2011年6月11日土曜日

4 アギト・電王の世界 -魂のトルネード- その4







「記憶喪失で、名前や実体すらわからんだと。」

「おうともよ、だからオレをちゃんと労るんだぞっ。」

「知るか。」

「おいおい待てぁ、こんな時リョウタロウならなぁ!」

「リョウタロウ?」

「なんだそのリョウ、タロウって?」

「記憶喪失な。」

 転居先不明の宛先に徒歩で到着したのは士と未だに憑き物が体に居座っている夏海。目が血走り、ガニ股で山ふたつ踏破した。
 ポストには風雨で被った泥がさらに乾燥して汚れどころか砂化しており、『芦河ショウイチ』の標札を完全に隠していた。
 竹を編んで囲まれた腰より低い塀を乗り越えていくと、まず目につくのは畑。家庭菜園としては巨大な規模の畑に数々の根菜が埋まっているが、残念な事に放置されたらしく皆枯れて死んでいる。強いて生命があるのは太く育った一本の竹と、もはや土中から芽を吹き出して取り囲んでいる数本の竹の子だけ。
 次に目につくのは大量の薪、そして切り株に刺さった錆びた鉈。邪魔になる鉈を抜いて、窓を開けると家屋から埃が舞って思わず士は顔を逸らした。背後でゲラゲラと口を開けて笑うガニ股の夏海。

「さっさと用事済ませて、海東でも探すか。」

 と言って慌てる風でも無い士は、床一面霜が降りたように埃被った室内に靴ごと入る。床は総板でほとんど同じ木材で作られた家具もまた、埃を被って朽ちかけている。奇妙なのは配置だ。部屋の中心に渦でも起こったかのように、イスやテーブル、ソファが倒れ、花瓶が転がって散在し、食器入れのガラスが全て砕けている。

「おめえ、バカじゃねえのか、テンキョサキフメイってさっきおめえが言ったじゃねえのか・・・・、なんじゃこりゃぁ」

 士はガニ夏海の言う事を無視して、その手に掴んだ埃と蜘蛛の巣に塗れたそれを凝視している。

「おめえ、どうやったらりんごがそんな形になるでぇ。」

 ガニ夏海の叫ぶ通り、士の手にするりんごは奇っ怪な形に捻れていた。潰れているわけでも欠けているわけでもない。ただ雑巾を絞ったように捻れている。りんごの特性としてこんな捻れは不可能である。

「モモじゃなくて良かったぜぇ、おい待て、か弱い女の子のオレを置いてくなぁ!」

 寡黙に奇っ怪な室内を傍観する士。およそガニ夏海がその奇っ怪さに気づいているのだから、士には同じものからさらに多くの不可解さを読み取っている事だろう。

「音が聞こえる・・・・」

 家屋のロフトから、かすかだが肉声が聞こえてくる。

『グロンギ相手でも、あんなに過剰なパワーが必要ですか!?』

『グロンギもパワーアップしています!それに、何時グロンギを超える敵が現れるかも分かりません!』

 それはロフトで突然映り始めたテレビの映像。
 士は木目鮮やかな階段を駆け上ろうとする。

 耳を劈く音波、
 カーテンが舞った、
 士の皮膚に大気が圧してくる、
 士、踏ん張るも押し返され、階段を後ろ走りで辛うじて下ったものの、床面に足が着いた途端姿勢を失い後方の壁に倒れ、全身に蜘蛛の巣を纏わり着かせる、

「なんだこの力は・・・」

「何踊ってやがんだおめえ。オレを笑かしたいのか?」

 精神体には効かない力か、

 士は隣の夏海が平然としている姿に本気で殴ってやりたい衝動に駆られたが、今はそれどころではない。

「なぜここに、人、がいる?」

 ロフトの上に人影、
 士は強力な物理力に耐え立ち上がる、
 夏海は士の無様な姿をおもしろがっているが人影を見て階段を平然と駆け上っていく、

「アンタが、芦河ショウイチか。」

 ロフトから見える背中は、もう何日も身につけた物と身を洗っていないホームレスのようだった。グレーのパーカーがブラウンになってしまっている。

「おまえ誰だ!?」

 夏海はそう言った後で、士の言動を頭で考えノリ切れていない自分を自覚し、困惑して士と眼前の男を交互に見やる。

「オレに近づくな!」

 振り返った芦河ショウイチの顔は伸び放題の髪と熊髭でよく分からない。しかしその丸みのある目元から放たれる眼光は、無頼の精神体をたじろかせる。

「な、なんだ、このテレビ点かねえなぁ、おかしいなぁ、オレぁテレビの点け方くらい知ってんぜ。絶対このテレビの方が悪いだぜ!」

 とテレビに逃げるも、先程点いていたはずのテレビが無反応な事に行き場を失うガニ夏海。

「なんだこのハレンチな女は?」

「気にするな。それよりあっちのグロンギの奴を気にしろ。」

 芦河ショウイチは士が親指で差す庭に視線を止めた。
 そこに立つ異形は、まるで蠍が人間のレベルまで進化した姿、いや神のいたずらで蠍の特徴を混ぜ込まれた人間。頭にその特徴的な尾をマゲのよう生やし、その口角は左右に絶えず動く。
 士は、しかしたった1つ、その蠍の異形の持つ特徴を見落としていた。その左肩に備え付けられた一枚の白鳥の羽根飾りを。

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