2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その18









「ボクは、オルフェノクだ。もうこんなもの、意味は、無い。」

 タクミの足下には東京湾へと続く川が流れている。水面は黒く淀んで底が見えない。わけの分からないコケが浮かび、ボタン目の人形が回転しながらゆっくりと流されていく。
 タクミは真新しく舗装された小洒落た石造りの橋から下を覗いている。端から見れば今にも飛び込みそうな雰囲気さえ醸し出している。
 いやむしろ尾上タクミという人生の自殺だったのかもしれない。
 抱えたアタッシュを川を捨てようとする。しばらくその態勢で凝固。
 淀んだ川を小船が通り過ぎていく。
 タクミはディーゼルの黒煙に噎せ、目を背ける。

「ごめん、タクミ・・・・」

 橋の反対側、路上にマシンディケイダーが左寄せで停車していた。上流の流れを門矢士は見るともナシに眺めていた。そしてその隣で友田由里が、タクミの背中を見ていた。

「ううん、ボク、オルフェノクだから。当然だよ・・・・」

 振り返らないタクミは、アタッシュを持ったまま、ただ項垂れるばかり。口にする言葉は、言われたくないから自分で言う言葉ばかり。

「ずっと、オルフェノクだったの?」

 友田由里も背を向ける。堪えられなかった。

「うん」

「どうして、言ってくれなかったの?」

 由里は信頼を求めた。

「学園にいたかった・・・、どうしても。」

 タクミは由里の信頼を維持したかった。
 由里は涙を流した。
 タクミも由里に背を向け逃げだそうとした。 自責なのか恐怖なのか知らない何かの感情が2人の間に横たわる。
 士もまた何も口にせず、タクミを追わなかった。だがタクミが走り出したその方向を見止めた時、既に手はディケイドライバーを掴んでいた。

「裏切り者のオルフェノク、」

「百瀬君、また、」

 4人いた。セントスマートブレインハイスクールの制服を纏った百瀬、玄田、そして朱川。ラッキークローバーの内3人がそこに立っていた。城金はなぜか見られない。

「あの胡散臭い髭は誰だ、」

「我が学園の生徒とは知らなかった。同胞殺しとは罪が深い。ファイズ!」

「学園長、今なんて・・・」

 士の疑問に答えたのは由里だった。由里の疑問に答えるのは、

『スタンディング・バイ』

 タクミがアタッシュを開く、アタッシュはウレタンが敷き詰められており、ウレタンで保護され埋まっているのはベルト、『ファイズギア』。

「変身!」

 即座に巻いてケータイのボタンを3度押し、バックルに装填。

『コンプリート』

「タクミが・・・・ファイズ・・・」

 由里は見た。まばゆい紅の光を。その中心に立つ人の姿を。

「ファイズぉぉぉぉ」

 ドラゴンオルフェノクが、骨格に対して巨大すぎる四肢を動かし突進、

『レディ』

 光が収まった時現れるのは『仮面ライターファイズ』。既にスコープは右脚にセットされている。

 脚を突き出す、
 ドラゴンが胸で蹴り足を受け止める、

『エクシードチャージ』

 ベルトから脚に紅の本流が迸り、光の杭がドラゴンを推す、

「うぉぉぉぉぉぉぉ」

 ドラゴンが叫び、

「やぁぁぁぁぁぁ」

 一足で跳ねるように低く跳躍、蹴撃の態勢で杭を押し込む、
 透過、
 ドラゴンの身を光となって透過していくファイズ、ドラゴンは燐光を放つ、身は灰と化し、立体を失い、重力に従ってアスファルトに崩れた。

「・・・・・ごめんなさい、ごめんなさいタクミ、」

 由里はそのタクミの雄姿を凝視していた。両掌で口元を塞ぎ、体の震えが、溢れる涙が止まらなかった。

「今なら3秒は止められる!」

 ファイズ、ベルトに目をやり『オートバジン』を召還しようとする。あの士がディケイダーを変形させたバイクはファイズ世界のものだ。
 しかし、目視していたはずのそのベルトが消える。操作したボタンの感触すら残っているにも関わらずである。

