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「COMPLETEのカードにキバと龍騎のシンボルが刻まれた。これが世界が救われたフラグか?」
「そんな分からない事仕方ないじゃないですか。それより、どうして士クンは、あのボードビルにいかないんですか?」
私の目の前には、とても大きな栗が上でツヤツヤと乗るモンブランがある。食べてくれ食べてくれと私の耳に聞こえてくる。だから食べてあげないとかわそうでしょ、そうでしょ?
「現代に蘇った不死身の生命体『アンデッド』を封印する会社BOARD!」
丸テーブルの隣でサンドイッチを頬張るのは小野寺ユウスケ。赤いチェックのシャツの上から赤いジャンパーをかけている。もうすっかりこの3人でいる事が自然になってしまった。なんかイイよね。
「知るか。オレはこの世界では、料理人なんだ。」
同じ丸テーブルで脚を組んで小指を立ててブラックを啜るのはジャージの上からヒラヒラ付きのエプロンをつけ、頭にタオルを巻いてるのは士クン。
「ツボ!」
たちまち激笑して椅子に凭れながらあられもない姿を晒す士クン、ざまあみろ。
「士クンは昨日、このお店のまかないになったばかり!」
そう、客席に私達しかいないがここは喫茶店、桐モドキが和名のハカランダ。その安心感を覚えるはっきりした木目で彩られた店内はなんとなく好き。しかもこの雰囲気で意外と料理はオイシイ。モンブランがおいしい。たとえ他のケーキ専門店で仕入れていたとしても。
「ふざけてないで、配送の準備をしろ。運転はオレ、助手と客の応対はおまえだ。」
「いてえ、煩えな。」
この人を目の前にした士クンの態度は、いつもと少し違ってておもしろい。士クンは椅子に座って背の高いその人を怪訝に見上げ、その人は直立した姿勢で見下ろしている。
その人は、このお店の従業員會川カズマという人だった。年齢はたぶん士クンと同じくらい。背は士クンより頭ひとつ高くて、顔も士クンとどっこいくらい。ちょっと少年っぽい顔かな。でもどういうわけかこっちの方のが貫禄というの?落ち着きといういうか、枯れた魅力が薫ってくる。そして絶対士クンは苦手な人だ。カッコ笑い。
「2人ともまだ弁当の準備ができてないよ。こっちへ早く!」
と黄色いクチバシから出たような声が厨房から響いて、飛び出してくる少女がいた。まだ7、8歳だろうな。
「アマネちゃんはもう学校に行く時間だよ。」
「走っちゃうからあと20分大丈夫だもん。やるもん!」
「仕方ないなぁ。」
ああ、カズマさんの顔が蕩けていく・・・、これが無ければイッツパーフェクトなんだけどなぁ。
叱るのはこの店の店主にしてアマネの母親である栗原ハルカという細面の女性。もしかしてアマネを10代で産んだのだろうかと勘ぐってしまう程若く見える。
「だって勿体ないと思ったから・・・」
叱られるのはアマネ。ステンレス台に5×3に並べた弁当容器へ、大皿と菜箸をそれぞれ持って次々と盛っていく作業中、ブロッコリーを一個落としてしまった。それだけならまだ良かったが、それをアマネはAランチに泥を祓っただけで戻してしまったのだ。
母親のハルカは激怒する。客にお出しするのだから失礼であると。至極当然である。
「いいもん、じゃあ私が食べるもん!」
母子が感情的になりそうなところ、アマネの肩に両手を置くカズマの間は重い。母子の2人が、そして同じ厨房にいる士すらカズマを凝視して口を閉じる。
カズマはアマネに微笑みかけた。
「アマネちゃん、アマネちゃんがお腹壊したら、オレが悲しくなっちゃうよ。」
「カズマさんまで、」
アマネは黙って俯いた。そんなアマネに腰を落として目線を合わせるカズマ。
「じゃあ中を取って、オレの昼飯にしよう。それなら誰も困らない。」
「イヤ!カズマちゃんがお腹壊しちゃイヤイヤ!」
「ね、それを食べたら、誰かが今のアマネちゃんみたいに思うんだよ。その気持ちが分かった?」
「うん・・・・ごめんなさい、カズマちゃん。ごめんなさいお母さん。」
「よしいい子だ。もうこんな時間だ。今日は僕がバイクで途中まで送っていってやろう。」
頭を撫でてやるカズマ。カズマとの2人乗りと聞いて喜び勇んでランドセルを取りに駆けるアマネだった。
ハルカが一礼し、士に気まずそうな顔で仕事をうながすカズマ。そんなカズマを見て士は唇の端がせり上がった。
「子供に甘いなぁ。ズルを覚えて世間を甘く見る年頃だぞ。徹底的にだな。」
「昨日今日来た新人はあまり口出ししない方がいい。」
士の目が輝く。敵の急所を見つけた瞬間だ。
「大体分かった。ロリコンという事で収めておくさ。」
士は挑発した。
カズマはしかし、動揺を見せず一心に弁当に炊きたてのごはんを詰めていた。
士は劣等感にさいなまれたものの、顔には出さず、あえて優越したふりを顔に出した。
10時を越えると配達の時間。小さな会社数件には、あらかじめ注文を受けていた数を用意して置いて周るだけの仕事である。そして大きな会社で昼に弁当を売りながら、帰りに逆ルートをたどって空容器を回収していく。つまりはこれが門矢士がハカランダにてあてがわれた仕事である。
「でユウスケ、おまえはどうしてこの4駆に乗り込んでるんだ。」
ハカランダは弁当の配送に、2リッターの4駆を使う。
「そりゃ士が半人前だからさ。」
士がそうであるように、士の隙を見いだそうとする人間もはなはだ存在するのが世間というもの。後部座席で士とユウスケが並んでいる。
「ていうか、ユウスケ、どうやって写真館についてきてるんだ。」
カズマの手前、世界を跨いでいる事を伏せる士。
「それは、私がいるからよ。」
ピュー、
「そうだ、おまえも前々から聞こうと思ってたが、何者だ。」
それは奇っ怪な生き物だった。もしかしてロボットかただのリモコン玩具かもしれない。
「キバーラだよ。キバの、キバのさ。」
『キバの世界』と言いかけ冷や汗をかくユウスケは『キバーラ』と言った、自在に車内を飛び回る掌サイズの白いワッペンのような、それでいてコウモリのようなその女声の物体を、肩に乗せた。
そうして左の人差し指をキバーラの牙のところまで近づける。キバーラはその指に囓り付き、なんとユウスケの血を吸い出しはじめた。
「おまえら、怪し過ぎだぞ。」
「あ~ら、怪しさは女のチャーミングポイントよ~ん。」
空を切る音だけをさせて浮くキバーラ。この掌サイズのくせに人語をスラスラ語る事でもいびつに恐怖すら覚えるが、行動もその能力も言動も全てが怪しい。
「でも、こいつに連れてきてもらったお礼にオレの血を分けてやってるだけだし。こいつ血しか食べられないんだ。栄次郎さんも言ってくれてたじゃないか。旅は道連れって。」
「おまえら、こそこそダベってないで、そろそろBOARD本社だ。ここだけは売り子をしてくれ。オレは駐車してるから車内から離れるわけにいかない。おまえたちだけだが頼む。」
「はい、カズマさん!」
ユウスケは対士の為に味方を増やす手段を打った。
「このオレの手にかかれば、一瞬で全て売り尽くしてやるさ。」
士は右の人差し指を高くかかげで大言を吐くも、車の天井に突き指した。
「そういうんじゃない。食券を持ってくる人に手渡しで交換してくれればいい。食券にはそれぞれAからKまでの数字が描かれているその割り当てで弁当を交換してくれ。25階層働いてる社員の4割ほどが詰めかけてくる。置いてるだけじゃ裁き切れない量だから、店の方がやる事になってるんだ。いいか。上級ランクは1人1人配達するんだぞ。」
このカズマという男は絶えずゆとりを失わなかった。たとえ、キバーラがその頭上を旋回しようとも。微動だにしなかった。
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