2013年3月3日日曜日

6 スカルの世界 -Rの立つ世界- 第三部 その1






 風都の中央には、街最大規模の発電施設でありなおかつ最大の送信所である『風都タワー』なる巨大な風車が、昼夜を問わず回っている。北からの冷気と南からの暖気が絶えずせめぎ合うこの街は、近代に入るまで天災による被害で、作物と魚介に恵まれたが人が都市を築けるような立地では無かった。それがここ20年急速な伝導技術の発達によって、その激しい気候を逆に膨大な電力に替え、頑強な建造物と逞しい生命力でメガシティへ変貌させる。他国より警察機構が常駐しているものの、ほぼ園咲の家が創設より援助した自治団体によって運営が為されている。
 フミネ、という包帯の女が園咲の家を壊滅させ風都全体を敵に回したかのような感があるが、実は事前に自治団体の代わりになる財団を繋ぎ、警察機構は財団経由の圧力で無力化、実力行使で街のシンボルである風都タワーを易々と占拠した。荘吉達が敵にしようとしているのは、そういう者達であった。
 その風都タワーの電力制御室のドアが、けたたましく蹴破られる、

「ゴウゾウちゃん、なんで?ケンちゃんがなんでなのよ!」

「キョウスイ、少しは黙ってろ!頼むから今だけは勘弁しろ!」

 容積は平均男子の二倍以上あるくせに語り口調が女な『キョウスイ』が、ほぼ同じ屈強な筋肉がはみ出している『ゴウゾウ』にヒスっている。

「レイカっ、アンタもよ、アンタ達がついててナニしてんのよ!あの探偵絶対許せないわ!」

 キョウスイは続くロングの髪をかき上げるリアルな女の『レイカ』にも当たり散らした。レイカはその性格のにじみ出た眉をつり上げた。

「あの来人と同じ力を持ったガキがいなければ、アタイ達も遅れは取らなかったわ。」

「サイクロンアクセル以上よ。単純に力だけならばね。」

 そして最後にあの包帯の女が最上階制御室内に足を踏み入れた。そのサングラスの見つめる先に、ダンボール箱を積んだた台に寝かされた『リュウ』と呼ばれた男がいた。
 室内はほぼバームクーヘンのような円形の空間。壁に沿って計器が並べられ、電気事業者やメディア事業者がここで電力と電波を統制する。包帯の女は4人を使ってこの部屋の中央に巨大な十字架にも風車にも似た装置を持ち込んだ。十字架の先端は全てメモリースロットが埋め込まれ、回転軸には10インチ程のモニタ画面がある。
 今コートのポケットから取り出した翠色のメモリを十字架の右サイドに差す包帯の女。

「検索なさい来人。」

 包帯の女が語りかけるのはモニタ。光が灯り、映し出されるのは野心によって人格を醸成したのような青年の顔。青年は椅子に座してやや左サイドを向く形でモニタの反対側を覗き込んでいる。その姿は3人となったネクロオーバー達と同じ黒いジャケットに、ゆとりの笑みの消えない目つきに、やや翠のラメの入った髪。

『キーワードを言え、おふくろ。』

 一言一言に手振りが入るその青年の声は紛れもなくあのサイクロンアクセルだった威圧と狂気が混じったそれだった。

「ガイアメモリー、ジョーカー。」

 画面の中の青年がイスを捻って立ち上がり、背を向け、大きく両腕を拡げた。

『さあ、検索をはじめよう』

 それは何かの宣誓のようだった。宣誓と共に青年の立つ風景が全て白一色になる。青年の肌と髪と衣服だけが色のついたものだった空間に突如浮かぶ本棚の群れ、

『ガイアメモリ』

 そのハードカバーの本を下から上まで満載した重量級の本棚がいくつも滑るように青年の周囲を動き回り、どういう訳が白色の景色の中へ大半が消えていく。

『ジョーカー』

 本棚が一つになり、その本棚からハードカバーの本が重量を拡散して飛び出し、本一つ一つが消え、そしてついには再び白一面の空間が青年の眼前に拡がった。

『おふくろ、検索に一致する項目が、ない。ありうるのか?オレは地球の記憶を支配したんじゃないのか?おふくろ!』

「そう、やはり地球の記憶に無いメモリーなのね、ジョーカー、あり得ない、あのWはいったい何者?まあいい、分からないという事は分かった。今はそれで満足しましょう。それより、」

『おふくろ、まずオレの肉体だ。全てはそこからだ。見つけたんだろ?最後のメモリを。』

 包帯の女は、指を三本だけ伸ばした。

「テラー、タブー、そして『クレイドール』、この3つのガイアメモリーを集め、この、」中央に打ち立てた十字の機械を握り拳で叩く。「『プリズム・エクシア・グリッダー』にサイクロンを含む4本を差した時、来人の肉体が錬成される。3人共、プリズムをここからギャリーにお移し。」

「なに、苦労してここまで運んだのに、また下に降ろすって、もうアンタの言う事なんか聞いてやる義理は、」

 ヒスを起こすレイカに黙してマグナムを振りかざす包帯の女。それは殺傷能力を振りかざしているのではない、むしろ逆だ。

「貴方達3人は、既にネクロオーバー。一定の間隔細胞酵素を打たなければ細胞が分解してしまう。そして酵素を精製する為にはタブーのメモリーを分析する必要がある。貴方達にこのメモリーを分析し酵素を精製する知識がある?」

 髪をかき上げるレイカはその美脚をなめらかに旋回させてダンボールの一つを破砕、だが結局他の2人と同じく、溶接された土台を切断にかかった。

『おふくろ、リュウが回復次第オレが直々にその探偵を排除してやる。そうすれば女だろうがクレイドールだろうが』

 画面のモニターの真下で火花が飛びながらも、モニターの中の青年は軽妙に舌先を動かしている。

「いえ、直接いけば貴方もタダでは済まない。それより、荘吉はこの街にただ一人、あのもう一人のWもね。だったら、もっとリスクの少ない方法がある。」

 包帯の女はコートのポケットから、無作為な数のメモリを取り出した。



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