2013年1月3日木曜日

6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その7





 そこには、ただ一組ショボくれた帽子と埃のかぶった眼鏡が落ちているだけだっだ。既に荒廃した大地には、先程までいた何人かの者がいなくなり、タイヤの跡だけが風に吹かれてもなおその型を留めていた。
 風では無い揺れが、砂塵をごく僅かに騒がせた。落ちた帽子の横に踏みしめる靴、片腕が伸びて帽子と眼鏡を拾い、土と埃を祓って着ける者が一人。

「おのれディケイド、何度この私を殺せば気が済むのだ、」

 高笑いを上げる鳴滝、その草臥れたコートもせり上がったデビルスマイルも変わらず、ダメージの跡も全く見られなかった。




 翔太郎の視界には見渡す限りの倒壊した家屋の瓦礫が散乱するだけであった。ただ一つ、眼前に立つやや小さめの扉を除いて。上左右の壁が崩れそのピンクの木枠の扉と窓枠だけが填った1枚の壁が強風にもめげず大地からのび立っている。近づいてみると、ドアノブにダンボールで書いただけの『光写真館』の看板がビニール紐で括っている。

「どこでもドアかよ。」

 ドアノブを一旦握って、開ける前に一度右サイドから裏を覗いてみる翔太郎。だが依然風景は瓦礫で満たされていた。にも関わらず、開けた先の風景は、土足で入るのが憚る艶のあるフローリングの床、四辺と天井が頑丈に構築された、かなり手入れの行き届いた屋内だった。モダンな丸机と1対のイス、あの幌掛けされている三脚だけが見えるそれはおそらく写真機だろう。タペストリーに描かれた油彩画は、電波塔を上角に臨む風景画、青空に輝く太陽に電波塔の先端が重なり、さながら太陽を巨大な銛が刺し貫いているようだった。
 だが翔太郎に、室内をじっくりと調べる暇は与えられていなかった。
 天頂から急降下し、放物を描いて急上昇する白い物体、
 動体視力の限界を超えるその動きを追えない翔太郎の鼻先に、見覚えのある球体、

「やべ」

 爆破、扉の木枠が焦げる、
 寸でで頭を仰け反らせる翔太郎の鼻孔を煤焦げた臭いが突く、
 だがそれだけである、翔太郎の顔の皮1枚剥く程度の火力の瞬間発火、身体にダメージが残る程のものではない、身体には。

「気に入りの帽子が!」

 ゾウアザラシ4歳オスの腹の皮製の帽子の縁半分に炎が上がった。慌てて帽子を脱ぎ捨てる翔太郎、革靴でもみ消すと、哀れ帽子の縁は三日月状にしおれ、炭素の臭みを放っている。

「あら、Wの世界のヘボ探偵一人?な~んだ。」

 翔太郎を掠めた白い物体、キバーラが頭上でせせら笑った。それを見た翔太郎、癇に障ったか何度も飛び上がって掴もうとする、それをスイスイ躱して余裕を見せるキバーラ、

「待ちやがれてめえ、鳴滝はもう死んだ、てめえ一人で何しようってんだ、この世界からオレ達を帰しやがれ!」

「そう、帰りたいのね。でもここを調べても無駄よ。ここは栄ちゃんに頼まれてワタシが移動させてたんだもの。」

 屋内天井隅に舞ったキバーラの先に、次元のカーテンが小さく浮かんだ。

「おまえがどっかの世界いっちまえば、俺達はどの道ここでくたばる。おまえの筋書き通りだ、だから最後に聞かせろ!」

「フン、土下座でもしてくれるかしらぁ?」

 相手が追うのを観念したと見たキバーラは振り返り、ジラすつもりで天井隅を周回する。

「光夏海の命を狙ったのは何故だ?」

「あの子はワタシからなにもかも奪うのよ。ユウスケも栄ちゃんも鳴滝も、あの子にだけは特別甘くなる、門矢士もあの子がいなければ、ディケイドになって世界と引き替えにする事も無かった、ワタシもワタシの世界を奪われる事はなかったわ!」

 翔太郎は熱弁するキバーラをじっと睨んでいた。もちろん聞き入っている訳ではない。背の裏に回した右手にはギジメモリ、左手にはバットショット、

『バット』

 カメラからコウモリ型に変形し、キバーラへ突進するバットショット、突如現れた同機動特性のメカに戸惑いながらも逃げ惑うキバーラ。

「てめえみてえなのの口を割らせるには、ノセてみるのが一番なんだよな。」

『スパイダー』

 さらにもう一本ギジメモリを出し、今時大き過ぎる腕時計に装着、腕時計は4対足を伸ばし蜘蛛型の『スパイダーショック』へ変形、その形状から想像できる通り糸を直線で発射、

「なに、ネバっ」

 見事宙を舞うキバーラを絡め取った。

「さあて、ここから本目、オレ達を元の世界へ戻す方法を教えてもらおうか。アン?」

 引っ張り込み、キバーラを掴む翔太郎は途端態度を変える。

「うぐぐ、よく見れば・・・・いい男ねえショタローさぁん、」

 立場の入れ替わったキバーラもまた甘い言葉で隙を伺おうとする。
 そんな翔太郎とキバーラのやりとりはしかし、爆音一つで帳消しになった。

「なんだ!?」

 明らかにドア方向からの指向的な震動、反射的にドアに背をつける翔太郎は、窓から外を覗き見た。

「あれは、さっきの青い泥棒、」

 見れば限り無く拡がる瓦礫の果てに、数名の人影が立っている。その中、シアンの縦ストライプの姿をしたライダーを見て取る事ができた。

「フン、これで見納めかと思ったら、なんだか寂しいわ、ショタローさぁーん、」

「待てこら」

「最後にいい事教えてあげるわ、鳴滝は死んでいないわ、というか死なないのよ彼は。ジャぁね!」

 このドサクサに紛れて糸を噛み切ったキバーラは翔太郎の手から離れ、次元のカーテンに突入した。
 独り取り残された翔太郎は、眉間を人差し指で触れ唇を振るわせる。だが、そんな翔太郎をさらに追い打ちする状況に事態は進展していく。

「いいかい、この光夏海と交換に、キミのダブルドライバー、そのお宝をこっちに頂こう。」

 翔太郎の体を依然、ディエンドの威嚇の震動が伝わってくる。

「探偵対大泥棒、ハードボイルドになってきたぜ。」

 口でハードボイルドと言ってしまう翔太郎だった。




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