「えっ、」

 ファイズスーツからベルトが消え、次いでスーツそのものが消失、学生服を着て棒立ちのタクミだけが残る。ドライバーは数メートル先の路上に転がっている。

「奴か。」

 士もまた変身しようとする。しかし手にしていたはずのディケイドライバーが消えている。

「そのベルトが、貴方の急所って事よね。」

 眼前に現れるのはロブスター。レイピアが生身の士を掬い上げる。

「ナニ」

 橋を飛ばされ川に飛び込む士、同じく川を落下するディケイドライバーが目に入る。全ては、ロブスターの時間停止の為せる技だった。

「これで後は、」

「ここからが見極める時だ。」

 タクミにトドメを刺そうとタイガーと化す百瀬を、華村が制止した。

「さあ、後はファイズ、貴方だけよ。」

 士を川に落とし、もはや勝利を確信したロブスターは、レイピアの切っ先をタクミに向けた。

「やめて!もうタクミを許してあげて!」

 ロブスターの腕に絡みつくのは由里。か細い両腕が、彫像のようなロブスターの豪腕にしがみついて体重で引っ張る。

「由里、貴方昔からいい子ちゃんね。」

 振りほどこうとするロブスター。由里は頑なにしがみつく。

「冴子、ワタシ、アナタも優しい人だって、知ってるから!」

「煩い!」

 だが由里の力などオルフェノクを抑止できるものではない。少し力を入れただけで10数メートル突き飛ばすロブスター。橋の手すりに首を打ち付け、目が開いたまま動かなくなる由里。
 その一部始終を自失しながら見ていたタクミは絶叫した。

「やめろぁぁぁぁ」

 像が変化する、オオカミのそれに。

「なに、聞いてない!」

 驚くのはロブスター、ウルフオルフェノクの爪をまともに食らい、アスファルトに叩きつけられる。

「由里ちゃんに手を出すなぁ!」

「ストップ!」

 再び止まる時間、川の流れも大気の流れも止まり、タイガーも華村も動かない。

「時に逆らえない!」

 唯一動けるロブスターが立ち上がり、背後に回って、制止するウルフにレイピアを振り上げる。

「キエロ!」

 唯一動けるはずだった、が事態は先のウルフの攻撃1つで一変している。

「どうして!」

 ウルフの右が刺さる、

 ロブスターだけが支配できる止めた時の世界の中で、ウルフの振り返る光景が彼女の眼前で起こる。パニックで棒立ちするロブスターに、ウルフの右の爪が突き刺さる。

「なにが起こった、」

 タイガーが目撃した光景は、ウルフに生命を吸収されていくロブスターの姿。

「やはりな。奴は、ライフスティルだけじゃない。」

 華村は動じていない。

「助けて、助けて、アナタに乗り換えたのに・・・・」

 ロブスターの灰化が始まっている。ウルフの刺さった爪から燐光が吸い出される。人の像へ戻った朱川の手を伸ばした先は百瀬。だが百瀬はただ唖然とするばかりでなにもしてくれなかった。

「許さないぞ、許さないぞおまえら!」

 タイガーと華村に振り返り口汚く罵るウルフ。

「ボクには勝てない、」

 と言うタイガーは確かに数メートル先のウルフを視認できている。が、まばたきもしない一瞬、既に眼前にあって胸に爪が刺さっている。

「コピーだな、その能力は。」

 華村の胸にもウルフの爪が立っている。

「由里ちゃんを返せ!」

 共に不動のまま灰となって崩れる百瀬と華村。その顔はなぜか笑みすらあった。
 一瞬で敵を全滅に追い込んだウルフオルフェノク。しかし、そこには落胆しか無かった。

「由里ちゃん、由里ちゃん、」

 千鳥足で、未だ目を見開いて動かない由里の元までたどり着き泣き崩れるウルフ。由里の体にしがみつき、震えながらいつまでも由里の名を叫び続けた。
 まず、まばたきだった。

「・・・イタイ・・・放して・・・」

 次に口が動いた。
 仰天し一際大きな声で由里の名を叫ぶウルフ。

「怖い・・・・」

 多少首が動くようになると、眼前の化け物に対して拒絶反応のまま藻掻く。

「ごめん」

 ウルフは咄嗟に下がる。

「良かった。君が私と同じ能力でなくて。」

 ウルフが凝固する。背後にいるのは灰になったはずの華村。華村の像が変化する、それは脳幹が透けてバラの花が見えるローズオルフェノク。ローズの背後で、タイガーも既に復活しているのが見える。

「力が抜けて・・・」

 逆に像が揺らぐウルフ。ローズに頭を掴まれ、怪物の像が消えて人間の像が浮かんでくる。

「もし君が能力を奪って、対手を人間に戻すものだったら、私も彼も灰のままだったからね。」

「ボクは、ボクはいったい、」

 完全に人間に戻ったタクミが自分の両掌を無意味に眺めている。

「これは仲間の分だ!」

 百瀬の拳がタクミの頬を打つ、吹き飛ばされるタクミは路上を転がる。だがそのタクミの手元にファイズギアがあった。

「それでもボクは!変身!」

 ベルトを巻いてケータイをバックルに差し込むタクミ。

『エラー』

 だがなぜかベルトはタクミを拒絶、紅のエネルギーを漏出し、ひとりでに着脱、タクミは勢い飛ばされ地面に背を撲つ。

「ムダだ。ファイズギアは、オルフェノクでなければ変身できない。いままで推測だったが、今日君の正体を知って確信に変わった。もはや仮面ライダーファイズは、死んだのだ。」

