2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その2









 同じ深夜、ちょうど校舎の裏側をロープを使ってよじ登る青年がいた。昼の内に校舎に侵入、屋上まで上がって身を隠し、ロープで窓から主立った部屋へ侵入、同じく窓から出て、目的の品を散策していたところであった。

「装着者がいたのか。」

 高校生から見ればやや年長に見えるが、それ以外の者から見れば高校生程度に見える。そんな青年が屋上の夜風にさらされながらキャップ帽の角度を細かく変えていた。青年の眼下に広がるのは、オルフェノクとファイズの戦い。

「灰を見ても仕方ないが。」

 ロープを使って秒単位で6階層ある校舎を降り、警備員とオルフェノクだった灰を踏みしめると、そこに少年のスニーカーの跡が残った。当然痕跡を消す為に蹴り飛ばす事を忘れない少年は、祓った灰の中から光沢を帯びた薄い写真を見つけた。既にファイズも、被害者の由里もそこにはいない。

「インスタントの写真だな。」

 拾い上げたインスタント独特の白枠の大きな写真に写っていたのは、路面に敷き詰められた石盤の隙間から、小さくも力強く伸びて咲いている黄色い花だった。

「ファイズ、なぜかこの学園の守っている。知りたいな。その正体。」

 少年は、右の人差し指と中指を揃え伸ばし、銃を撃つまねごとをした。



「待ちなよ。大丈夫かい?由里君。」

「貴方は、」

 由里は戸惑う。
 眼前の学生は同じ制服ではない。特別に襟詰めから袖の端まで特有のラメをなぞったこの学園に4人しか着られない制服のそれだった。男の細眼は良く言えばクールで、悪く言えば嫌味である。メガネがこれまた絶妙に細いトゲのような人格を感じさせる。片手にはなぜか絶えずイエーツの詩集を持つ。授業中も昼食中もだ。

「この城金琢磨様が聞いているんだよ。さっきの事を心配してやっているんだ。」

 由里は本来なら励ましをかけてくれた城金という男の声に、なにか違和感を覚えた。

「貴方なんでそんなに平気なの、人が、オルフェノクに襲われたのよ!」

「だから、心配してやっているんじゃないか。ありがとうの一言くらいあっていいだろ。」

 由里の緊張し切った神経、激しい動悸、擦り剥いた生傷にも気づかないこの男の言葉の励ましに、怪しさを感じるのはおかしな事だろうか。

「ありがとうございますっ、今日は1人にしてください!」

 逃げようとする由里の腕を強引につかみ取る城金。

「君のその顔の細さがたまらない。ラッキークローバーの1人であるこの僕が、君に興味があると言ってるんだよ。」

 メガネがやや釣り上がるような笑みを浮かべ、力づくで校舎の壁に由里を押し付ける。

「やめなさい、貴方も栄えあるラッキークローバーの1人ならね。」

 城金の背後から女声。
 それは、由里以上に髪を伸ばし先をややウェーブで作った、せっかくの美人が口元のやや強い引きつった笑みで気の強さばかりが強調されてしまう女。やや足を開き腕を組んで城金の背を眺めている。

「サエコ・・・」

「朱川、」

 親の仇のように城金は朱川サエコを睨み、自分から気が逸れた隙に由里は小走りに逃げる。

「貴方は行きなさい、ここは私が話をつけるから。」

「サエコありがとう!」

 城金は焦って由里を追いかけようとする、しかし既に回り込んで立ちはだかる朱川。

「みっともない。あの子程度に振り回されるんじゃないわよ。」

 朱川の視線には憎悪の感情すらある。

「まさか嫉妬?」

 城金の笑みは朱川への優位を確信したものと若干違う。

「そんな下品な事貴方の口から聞きたくないわ!」

 過剰な反応を楽しむ余裕すらある城金は、メガネのヅレを若干直した。

「君の前にラッキークローバーだった碧流が、なぜ死んだか知っているか?」

「なにそれ、そんな話どうでもいいじゃない、オルフェノクに襲われたって、この学園なら誰でも知っている事よ!」

「いや、そうじゃない。」

「何が言いたいの?じれったい、」

「耐えられなかったからさ。進化に。」

 城金の顔に異形の像が浮かんだ。

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