2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その20









 絶叫と嬌声が学園に響き渡る。
 それはたった一体のオルフェノクによる懺劇。
 学園で中の下の成績の沙耶は、友達の里奈といっしょに、城金君と1日1回すれ違う事が日課だった。今日もそうだった。ところが今日はどういう訳か城金君が立ち止まってくれた。沙耶と里奈に微笑みを投げかけてくれた。うれしさのあまり失神しそうになった。
 しかし彼の姿がおぞましいものへ変わった。
 沙耶は美しいガラス玉が砕ける音がした。
 だが沙耶はまだ幸いな方である。
 沙耶は叫んだ。しかし里奈は叫ぶ前にムカデの化け物に首をへし折られていた。
 涙が溢れた。哀しいとか苦しいとかそんな理由が思い浮かばない涙だった。涙を流しながらただ逃げた。校庭に出ればまだたくさんの人に助けを求められる。
 そんな沙耶の希望は儚く消えた。
 なぜなら、校庭にいる生徒皆が、その足の数ほどに溢れたムカデの化け物に囲まれていたのだから。
 だが沙耶の恐怖はそれまでほんの前奏だった。本当の恐怖は、先程死んだはずの里奈が、自分の方を軽蔑した笑みで眺めたその時起こった。
 遠くで写真部の子の声が聞こえてきた。城金君に色目を使っていたに違いないあの子が、沙耶に向かってなにかを叫んだ。
 だが沙耶にはなにも聞こえなかった。
 里奈の姿が変わった。姿が変わった里奈が、沙耶を貫いた。
 残念ながら、いや幸いな事に沙耶は、灰にしかならなかった。



「やめてっっ!」

 友田由里の叫びは、学生達の悲鳴でかき消され、圧倒するパニックに立ち止まる事すら命の危険に感じられた。
 追い立てるのは、城金が変化したオルフェノク。十数体に分裂して、ムチを地に打って少年少女達を校庭に囲む。その群れの中半に由里がいた。

「運が良ければ、ボク達と同じ、オルフェノクになれる。」

 十数のセンチピードを人間の姿で指図するのは百瀬。その隣には学園長も立っている。学校公認の儀式である事に気づいた生徒の方が絶望が深かったろう。この2人に、センチピードによって化け物にされた生徒達がユラユラと寄り集まってくる。

「ここに宣言する。進化した優性生物であるオルフェノクがこの世を治め、そしてオルフェノクの生殺与奪を私が担う!」

 百瀬がタイガーオルフェノクへと変貌し、学園長もまた、その頭蓋にバラの花びらが咲く細身のオルフェノクへと像が代わる。

 伸びる触手、

 バラのオルフェノク、ローズが寄り集まるオルフェノクの中の一体、イカの像のそれを貫いた。たちまち元の女生徒に戻る。先程自らの手で友人の命を奪った彼女は困惑し、自分の掌をマジマジと眺める。叫び、泣き、ローズにすがりついて力を戻してくれるように懇願する。ローズは彼女の頭を掴んで180度回し、突き飛ばした。

「即ち、この世界から消えた王に代わって、私がこの世界の重心たる!」

 女生徒の遺骸は仰向けに倒れた。幸いな事にその苦渋の表情は地面に埋もれて見えない。

「狂ってる・・・」

 その一部始終を目撃した由里は、大人の世界の穢れに直面したのと同じ嫌悪を抱く。呆然となって、揉まれている内に首にぶら下げていた637が千切れて石畳に転がる。転がった先はタイガーオルフェノクの眼前、気づかずに踏み進もうとするタイガー。