 ローズは華村の姿に既に戻り、もはやタクミに興味を無くして去っていく。

「オレの合図で今から城金が学園中の生徒全てを襲う。運が良ければ同胞になれるだろう。おまえら2人は、その同胞達全員で嬲り殺してやるからな。待ってろ。」

 百瀬は震える由里と遠くで伏したまま起き上がらないタクミを交互に見やり、軽蔑の眼差しに背を向けた。百瀬の周囲に風が舞って灰が振りかかる。百瀬は無表情に制服についた灰を掃った。

「タクミ、」

 由里は立ち上がったが、足がもつれて思うように動かない。

「もう、なにも、無い、ボクには・・・・」

 タクミは立ち上がり、ファイズギアから目を離せない。

「おまえはそれをさっき捨てようとしていた。」

 そんなタクミに偉そうに声をかけたのは、なぜか昆布を頭に乗せて人形を片手に全身ズブ濡れの士だった。驚くタクミは、士とベルトを交互に眺める。

「ボクは・・・・、」

「捨てようとしたものに頼るのか。」

「ボクは・・・由里ちゃんをお願い!」

「タクミ、待って!」

 タクミは駆け出した。由里と士から目を背けて。呼び止める声も制止する事はできなかった。
 士は終始無言だった。無言で地面に転がっているファイズギアを取り上げ、ふらつく由里の片腕を掴んだ。
 項垂れた由里の背が震えているのが士には見えた。

「ワタシ、何を撮ってたのかな、タクミの写真、何枚も撮った、でも全部ウソだった、ワタシ知らなかった、彼がオルフェノクだって事も、ファイズになってワタシを守ってくれた事も、ワタシの知ってるタクミの顔は、ホントの顔じゃなかった、」

「知ってるか。これもカメラなんだぜ。」

 おもむろに士はファイズギアに装着される扁平で真四角な機器を取り出す。それをファイズショットと言う事を士は擦れた記憶の断片から見つけ出した。
 フラッシュが焚かれる、
 デジタルカメラの擬似的なシャッター音が発する、
 項垂れた顔を上げて驚く由里、

「本当の顔なんて、誰にも写せない。」

「え?」

「少し前に会った母子がな。人間に化けた怪物といっしょに住んでいたんだ。」

「オルフェノク?」

「もっとすごい怪物さ。怪物は世界を壊す程の危険な存在だったが、母子は、毎日毎朝、その怪物と笑顔を交わして、そして信じた。力の限り信じた。」

「怖かったんじゃないの?」

「たぶんそうだろうな。だが母子は信じた。その怪物が、危険を抑えて信頼に応えてくれる源は、母子の信じる心だって、知っていたからだ。」

「ワタシが、タクミじゃなくて、ワタシが・・・・」

「何百枚撮ったって、別の顔が写る。同じ顔なんて二度と撮れない。だから、オレ達は写真を撮るんじゃないのか。撮ってみたくなったぜ。あいつの顔。」

「タクミの、顔・・・・・」

 由里は肌身離さない637を両手に持った。

「幕間狂言も終わったかい?」

 銃声、
 士と由里に向かってシアンの光線が一条横切る。士は即座に由里を庇い、前方の痩せた男を睨む。

「海東。」

「そのお宝を渡せ。士。」

 顎のラインを崩す事なく淡々としてそれでいて罵るような海東の口調が響く。

「嫌だな。オレはおまえの邪魔をする事に決めていたんだ。」

 由里に逃げるよう促す士も、海東が視線を注ぐファイズギアを眺める。

「大したお宝じゃないが、代金だ。これで文句は無いだろ?」

 と言う海東の手には、先に川に落とされたディケイドライバーが握られていた。
 だが、両者の等価交換は実現しなかった。なぜなら、士をオーロラの壁が呑み込んだから。

「なに、」

 という士の声が海東には聞こえない。もはや士は別の世界に存在している。姿が見えなくなるのも時間の問題だろう。

「鳴滝か、」

 海東はしかし驚いてはいない。原因は分かっている。
 士でも海東でも無い喜声が響いた。

「ありがとうディエンド!おかげで厄介物を始末できる!!ありがとう、ありがとう・・・・」

 あの草臥れた中年鳴滝がオーロラの中から現れて一方的に海東に向かって言葉を並べて、そして一方的にオーロラの中へ消え、そしてオーロラも消した。

「・・・・・、ファイズのベルトが!」

 橋の上には海東1人だけが立っていた。

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