2011年1月3日月曜日

2 剣の世界 -進化の終点- その4







 ここは「いせや」という呑みや。

 屋外まで立ち上る焼き鳥の煙に誘われる重労働者が、今日もお湯割りを飲み干している。



「ここは焼き鳥じゃなく、実はシューマイと煮物なのだ。スポンサーがついたのだ、どんどん呑みたまえ。」



「君にはすまないと思っている。それもこれも全てがディケイドのせいだ。」



 誰がどう見ても人生の斜陽に入った中年男性2人、あの鎌田と鳴滝がカウンターで立ち飲みしていた。



「私は君の力を借りて、マスターに成り代わりこの世界の重心となる。君はディケイドを倒す。君のおかげで、私は他のアンデッドに対して絶対のアドバンテージを手にいれる事ができた。アビスもそうだが。全ては順調にいっている。」



「うむ。アンデッドマスターは実体があって無い存在だ。マスターの敷いた闘争の原理をその胸の中に抱くアンデッドが1人でもいれば、不滅なのだ。それに対抗する為には君に様々な世界の力を得てもらいたい。私の切実な願いだよ。」



 どうやら鎌田の目頭は煙にやられたものではないらしい。



「ビールはどうだ。」



 鎌田も鼻を押さえた。



「いや私はうめぼしで十分だ。」



「共に世界を。」



「共にディケイドを。」



 2人の間を焼き鳥の煙が漂う。



「ところで、例のモノは。」



 鎌田はハツをひと囓りした。



「これだ。違う世界で見つけた。」



 鳴滝は、ボンジリを横囓りしながら1枚のカードを取り出す。絵柄は三つ首の獣、文様はトランプ4種のどれにも属さない事を意味するワイルドベスタ、そのAのカードだった。







 BOARD(株)。

 この世界の脅威である『アンデッド』への対抗手段を、特許として独占し、半ば傭兵として働き、その支援金を以て営利とする民間企業。ライダーシステムという世界に4つしか存在しない希少な『バックル』を、会社の資産とし、行使できる者は、会社の社員に限定し、日夜経費の削減とアンデッドの完全封印を目指している。

 その装着者の資格は、数百人規模の社員全員にありながら、実際の装着者は現時点で1名、サクヤ・菱形のみである。それ以外の候補者は全て後方要員となり、純粋な戦闘集団として独特の階級が設定されている。待遇も厳格に決められたポジションはその実流動性があり、働きに応じて分単位で配置換えなどという事がこの会社では当たり前に起こる。つまり力量があれば即座に上の階級に上がれるが、少しのミスでそれこそ下に転落する可能性がどの社員にもありうるという事だ。社長天王路みゆきの方針は、公正な自由競争、でありそこから生まれる活性された組織活動をこそ、BOARDを企業力の根底であると自負している。天王路社長の果断な性格は、階級に応じた社内入出エリアの制限や社員食堂のメニューに格差を設けるところまで貫徹している。



「この度の世界的な大不況を受けて、我が社への支援金も大幅に削減される事になった。そんな中エース、」



 みゆきは個人名サクヤ菱形と絶対に言わず、階級で呼ぶ。



「は!」



 サクヤ菱形は手を後ろ組みに姿勢を正す。



「貴方の失敗は、会社に損害をもたらした。従ってエースより7へ降格。」



「は!」



 と即応しつつ、この社長室、自身と天王路社長の他に、学生服を着た少年がいる事が気になって仕様がないサクヤ菱形だった。



「素直ね。そういう子好きよ。どう、私と勝負してみない?」



「勝負?」



 またか、とサクヤ菱形は眉をひそめた。会社体質を決定するのはつくづく社長なのだ。



「この、」みゆきはデスクの引き出しから新品の鉛筆と細めのマジックを取り出す。「鉛筆の先に、今から数字を書く。」



 座席を回してサクヤ菱形に見えないように鉛筆をいじるみゆき。デスクに自動の鉛筆削りを用意し、差し込む。

 振り返り様、

 投擲、

 サクヤ菱形の鼻先を横切って、玄関の木製のドアにまっすぐ突き刺さる鉛筆、



「さすがハートのベルトを持つだけの事はある。」



 無表情だった少年が、その時けたたましい笑い声を発した。



「今の数字は?」



「3!」



 即答したサクヤ菱形。

 みゆきの目の色が輝きを増し、ドアまで革靴を鳴らしながら歩み寄る。その時やや首を傾けて振り髪を片側に寄せる、必然うなじが露出して強調される、その首の傾きのまま鉛筆をサクヤ菱形に手渡す。その時みゆきの眼はサディスティックな微笑みを称えた。



「おめでとう。まだエースと呼んであげる。」



 目を閉じて安堵するサクヤ菱形。その姿をケラケラと笑う少年。ひっかかり続けていたサクヤ菱形は、思わず声に出した。



「この子供は誰なんです?」



「私の秘蔵っ子。」



「秘蔵っ子なんですか・・・・・」



 それで納得できる男、サクヤ菱形。



「次はないわよエース。」



 サディスティックな微笑みが絶えないみゆきの視線に見送られ社長室を後にするサクヤ菱形だった。



「キング、」みゆきは少年にキツく言葉を発した。「貴方よキング、」



「ああ僕?」



 少年は社長室の窓に息で曇りを作って遊んでいた。



「次で『レンゲル』が誕生する。レンゲルの力はこの会社に無限の利益を産むわ。」



 社長は高笑いする。なぜみゆきという女はこれほど人を蔑むような笑いが似合うのだろうか。



「そして、我々は永遠の『バトルファイト』を、人間との戦いも組み込んだアンデッドの平和を勝ち取る事ができるのだ。」



 と男が1人、いつのまにかドアを背にして立っていた。頭髪を横から無理にセンターに流している、そうあの鎌田だった。

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