「やめろぉぉぉぉぉ」

 異形の足にしがみつく少年がいた。
 圧倒的な怪物の片足を、少年は震えながら体全身で引き留めた。
 震えは紅潮した顔に涙と鼻水を流させる。

「タクミ・・・・」

 由里が少年に気づく。

「このカメラは、由里ちゃんの夢だ・・・」

「人間のくせに!」

 タクミに気づいた後、足下にカメラがある事にようやく気づいたタイガーは、付き合う必要も無いのにムキになってカメラを潰そうと力をいれる。

「ボクがいいと思ったものを、由里ちゃんもそう感じた。」

 タクミ、そしておそらく由里の脳裏に浮かぶのは、タクミが黄色い花のインスタント写真を由里から貰った経緯。少年と少女だけの記憶の1コマ。

「それだけの事が、泣きたくなるくらい、大切だった。」

「タクミ!」

 思わず群衆から抜けだして駆け寄るのは由里。由里は転がった637を掬い上げ、タクミの腕を掴み一直線に逃げようとする。

「失望したぞファイズ!」

 だがタイガーの足がタクミの背に蹴りを打ち込み、由里もろとも石畳に這いつくばらせる。

「だから!」窒息しそうになりながらもタイガーを睨むタクミは、由里を背に大きく手を広げた。「守ると決めたんだ、由里ちゃんの夢を!」

 タイガーは自分の爪を眺めている。背後からローズオルフェノクが肩に手をかけ制止した。

「知ってるかな。夢っていうのは呪いと同じなのだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま。」

 ローズが手もみし出す。自分で片付けるつもりだ。

「知ってるか。夢を持つとな。時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなる、らしいぜ。」

 背後であった。
 ローズとタイガーが揃って振り返る。
 そこにはマシンディケイダーのエンジンを既に止め、その長い片足をガスタンクの上に窮屈に乗せている門矢士。

「裏切り者のオルフェノクを庇うつもりか、人間が。」

 タイガーが挑発している間にも、センチピードの群れが士を包囲しつつある。

「オルフェノクだ人間だなんてもんは関係ない。そいつはただ、自分にとって大切な物を守ろうとしただけだ。」

「そんな、」ローズは由里の手にあるトイカメラを指す。「ちっぽけなものをか!」

 士は、ドライバーを取り出し、腰に充てる。

「ちっぽけだから、」それはもはや激昂だった。「守らなきゃいけないんだろ!」

 ドライバーからベルトを射出、士の腰に固定、士はバックルを左右から広げてリーダーを回転、そうした上で改めてブッカーを手に取り開いてカードを取り出し装填。

「変身」

 バックルを閉じる。

『KAMEN RIDE DECADE』

 9つのシンボルが士を中心に縦横に走りそれぞれが人影を形成、士に折り重なると、マゼンダを基調としたスーツが纏われる。

「人間1人が、ボク達3人を対手にするというのか。」

「奴に好きにさせるな!」

「ぉぉぉぉ」

 ローズの指示に一斉に飛びかかるセンチピードの群れ。
 ライドブッカーからキバのカードを取り出したものの、圧倒する数のムチに防御に腕を取られるディケイド。

「ベルトだ」

 タイガーの叫び通り、幾本ものムチがディケイドライバーへ触れ、ついにはバックルがはじけ飛び、士が頭から石畳に落ちる。

「・・・・・」

 地に着いた掌の痛みで、擦れている事を自覚する士。

「ただの人間が、数の力に敵うものか!」

 ステレオで激昂するセンチピードが士を取り囲み、ゆっくりと輪を狭める。

「士、無様じゃないか。」

『KAMEN RIDE RIO TROOPER』

 電子音と共に現れる無数のライダー、まるでギリシャかローマの軽装な鎧を纏い、逆手にナイフを握るその仮面は『ライオトルーパー』。10体出現し、奇襲気味に8体、半数のセンチピードを葬り去る。その背後、長身の銃を右手に、ファイズギアを左手にしたシアンのライダーが立つ。

「おまえ、何しにここに。」

 ライオトルーパーはそのままタイガーやローズにも踊り掛かり、場を混乱させ、その間襲われていた学園生徒が怪物達から距離を置いて怖れから立ち止まって眺めている。
 シアンのライダー、ディエンドは未だ伏したタクミの眼前に立ち止まる。

「ボクの旅の行先は、ボクだけが決める。」

 そうして左手のベルトをタクミへ転がすディエンド。

「でもボクは、もう、」

 タクミは指の先にあるファイズギアを取ろうとしない。

「知っている。この世界でライダーになれる者は、死から蘇ったオルフェノクだけだ。ボクはただ、もっと大切なものとやらがあるなら、もうこんなものに興味は無いって事さ。」

 死から蘇ったオルフェノク・・・、

 細い腕がベルトを掴む。

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