士クンは、私の気づかないところで、私を護っていてくれたのかもしれない。
もしかして、私の夢みたいに、本当に誰かを庇う為にこの人は、自分の身を捧げたのかしら・・・・。
「……泥が顔に付いてる。」
士クンがようやく眼を開けた。片腕を上げて、私の頬を親指で擦った。
「おはよう。士クンこそ泥だらけです。」
士クンの頭を膝に乗せて、私は見下ろす形で士クンのマヌケな顔を眺めている。まだまだ寝顔は幼い男の子なのだ。
「イタ」
「ごめん」
私も士クンの頬に指を当てて乾いた泥を拭った。少し擦り傷に触れたようで、士クンは咄嗟に顔を背けた。でもそうやって動くと、私の足にも響くんだぞ。
「ヤツはどうした?」
頭を膝に乗せたまま、士クンは聞いた。
「あの塔の方へいっちゃった。」
「あの気絶していたヤツは?」
私は真反対に指差した。
「うん、大丈夫だって、助けを呼んでくるから動くなって。」
「・・・そうか、やはりな・・・・」
士クンはうつろな眼で私の顔をジッと眺めていた。ていうか目の前に私の顔があるのかもしれない。私はそんな士クンの眼をずっと見返して、士クンが何か言うのを待った。
「得られるものと得られぬものが定められ、得られるものが当たり前に隣りにある事、それがヤツの天の道か・・・・」
なにほざいとんじゃこいつ。
「士クン、これからずっと私達、二人っきりなんでしょうか・・・・」
私は、何を言っているんだろう。
「そうかもな。」
士クンは私の眼をじっと見ている。
「ねえ士クン・・・本当は・・・」
「おまえ、髪の毛が鼻にかかる。」
士クン、煩わしげに寝ながら私の垂れた髪をかき上げ、そのまま手を私の首の後ろへ回して、半身起こした。でもお互い眼を逸らす事ができなかった。
「なにそれ」
私は軽く笑ってみせた。
「昔飼ってた猫に似てるな、おまえ。」
「思い出した?」
「・・・・いや。」
「またぁ」
私は首に触れる士クンの掌の感触が心地よかった。夕日は、私達を暖かく包んでくれるよう。このまま夜になれば、私はどうなっちゃうんだろう。
でも中断だっだ。
「ユウスケも捜さんといけない、やる事はいっぱいある。こんなところで寝ているわけにいかない。」
「ユウスケ・・・・」
私はすっかり忘れていた。そして胸の中で何かが後ろめたくなった。士クンに何か吐き出そうと思ったけど、それも何か悪い事をする気がして、行き場の無い後ろめたさが私をうつむかせた。
「どうした夏みかん?」
ちょうど、エンジン音が聞こえてきた。士クンの注意がそちらにいってくれた。
「迎えだな。」
遠くから砂煙が上がってるのが見える。
「車?」
「いや、あれはオレのだ、」
確かに士クンのバイクだった。でも後ろになにかくっついてる。たぶんあれは荷車。そして運転してる人は、ボールを半分切ったようなヘルメットに、眼鏡の親分みたいなバイザー、茶色い革ジャンに黒い革手袋。ものすごくアメリカンなスタイル。もう一人いる。同じ格好で運転してる人にしがみついている。
「やぁ、士君、夏海、無事だったかい?」
「この世界に来てたのか。」
「一人でいたらねえ、突然タペストリーが降りてきて、びっくりしたよ。ひとりぼっちになったのかと思ってねえ。」
「お爺ちゃん・・・」
ずいぶんハイカラな格好してるそれは私達のお爺ちゃんだっだ。
「その婆さんは誰だ?」
士クンは、いっしょに乗ってきた人を指差した。なんだかお爺ちゃんとすごくお似合いなお婆ちゃんがお揃いのヘルメットを脱いだ。
「この子はいきなり初対面の目上を捕まえて、なんだいその口ぶりは、親の顔が見たいね。英ちゃん、この子にどういう教育してんだい、」
お爺ちゃんが士クンとその人の間に入って右往左往している。ああ可哀想だけどなんだか様になってるお爺ちゃん。
私達が、その人こそはあのソウジって人のお婆ちゃんだと聞かされるのは、それからお婆ちゃんの家に着いてからの事になる。
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