2013年1月3日木曜日

6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その3





「無様だな。」

 翔太郎は、いつまでも片足を伸ばして地にヘタり込むソウジの顔を覗き込んだ。

「お婆ちゃんが言っていた。自分が決断し、取り返しのつかないような事をしでかしたとしても、それは決して不幸でもなければ、後悔する事でもない。なぜなら、」

「自分が、決断したからだ。」

 お株を奪われソウジははじめてその中折れ帽の若造の顔をまともに視た。

「何者だ?」

「あらゆる事件をハードボイルドに解決する、」帽子の縁をなぞった指でピストルを作ってマズルジャンプを模す、「探偵さ。」

 いぶかしんで足先から頭のてっぺんまで眺めるソウジ。

「おまえ、自分の口でハードボイルドといって恥ずかしくないのか?」

「この世界で、おまえにだけは言われたくネエ!」

 ライダー同士の距離感は、親近感よりも同族嫌悪のそれらしい。

「言っておくがオレはおまえのような半人前に用は無い。」

「こっちが聞きてぇ事あんだ、おまえのベルト、空間を縫って動けるって相棒から聞いたぜ。」

「だから、用は無い。」

「聞いてんのかよ!」

「別の世界へ行くようにオレも試みた。だが無理だった。だからおまえに、用は無い。これで3度めだ。」

 翔太郎は自分の世界の相棒を彷彿するこの男に、ストレスが溜まってきた。が、相棒に近いが故に慣れてもいる。

「お見通しってわけかい、どれ、おまえん家まで肩貸してやるぜ。」

「もうこれ以上は言わん。用は、無い。」

「強がるや・・・・・」

 翔太郎は言いながらソウジの指差す方向に上がる土煙を二度見した。

「このままでいれば、いずれお婆ちゃんが迎えをよこす。それは分かっていた。」

 地平線の彼方から煙の尾を引いて向かってくる、荷台を引いたそれは青いオフロードバイク、その名をガッタクエクステンダーという事を翔太郎は知らない。

「無様だな。幼なじみとして恥ずかしいぞ。」

 ビンテージメットで立ち尽くし、ゴーグルを外した晒した顔は、ソウジと幼なじみとアラタ。

「アラタ、その台詞は、さっきそいつから聞いた。相変わらず間が悪いやつだ。」

 翔太郎はソウジの知り合いらしい事だけは察した。

「ああ、さっき言った。間が悪いやつだな。」

 ライダー同士は合従連衡がめまぐるしいらしい。

「なに?!おまえら・・・・、オレが悪いのか!?」

「こういうやつだ。」

「こういうやつか、まぁ、風都でいくらでもいらぁな。オレは探偵、困った事があったら、ハードボイルドに解決するぜ。」

「ソウジ聞いたか、ハードボイルドに解決だってよ、こいつスゲーぜ!」

 かつてないポジティブな反応に喜びつつも頬を引き攣らせて一歩引く翔太郎だった。

「お婆ちゃん……」

 そんなおかしな両者を半ば放置して、ソウジが見やるのは、ガタックエクステンダー、ではなく、その後方に括り付けられた荷台にケツを抑えながら降りるもんぺ姿の老婆。
 一歩一歩ゆっくりと杖を着いて歩み寄ってくるお婆ちゃんを見ながら、ソウジは手をアラタに差し出す。アラタはなにもかも分かったようで、しゃがんでソウジの手を掴んで自らの肩に回し起き上がらせ、お婆ちゃんに二人三脚状態で足を向ける。

「おかえり。」

「ごめんよ、お婆ちゃん、お婆ちゃん、ごめん」

 アラタを振り払う形で小さなお婆ちゃんに覆い被さって抱きつくソウジだった。お婆ちゃんは、そんなソウジを支えながら、背中をさする。

「足一本なら、安い代償さ。良かったよ、人前で泣かない子だったのに、よっぽど怖い思いをしたんだねえ。」

 ソウジの頭をお婆ちゃんはゆっくりと何度も撫でた。ソウジは背を屈め、お婆ちゃんの胸元に顔を埋めた。

「見ないのが、男の流儀だぜ。」

 翔太郎は中折れ帽で目元を隠し、アラタの肩に両腕を置いて、体ごとねじり回した。アラタの肩は震え、顔は翔太郎にすら見えないよう俯いていた。

「あの・・・・・左さんでしたっけ?これがフィリップさんから、」

 リにアクセントを置いてしまっている夏海が翔太郎の方へ緊張の無い顔で歩み寄りスタッグフォンを手渡す。

 士クンは、アタシにあんな風に心の内側を見せてくれた事、なかったんじゃないかしら・・・・

 未だ活力の無い夏海の眼に、視界に入るもの全てが羨ましく思えた。

『いいかい翔太郎、まず転移するというその写真館へ行く事、次にあの鳴滝といっしょにボク等を誘ったキバーラという奇妙な生き物を捜す事、この二つがもっとも可能性がある。その次に門谷士が使っていた写真機、そしてディケイダーというバイクを調べてくれ。まだその近くにあるはずだ。できればバットショットでいくつか映像を送って欲しい。』

 一方、まくしたてられ下顎を遊ばせるしかない翔太郎は、自失した夏海がお婆ちゃんの方へ足を向ける事が気になったが、転がっている2眼トイと、白いボディが煤汚れたディケイダーを視界に入れる。倒れているが、車体に破損は見られない。

「あの子頼む」

 とアラタに夏海を任せ、翔太郎は取りあえずディケイダーを起き上がらせる事にした。
 この荒れすさんだ大地の風は、翔太郎にとってあまり居心地の良いものではなかった。




0 件のコメント: