

お爺ちゃんが驚いているのはテレビだ。どうやらいつものワイドショーが芸能ニュースじゃなくて、緊急ニュース速報をはじめたみたい。

『黒い煙の発生源が特定されたとの情報が入りました。警視庁の未確認生命体対策本部が1時間ほど前に現地入りしたという報告も入っています。今現在、灯溶山の黒い煙の勢いは衰えておらず・・・』

火事じゃなきゃ、なんなんだろう?いやでも煙が出てるんだったらその煙に巻かれる人もいるだろう。もしかして八代さんも、そう私が思ってたら、

「姐さん!」

ユウスケ君も同じ事を考えたに違いない。皿を乱暴に置いて、血相変えてお店を飛び出していった。

「この世界での私達のやるべき事って、まだ終わってなかったんですか!」

私は立ち尽くす士クンの袖を引っ張った。

「八代、いや、ユウスケがヤバいよな。」

士クンはコートのボタンをいつもよりゆっくり留めていた。こういう時の士クンは、頼りになる。



洞窟。

「退避!退避!」

「なんだこの煙は!」

「私はもう歩けません、どうか置いて、」

灯溶山前人未踏の奥深くにそれはある。人を寄せ付けぬ洞窟は、数万年前よりクウガのアマダムの力でその存在すら知られる事無く、時間の中に埋もれていく運命だった。
しかし、黒い煙、つまり『ゲームの為のゲーム』は、起こってしまった。
上空では、あのオーロラのカーテンが輝きながら灯溶山を包んでいた。

「八代、これは、ダメだ、」

これは八代が招いた結果である。八代が士の言葉を信じて対策本部を総動員し、八代が包囲を計画指揮し、突入の号令も八代が行った。その結果が吹き出す煙による甚大な被害であった。
同行し全てを任せてくれた頭髪の薄い警部は、煙が吹き出した途端、直感したヤバさから八代を追い立てる形でいち早く洞窟から脱出した。だが眼前の警官同様、脱出した入り口でもはや視界すら取れなくなり、立ってるのか寝ているのかの自覚も無いまま、最後に八代に逃げるよう手だけ振った。

「警部・・・・・ッ!ッ!」

咳き込みながら警部が絶命していく様を見つめる八代は、自分の無力を痛感する。その八代の耳に洞窟の中から叫び声が聞こえた。

ォォォォォ!

それは狼の遠吠えにも似た叫びであった。

「グロンギに!」

その叫び声に呼応するかのように八代の眼前で悪夢が起こる。倒れていた警部補、先に死んだ警部、洞窟内で煙に巻かれた警官のほぼ全ての肉体が変化していった。まずあの特徴的なグロンギのベルトが死体の腰に浮かびあがり、クウガのそれのような肉体が再構成されていく。ある婦警は蜂、ある巡査は豹、全てが変貌していく。
煙は、グロンギのアマダムと言えるものだった。体内にナノ単位で侵入し、集結してベルトとなる。それが洞窟の奥の叫び声によって成長を促進している。

「人間が、グロンギに!」

その恐怖を八代は知った。煙に巻かれた人間が人で無くなる事、そして眼前の警部がそうであるように死んで立ち上がって異形の姿になって自分に襲いかかろうとする事、そしてその原因となった煙を自分もまた吸った恐怖をである。

「姐さん、」

唖然とする八代と警部だった異形の間に立つ者が1人。

「ユウスケ!」

「こっちへ」

口を袖で塞いだユウスケが八代の手を引いてひたすら逃げた。八代もまた引かれるまま走る。グロンギとなったばかりの警官達はまだなにか朦朧とした動きで追随できないでいる。

姐さん、こんなに細かったんだ、

八代をしっかり抱きしめながらユウスケは灯溶山を後にした。

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