2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その5









 セントスマートブレインハイスクールは、偏差値トップ、総合学科単位制を基本として、レベルの高い教育を生徒に施す新進の高等学校。進学すればセントスマートブレイン大学、そして就職先は出資元の多国籍企業スマートブレインへと比較安定した進路を辿る事になり、会社においては課長補佐という肩書きから幹部候補としての道が開ける。故に高校の段階での競争は激しく、試験ごとの順位は全生徒公開で下位者は周囲からの白い眼差しに耐えきれず中途退学するのがもっぱらだ。従って高学年になるほどに生徒数が激減していく。

「由里ちゃん、いいの撮れそう?照明キツくない?」

 由里は春の日差し薫る校庭で、植木に飾ったゲンノショウコへポラロイド637を構える。

「タクミ、邪魔しないで。ウザい。」

 と丸盆で反射光を照らす少年からの雑音を塞ぐ由里。だがそんな由里の耳にそれ以上の雑音が周囲から届いてくる。

「城金くーん!」

 ペーパーテストトップ、いつもハードカバーを読みながら人生を送る『城金琢磨』。

「玄田さっっっっっっ」

 スポーツ万能、単独競技ではレコードをいくつも保持する『玄田玲』。

「百瀬タン、こっち、こっちよ!」

 甘いマスク、もっとも多様な学科で単位を修得し、幅の広い知識と見識を垣間見せる実質のリーダー『ケネス百瀬』。

「萌~、美人スグル、」

 クールビューティー、全女生徒中トップの成績を誇る紅一点『朱川冴子』。

 だが逆にこの学校においても、その激しい競争を勝ち抜き、頂点に君臨する者がいる。渡り廊下から、由里達と同じ校庭に出てくる4人『ラッキークローバー』こそがこの学園のアイドルとも言える存在だった。

「なにするんですか!」

 由里が悲鳴を上げた。
 近づいてきた。先頭は城金でも朱川でも無く玄田だった。玄田はスポーツ系の男子にありがちな粗雑で横行な態度で由里に近づき、まず当たり前のように植木の花を掃い落とし由里にまっすぐ向かってきた。植木の割れる音で、いままで騒いでいた学生達が制止した。

「今オレ達の写真撮ったよな。」玄田が背後に回り込む。

「ラッキークローバーはアイドルじゃない。勝手に写真を撮るのは気持ちが良くないな。」そして城金が卑屈な笑みでできる限り抑揚を抑えて口上を垂れ、前後で囲んだ。

「由里ちゃんは写真部で!いつもぉ、カメラを持ってるだけです・・・」由里を庇ったのは、助手をしていたタクミだった。

「ヘタなウソ。」そのタクミの顎を撫でてさらに由里にガンを飛ばすのは朱川。「私達に憧れて、どうしても写真が欲しかったって言えばいいでしょ。」

「冴子、どうしてそんな事言うの、貴方そんな眼で他人を見る子じゃなかった。」由里の感情は同じ女性に向けられた。

「私は成長したのよ。対等でなければ、もう昨日の友達も友達じゃないって。」朱川の眼差しは動じない。

「最低、誰も彼もが貴方達に憧れてると思ったら、大間違いよ!」

 凛々しい由里の視界に、隣で味方をしているタクミのオドオドした態度が映り、その眼に影が差す。

「没収。」

 そんな由里の手から強引にポラロイド637を奪い取るのは玄田。慌てて取り戻そうとする由里が朱川に阻まれる。城金はタクミを牽制している。タクミはオドオドしている。
 玄田がポラロイドを校舎の壁に向かって思い切り投げた。
 由里が絶叫した。

「かわいいカメラじゃないか。」

 片手でダイレクトキャッチ。立っていた。玄田の眼前に、門矢士が。ダサい公立指定の学ランを着て、あのピンクのトイカメラを首につり下げて。もう一方の手には、新しい植木に入れ替えたゲンノショウコを抱えている。

「誰だ、君は。」率先して前に出るのは城金。

「ラッキークローバー、だっけ?」

 しかし拳が上がっているのは玄田の方である。もうあと10センチ近づけば玄田のリーチに士が入ってきただろう。
 士が上手だった。637を構えフラッシュを焚いた。玄田は意外な程撮られる事に拒否反応を示す。1枚撮って637が焼き付けた写真を玄田に叩きつける士。

「なんだよこの写真はよ!」

 玄田がキレて写真を地面に叩きつける。その間城金や朱川までの写真を撮って、3人を煙に巻きながら軽やかに立ち回って、タクミにゲンノショウコを渡した。

「なにあの写真!」

 誰かが叫んだ。士の写真はたとえ他人の637で撮ったとしても半端無くブレている。

「中々良く撮れてるな。ホンモノは下品な顔だが。」

 そして最後にやや離れた位置から傍観していた百瀬の写真を、本人の胸に叩きつけた。やはり百瀬すらもレンズに撮られる事を過剰に肉体が拒絶している。

「このふざけた写真はなんだ!」

 口で反撃を試みる城金。
 百瀬は違った。
 投げつける、
 立ち去ろうとする士の神経が、空を切り裂く快音から、回避行動を取らせる、
 投げつけた写真が凄まじい回転力で校庭の壁に刺さった、
 それを見た士、百瀬に振り返り、背を正して無意識に爪先立ちする、

「貴方、まさかファイズ?」朱川が士に向かって言い放つ。

「オレの全力投球を素手で、」玄田が唸っている。

「なんであろうと、僕らをこんな写真に撮って汚したんだ。礼はしてもらおう。」城金はメガネを直した。

「転校生だな。学園長から聞いている。失礼した。」

 息巻く仲間を背後にした百瀬は、ガンを飛ばす士に向かって深々と一礼した。

「いきましょ!」

 そしてさらに後方から立ち尽くす少年、ゲンノショウコを小脇に抱えた『尾上タクミ』が大声で士に声をかけた。
 士は、大きく深呼吸をしてラッキークローバーに向かって皮肉な笑みを向けながら、素通りしてタクミの元に歩んでいった。

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