2013年4月5日金曜日

6 スカルの世界 -Rの立つ世界- 第三部 その15





「頼むぜ、フィリップ。」

 翔太郎が差し出したバックルとメモリの代わりに、フィリップはスタッグフォンから抜き出したメモリを翔太郎に差し出した。

「アナタ・・・・は」

 フィリップの見つめる先、瀕死の包帯の女とはじめて目の当たりにする『園咲若菜』の顔をしたナルミアキコに、奇妙な感覚を覚えずにいられない。包帯の女が伸ばした手を思わず握ってしまったフィリップだった、手袋をとった女の手は、火傷に犯されたような被れがくまなく皮膚に爛れていた、そのザラザラする手を柔らかく握るフィリップ。

「ボクは本来なら泡となって未来で収束するはずの可能性の分岐から来ました。フィリップと言います。」

「そう、そうなのね、全てが分かった、」

 初めての大人の女性の掌が、フィリップの左頬に触れた。怖気とも寒気とも似た不慣れな感触に拒絶感を覚えるフィリップ、それでもフィリップは気丈に表情を保った。

「貴方のご子息はもはや貴方の掌から飛び出した鬼子だ。このままでは全ての人間が彼と同じデータ人間かドーパントにされてしまう。ボクはそれを止めに来た。クレイドールのメモリを渡して欲しい。」

「そうなのね、貴方だけがあの子を、止められる・・・」

 そのフィリップの背後では、CAとジョーカーの死闘が繰り広げられる。フィリップへ半歩でも肉迫しようとするCAを横合いから妨害するジョーカーの趨勢が変化するのは、CAがやや落ち着きを取り戻したその時からである。

「蚊蜻蛉の方から落とす!」

 ジョーカーの眼前から突如消える翠と紅の光、死角から来る衝撃、振り返った途端逆サイドから斬撃、次々と伐ち込まれジョーカーの脚がもつれ倒れる、

「速えな、だが」

 倒れたジョーカーの頭上に現れる翠と紅の実体、CAXはその得物を勢い振りかぶる、ジョーカーの頭を横に凪ぐ軌道のそれはしかし、ジョーカーを絶命させるに至らなかった。

「いつのまに、」

 空振りする、ジョーカーは不動である、CAXは確かにジョーカーの頭を振り抜いた、問題は得物であるプリズムセイバー、その刃が半身折れている、

「見えてはいるんだぜ、」

「キサマ」

 激情のまま持ち手と逆の手刀で空を裂いて爆熱を叩きつけるCAX、

『ゾーン』

 だがジョーカーが一手早い、既に腰のスロットへメモリを差し、空間を溶けていく、空を掠り地を抉るCAXの爆熱、

「今度はこっちのバンだ!」

 CA後頭部にキレのある漆黒の一太刀、振り返るCA、しかし既にジョーカーは転位している、既に振り返ったCAのさらに背後から肘を伐つ、思わず蹌踉けるCA、先の攻守が完全に逆転している、

「くそぁ」

 思わず飛翔して逃れようとするCA、

「待たせるなよおまえ」

 既にその頭上に転移し、両拳を脳天へ叩きつけるジョーカー、
 急降下するCAはそれでも両足で着地、

「この姿の真の力を見せてやろう、」

 むしろ余裕すら伺える、CAXセンター部のクリスタルサーバーが小魚が大量に滝登りするかのように光る、徐に手刀を振り上げ、そして空のある一点を断つ、

「ぉぁ」

 まさにそれはジョーカー出現の位置、胸元に食らって大きく仰け反るジョーカー、全身に電撃のような痺れを受けたかと思った刹那、ベルト左より射出されるゾーンメモリ、宙に浮いたメモリを手を伸ばして掴むのはCAXだった。

「検索されたメモリは一太刀で能力を断つ事ができる。メモリを使う限り、オレとの差は埋まらん。そして、」CAの片腕が光り、制止したはずのゾーンメモリが再び光を放った、「地球の記憶を精製する今のオレは、メモリをいつでも作る事ができる。即ち、全人類がドーパントと化した時、その生殺与奪は全てオレが握る、オレがメモリの帝国の王となる!」

