2011年1月3日月曜日

2 剣の世界 -進化の終点- その10

10




「食いなよ。」



「いらん。そんなカテゴリー2の弁当。」



「美味いんだけどなぁ。ハルカさんのきんぴら。」



 ユウスケとサクヤ菱形がビルの影に隠れて並んで地面に座り込んでいる。

 ユウスケは笑顔を繕いながら、のり弁当を一旦脇に置いた。



「オレはどのくらい気を失っていた。」



「もうあっちは一段落しちゃったよ。」



 ユウスケは人懐っこい笑顔を崩さない。

 士とユウスケが到着した時、2人の動作は戦場の中核を伐つ士と、被害者を救い出すユウスケとに別れた。両者ともこれをツーカーで行えるようになった。ユウスケは路上に倒れる人々をかつぎあげては建物の影に運び、最後にかつぎあげたスーツを纏ったサクヤのバックルを外した上で抱きかかえた。サクヤは左目の回りにそれは見事な痣を作っている。



「いってブレイドだけでも!」



「動くな。もうアンタの体はボロボロだ。そんなに悔しいのか。」



「放せ、おまえにオレ達の何が分かる?」



「分からないかもしれない。けど、アンタはあのブレイドに叶わない自分をなんとか奮い立たせようと必死に見える。」



「それはいけない事か、奴は、会社に損益を与えている、会社の財産を無断使用している、オレはそれを止めたいだけだ!」



 おまえもそれがおかしい事は分かっているだろ!ベルトに振り回され過ぎていると言ってるんだ!



 サクヤの脳裏に、カズマとの対話がリピートされる。



「アンタにとってあのカズマさんは、同じ条件で同じ事やらせたら、絶対あっちが自分より巧くやる、そういう人だし、そう思わせる人だろ。そうだろ。」



 サクヤの動悸が収まる。サクヤの脳はユウスケの隣にカズマの顔を浮かべさせた。



「おまえの言う事は分かる。目標だった。だがそれをあの人は裏切った。会社とオレを。裏切った。だが私怨じゃない。あの人を抑えられるのはオレしか、いないじゃないか。」



「それは間違いじゃないのか。」



「間違いじゃない!奴は会社の所有物を勝手に、」



「そういう話じゃないのは分かっているんでしょう。貴方は自分の気持ちに間違った行動をしてる。分かってるんでしょう。裏切ったのは会社だって。あの女社長は会社の建前を盾にして、貴方のまっすぐな気持ちを利用しただけだ。どうしてそこから目を背けるんだ。」



「おまえの言う事は、綺麗事だ。ただ人をボロボロにするだけだ。」



 サクヤは、恥じた感情が満ちた。しかしそれがユウスケへの怒りに転じないのは、この男の先天的な人の良さだろう。



「綺麗事だよな。」



 ユウスケもまた自分の言葉をまるっきり確信している訳ではない。

 サクヤはそんなユウスケに呆れるしかなかった。



「食っていいかな?」



 のり弁を差したサクヤ。



「どうぞどうぞ。まいどあり。」



「美味い。白身魚が油臭くない。きんぴらの味がごぼうに負けてない。なんでこれが、カテゴリー2の弁当なんだ。」



「ハルカさんの弁当はどれも最高なんだよ。」



 ユウスケは親指を立てて笑顔を作る。

 サクヤは、脇目もふらず食べ続けた。



「社長は、子供を連れて逃げたんだな。それは確かだな。」



「ああ。」



「だったら、探す手立てがある。」







 そこは社から地下3階に存在するバー。昼過ぎでは店には客はいない。それどころか店主すらいない。当然である。そこはみゆきが鎌田の為に用意した隠れ蓑だからだ。鎌田はもはやクセなのか、この時間になると店中のグラスを磨かなければ気が済まなくなっている。

 みゆきはややネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外し、バーの内装スピーカーから音楽を流し、チェリーを浮かべたカクテルグラスの縁を小指でなぞっている。



「このスーツ、最高ですよ。社長。」



 バー入り口に立つその姿は紛れもなくブレイドやギャレンと同種のライダースーツ。声はあの少年ムツキ。



「『レンゲル』。こんなところでそんなボテボテした格好するんじゃない事よ。」



「いいじゃないですか。」



 とケラケラ笑いながらレンゲルラウザー、錫杖のそれをクルクルと手で弄んで、刃のついた側である方向を指した。いやその頬に冷たい金属の触感を与えた。

 ヒク、と反応する少女は、扇状のソファーで4つんばいになってただ身を潜めて震えている。レンゲルはその怯えた少女の姿を見てなお笑った。



「餌に傷をつけるのはおよしなさい。キング。貴方よ、キング。」



「いいじゃないですか。この際手足ぐらいはもぎ取っておいた方がいいんじゃないですか。」



 みゆきがレンゲルを制止し、鎌田が無責任に煽った。



「怖い、いや、もう触らないて!」



 みゆきはソファに座って怯えて逃げようとする少女、失明したアマネを強引に抱きかかえる。右手を回して上半身全てを抑え込み、左手で頭を押さえ込んだ。



「かわいそうに。優しいお兄ちゃんがあんな化け物だったなんて。貴方も巻き込まれて大変ねえ。」



 あらゆるモノに憎まれるがいい、



 みゆきの笑みは冷淡さすら含まれていた。



「知ってるもん、」



 視線を合わせられず向けた顔もあらぬ方向だが、声だけはしっかり発した。



「なんですって」



「知ってるもん、ワタシ、カズマちゃんの事全部全部知ってるんだもん!」

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