2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その16









 見知った街並みであったはずである。ところがどこをどういう経路を辿ればこの噴水に来る事ができるか不思議な程の場所へ出てしまう時がある。もちろん街が変わったわけではない。自分の脳内が問題なのだ。

「ベルト、ベルトが・・」

「タクミ!はやく!」

 由里はとにかく士に言われるまま、タクミの手を掴んで逃げた。握られるタクミの手が赤く腫れ、掴んでいる自分の手が白くなるほどに。
 ラッキークローバー、
 嫌いだったけど、学園という場所の近しい知り合い。冴子とは、小学校の時から知っていた。

「おまえ、仲間のオルフェノク達の恨み・・・」

 そんな由里の想いを知っているのかどうか、眼前に立つのは百瀬。百瀬の瞳には野獣の色しかない。

 ぉぉぉぉぉぉぉ!

 百瀬の叫びに大気が揺れた、顔に獣の像が浮かび、実体である人の姿が揺らぎ、揺らいでいた獣の像が百瀬を占有していく。タイガーオルフェノクが、タクミと由里の眼前に現れる。
 再び襲い来る身近な恐怖に由里は声も出ない。

 由里ちゃっ、

 タクミが人の言葉を用いたそれが最後である。

「なに・・・」

 タイガーオルフェノクの左の爪が2人に振り下ろされる。
 由里は凝固する、
 だがタクミはそれを素手で受け止めた、怪物の腕をか細い人の腕で、
 由里の目は怪物よりもむしろタクミに注がれる、
 なぜならタクミの像が揺れているから。

 悲鳴を上げる少女、

 少女にとっては怪物が2匹に増えた恐怖。
 タクミの実体である人の姿が揺らぎ、揺らいだ獣の像が占有していく。オオカミの姿に彫られた白灰の像は、タイガーの爪を跳ね返し己が牙をタイガーに刺す。

『そういう事か、この同胞殺し、』

『消えろ、オマエなんか大っ嫌いだぁ』

 由里の耳に聞き取り辛いハープの音が聞こえる。だが眼前で繰り広げられる獣同士の懺劇のバックミュージックにしか聞こえない。2匹の戯れは、タイガーオルフェノクの燐光の炎によって虚脱した幻影にすら見える。

『おまえ、命を吸収・・・・』

『キエロ、キエロ!』

 オオカミの姿をしたオルフェノクが刺した箇所から灰化が始まり、タイガーの断末魔の絶叫と共に黒ずみ、立体を失っていく。

「キエロ・・・・きえろ・・・・」

 意外なそれがウルフオルフェノクの能力。超絶スペック、分身、時間停止、完全再生に匹敵する程の力で、タイガーを葬ってしまった。

「・・・・由里ちゃん。ごめん。」

 由里に振り返る怪物の像が消え、タクミというショボくれた人間の像が代わりに現れる。タクミの表情はひどく落ち込んでいた。そして由里の方は怯えが収まらなかった。

「大丈夫由里ちゃん、」

 手を差し伸べるタクミ。

「いや」

 再び悲鳴、

 由里は項垂れるタクミに背を向け駆け出した。

「由里ちゃん・・・・」

 手を伸ばすタクミ、しかし怯えの原因がラッキークローバーでなく、自分への恐怖である事を自覚している足は動こうとしない。

「あの人、あの人です、怪物!」

 由里の眼前に人が立っていた。アタッシュを手にし襟を開いた学生服を着込んだ士その人である。士は無言で由里とタクミを交互に眺める。

「門矢君ボクは!」

『誰だって嫌いでしょ。人間のフリしてる怪物よ。』

 タクミは自分の口から出る言葉が全て言い訳になりそうな気がして、声に出せなかった。

「行ってろ。奴はオレが相手をする。」

 士はただタクミを睨む。逃げる由里は2人を振り返る事はなかった。

「ボクは、ボクを君が殺すっていうの?」

 士、アタッシュをタクミに投げる。危うげに受け止めるタクミ。

「たとえおまえがオルフェノクであっても、あの子を守っていた。」

 敵意が喪失し、抜け殻だけのタクミがそこに立っていた。

「ありがとう・・・でも、知られた、由里ちゃんに知られた、もう学校にいられない!」

 ケースを胸で抱えてがむしゃらに走り出すタクミ、
 由里とは反対の方へ、
 後ろからの士の声も既にタクミには聞こえない、
 目の前が真っ白になるまで走る、
 ケースを片手で抱え、右腕は前へいっぱいに差し伸ばす、
 鼻に圧迫を感じる、しわくちゃになる顔、皺の隙間を伝って涙が流れていく、
 タクミの脳は、いったいタクミにどんなものを見せているのだろうか。

0 件のコメント: