2011年1月3日月曜日

2 剣の世界 -進化の終点- その11

11




「オレがジョーカーになったのは、力への意志が留まる事を知らず、ライダーである事も、人を守る事も、仕事も、人である事すら忘れて、スペードのカードを一心に集め切ったその時だった。」



 會川カズマがBOARDに入社し、厳しい社内競争を勝ち抜いてブレイバックルを手にしたのはそう遠い日の話ではない。その右には期待をかけてくれたみゆきがおり、その左には憧れの眼差しを注ぐサクヤがいた。

 社内競争に勝ち抜いた先にあったものは、アンデッドとの命の競争であった。

 戦って戦って戦い抜き、ついにはスペードのエースからキングのカードまでその手に掴んだカズマ。

 直後である。肉体に異変が起こったのは。その姿がバックルなしでも変貌していく。そして人に戻る事がもはやなかった。



「オレはジョーカーになってからもはや人を襲っているのか、アンデッドと戦っているのか、食べているのか、寝ているのか、息を吸っているのか吐いているのかすら自覚が無かった。その時だ。あの親子に出会ったのは。」



 戦って傷つき緑の血を流して倒れているところ、栗原の父親に助けられた。はじめは怯えていたアマネが、傷ついた小動物に接するそれの態度となり、言葉をイチから教え直し、人としての感情もまたゼロから学ばせていった。



「ジョーカーとしての戦闘本能があの親子の前では失せ、ついには人の姿に戻った。オレはその時ここから立ち去るべきだった。あの家族を危険に巻き込まないように。だが出来なかった。」



 父親の病死が理由であった。父親からアマネとハルカを任されたカズマ。ペットから父親の代替として頼るようになるアマネ。店に不可欠な存在して扱うハルカの家族が成立する。



「しかし見直した。」



 項垂れてハカランダのテラスに腰掛ける士とカズマ。



「なにがだ?」



「あの奥さん、おまえを責めなかった。一度も。」



「キツいよな。頼むだぞ、頼むだ!オレのせいなのに!」



 士の胸倉を突如掴むカズマ。視線は合わせず地面に落とす。掴んだ拳が震えている。



「そうだ、全部おまえが悪い。」



 士も天を見上げている。



「どうすればいい、オレは、ハルカさんにどう応えればいい!」



「らしくないぞ。おまえは、もっと堂々としていろ・・・・・、そうだな。安心だけはさせてやる。あの子は絶対に無事だ。」



「なぜ分かる、」



「あの女、社長だっけか、おまえを発情させるには、あの小娘をおまえの目の前で痛めつけるか殺す必要がある事を理解している。」



 カズマは手を放し、士を睨みつける。



 手足をもがれてるような事はあるかもしれないがな、



 などと士でもさすがに言えなかった。







「知ってるもん!」



 繰り返すたびに声を荒げるアマネだった。



 この子のせいであいつはヒトでいられるの・・・・・



「生意気なガキね」



 みゆきはアマネの頬のラインをじっと眺めた。



「レンゲル。貴方よレンゲル。」



 みゆきは何を思ったか、一枚のカードを取り出し、レンゲルに手渡す。カードの図柄はラクダが描かれハートの9の印がある。



「ここで?」



 レンゲルは受け取りながらも躊躇う。



「試験よ。レンゲルラウザーの。」



「ハイハイ」



『ライフ』



 レンゲルがその錫杖、『レンゲルラウザー』の先端瘤部に入った縦の溝にカードを流すと、ラウザーから光がほとばしり、アマネの肉体を柔らかく包んでいく。



「ここは・・・」



 アマネの瞼がゆっくりと開いていく。差し込む光にやや拒絶反応を示しながらバーの室内を認識していく。



「貴方のその眼が見たかったのよ。私を恨み切った眼がね。」



 高笑いするみゆきの顔を見たアマネは、そんな眼前の女に対して戸惑いを隠せないで、



「礼ぐらい言ってあげるわ!」



 などと強がる事しか言えない。



「この音、近い。」



 気づいたのはレンゲル。それは振動。そして回転を伴った連続的な爆音。これは機械音。しかも2つ。



 ZAAAAAYOKOOOOOOOOO!



 バーのガラスのドアを蹴破って突入するのは2輪のバイク。一台には深紅のボディに身を包んだギャレンだ。



「社長、アンタはレンゲルラウザーを使いたがっていた。だからアンデッドサーチャーをレンゲルに絞って張ってたんだ!」



 誰も聞いていない事を叫ぶギャレンだった。



「土足で私の店に!」



 鎌田はカウンターに潜る。



「ホント空気の読めない使えない男、」



 みゆきの手には既にハート型のバックルが握られている。



「させん!」



 弾丸で弾く『レンゲルラウザー』。



「なんてバカな子なの、会社を裏切るつもり!」



 ギャレンがみゆきに向かって発砲、痛みに手を抑えるみゆき。しかしそのみゆきの耳にもう一台、違うバイクの音が迫ってくる。



 入ってスピンターン、

 慣性に任せてトライチェイサーを放棄しジャンプ、

 みゆきを通り越し宙で一回転、

 着地した、いや見事に座って隣のアマネにその安心させる笑顔を向けた。



「ユウスケ、」



 実はアマネはハカランダの異邦人たちを呼び捨てである。



「やあ、お兄ちゃんかっこいいだろ。」



 握った拳の親指だけを立てるユウスケ。



「ガヤはひっこんでなさい。」



 ユウスケ至近、



「!」



 ユウスケはライダーである。しかもベルトを装着している間の超人ではなく、体内に絶えず『アマダム』を埋め込んで、絶えず身体組織を浸食している常人を逸脱した超人になりつつある。そのユウスケをしてプライベードサークルに踏み込んで至近に立つみゆきに気づかなかった。



