「いやいやいや、スゴイねしかし、」
「爺ぃ!」
釣り竿片手に栄次郎が士の元へ駆けてくる。
「そうか、士君もようやく歩けるようになったかい。夏海もあっちの小屋でもう働いてるよ。」
釣り竿を士の方へと手渡し、一件の家屋を指差した。家屋はあり合わせの木で作った、先程士が寝ていた裏手の小屋よりはるかに大きい、同じ土手を背に、引き込んだ川の水に囲まれた中にある。アラタは小屋の端側にある扉を開けて中に入った。おそらく物置なのだろう。
士は栄次郎に顔を近づけた。
「爺ぃ、こいつらはどんだけオレ等の事を知ってるんだ?」
栄次郎は掌を何度も振った。
「そんな事気にする人じゃないよ。第一、あの人に隠し事なんてできゃしない。」
なぜかニヤニヤとする栄次郎だった。
「どんだけ骨抜きなんだ。」
むしろあの『お婆ちゃん』への警戒を強くする士だった。
「それより、どっちか来てくれないかな。彼女から聞いたポイント行ったら、釣れる釣れる、ウハウハだよ。持ちきれなくて、向こうに置いてきてしまったよ。手伝ってくれないかな。」
「お婆ちゃんに釣り過ぎるなとあんなに言われてたじゃないですか。」
農具を小屋にしまい込んでいたアラタがいつのまにか士の側近に立っていた。
「分かったオレが行こう、」
まだ情報が欲しい士は、栄次郎の来た方向へ歩を進めた。だが今回は足が言う事を聞かなかった。歩き慣れぬ起伏細かやかな砂利に片足がつまずいて転びかける。
アラタが手を掴んで軽く笑った。
「やっぱりお婆ちゃんの言う通りだな。そろそろ起き上がってくるから、変な無理をさせずまずメシを食わせるようにって。君はとっととあの小屋でメシを食うといい。オレが行ってくる。」
士は口を開きかけ食い下がろうとするが、その士の眼前に栄次郎が手を入れた。
「助かるよ、30匹も釣ってねえ。」
「そりゃスゴい。もう干物は昨日釣った分で十分だから、今度は擂り身にでもするかなぁ。」
もはや士には2人の背を黙って見送るしかなかった。
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