 横殴り、

 淑女の右フックで体ごともっていかれる20歳男子、



「社長、動くな。」



 ギャレンは見知った社長の意外過ぎる側面を目の当たりに仰天するも、咄嗟に銃口を向け威嚇。

 だがそのギャレンの横合いから一本の杖が遮る。



「今は大人しくした方がいいと思うよ。」



 遮るレンゲルの腹部に銃を放つギャレン、

 ややたじろぐレンゲルはしかし余裕の笑みを聞かせる、



「貴方は、」



 ギャレンの首を掴むみゆき、その緑の血が流れる腕は既に変貌している、



「社長、まさか、」



 スーツを着たギャレンが引き離そうとしてもできない、

 それもそのはず、みゆきの姿はいつのまにかカリスのそれに変貌しているのだから、



「ダイヤの2に降格!」



 しかしラウザーは落としたまま、そのベルトは別のものだった。



「アンデッドだったのかアンタ」



 ベルトは青銅のメダルのように丸い。ウルフやスパイダーと同じアンデッドである事を象徴するベルト。みゆきは、最初からラウザーなど必要なかった。



「しね」



「もう会社の階級など」



 首を折ろうとするカリス、

 もがきながらも銃を乱射するギャレン、その弾丸はカリスのバックルに跳弾した、

 怯んでギャレンを放すカリス、

 首をさすりながらも敵3者の交互に銃口を向け威嚇するギャレン、



「アンデッドだから、ダイヤのAに気が行ったんだな。」



 叫ぶのはユウスケ、既に小脇にアマネを抱え、ギャレンの背後に回って、トライチェイサーを起こしている。



「どういうつもり、ギャレン!」



 カリスが叫ぶ。



「オレは、こんな子供を人質に取るような、アンタのやり方がイヤなだけだ、ブレイドはオレが、正々堂々と倒す。」



「君じゃないよ。君はここで死ぬからね。」



『ブリザード』



 カードリードして吹雪を杖先端から発生させるレンゲル。



『ロック』



「まだカードの使い方がなってない。」



 突如床からわき上がる石の壁、バーの区画を左右に分ける、冷気が壁に吹きすさぶ。



「待ちなさい、サクヤ!」



 名前を呼ぶ程に狼狽えるカリス、



「カテゴリーA、次で封印する!」



 ギャレンもまたエンジンを掛けている。



『スクリュー』



 破砕する石壁、破砕するレンゲル、カリスの開けた視界に、バイクに搭乗するギャレンの姿が。既にユウスケの姿は無い。



「アンタのせいで・・・台無しだわ!」



 自慢の壁をあっさり破壊され、驚くギャレンにレンゲルの回転を伴った杖と、カリスの双刃が交差する。



「ギャレン封印。」



 鎌田が『ケルベロス』のカードを振りかざす。



「でたらめを言うな!」



 しかしレンゲルとカリスの同時攻撃を受けたギャレンは鎌田のカードに光の粒子となって歪み、吸引されていく。



「とんだ茶番だわ。」



 みゆきの姿に戻って髪をかき上げる。その掌からは緑の血が滴り落ちている。



「おまえ、アンデッドのだったのか。」



 と背後から近づいてくるのは鎌田。できあがったギャレンの横顔の入ったカードをニヤニヤしながら眺めている。そんな鎌田もやはり眉間から緑の血を流していた。



「そうよ。でもなに?貴方は私が必要なはずよ。その程度の計算ができない程上級アンデッドは愚かじゃないはずよ。」



 だが眼を血走らせて叫ぶみゆきの背中から胸に貫通する杖、ほとばしる緑の体液、



「そうでもない。私を除いて最後のハートスーツがおまえだと分かった瞬間、優先順位はまるで違うものになる。」



 鎌田はただ棒立ちでケルベロスのカードを翳すだけ。



「悪いお姉ちゃん。僕は、この人と手を組む事にしたよ。お姉ちゃんのヒステリーより、この人の方がまだ話が通じる。」



 背後からレンゲルが素朴に語りかけてくる。



「キング、おまえが裏切る・・・・」



 そう言い切らない内に光となって吸引されていくみゆきだった。

 鎌田の握ったカードはハートのA。カマキリが描かれていた。



「これで、私の手元にハートのスーツが全て揃った。」



「どうするんだい、」レンゲルは杖を軽やかに弄ぶ。「あの子供は。僕は別に必要無いけど。」



 カードを一枚レンゲルの眼前に突き出す鎌田。トンボのカードが描かれている。



「ジョーカーのアキレス腱だ。私はどんな小さな事でも見逃さない。」



 せこいだけじゃないのか、などとレンゲルは口にせずカードを手にする。



「フュージョんジャッぁク!」



『フロート』



 浮かび上がる鎌田。強力な浮力は天井を貫通し、自在に宙を舞わせた。



「いってらっしゃい。僕は知った事じゃない。」



 レンゲルは1人取り残され、空いた天井をただ眺めていた。

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