 ジョーカーはたじろいだ。その脅威の能力への怖れではない、尋常ではない対手そのものに脚が勝手に後ろへ逃げた。

「なんなんだ、この男・・・・・、おいフィリップ、まだか!」

 ジョーカーは視界に入った相棒が、倒れる女の傍からじっと離れないでいるのが目に留まった。その間CAの再三の攻撃を躱し、立ち位置が再三入れ替わり、そして相棒を背に立ちそのまま相手の攻撃をガードし続ける。

「すまない翔太郎、もう少し堪えてくれ。」

「どうした?!」

「頼む」

「分かった、相棒」

 ジョーカーの無謀な、屈んでのタックルがたまたまCAの鳩尾に入り、突き飛ばされスカルギャリーの駆動輪の1本に激突、若干間合いが開いた。

「貴方に、貴方に、これ・・・・を」

 フィリップは依然その爛れ窶れた腕を見つめ、その手から2本のメモリを受け取った。

「クレイドールと、これは?」

 黄土の色のクレイドールと、そしてラメを塗したような乳白の光沢を放つメモリを受け取るフィリップ。

「エターナル、これを使えば、今のあの子と対等になれる・・・・」

 その萎れた掌を潰さないように握るフィリップだっだ。

「大丈夫です、このクレイドールがあれば、貴方の傷は、」

 包帯の女は首を振った。

「ネクロオーバーには・・・・・、クレイドールは効かない・・・・」

「そんな」

 ボクは、なぜ泣いている・・・・?

 フィリップは頬へあふれ出るものを掌で抑えた、それでも溢れて止まらなかった。そのワケを知るまでフィリップはまだ幾分時を要する事になる。

『アクセル マキシマムドライブ』

 CAかかとを振り上げ、軸足が跳躍の形で合力するバックスピンキック、除装された翔太郎の絶叫が木霊する、アスファルトに打ち付けられ、口の中を切った事を手で拭って気づく翔太郎だっだ。

「ジョーカーのメモリは検索できない。だがメモリブレイクで過負荷を与えればいいだけの話だ。オレにとってなんら優位点にもならん。」

 CAは諸手を挙げ、倒れる翔太郎にその影を差す。翔太郎は押しても押しても反応しない漆黒のメモリを硬く握りしめた。

「逃げねえよ今度は、」だがしかし立ち上がった。「守ってやるさ、この世界のおやっさんと、そしてオレの中に生きてるおやっさんに誓って、オレがっ!命張ってな!!」

「それを言うならオレ達が、だ。」

 背後からの声で目を閉じて口元が弛み、そして大きく深呼吸する翔太郎、振り返り様ジョーカーのメモリを手渡した。

『クレイドール マシキマムドライブ』

 フィリップが手にしたメモリにマグナムからの光を充てると、漆黒のメモリが再び充実した光を取り戻す、フィリップは既に修復したメモリスロットが2つあるドライバーと共に翔太郎に渡した。

「クレイドールのマキシマムは、自己修復どころかあらゆる物質、機械、身体、そして地球の記憶の修復まで能力を拡充する。」

 ダブルドライバーを受け取った翔太郎は、即座に腰に充てる、翔太郎曰くやはりロストドライバーとは微妙に感触が違うらしい、ドライバーは自動的にベルトが腰を回り定着、同時にフィリップの腰にも全く同じダブルドライバーか現出した、

「よう、兄弟、いやそれ以上の・・・・、魔物同士だ。」

 CAはここに来て一切動いていない、待っている、

「ボクは生まれた時悪魔だったかもしれない、だがあの人に誓う、人の痛みを感じられない、君のような悪魔にはならない!」

「では何者だというのだ!」

「オレ達は、風都を守る、2人で1人の探偵で、」

 フィリップではない、翔太郎が言った。

「仮面ライダーだ。」

 フィリップがそれを受ける。

「いくぜフィリップ」

 手先を捻る翔太郎の右に並び立ちするフィリップがメモリを翳す、

『サイクロン』

 翔太郎もまたフィリップの左でメモリを翳す、

『ジョーカぁ!』

「「変身」」

 フィリップがまず自らのバックル右へメモリを差す、極至近を転送したメモリを左掌で押し込みつつも、右腕のメモリをバックル左へ押し込む、両腕を交差したままバックルを左右に開く、大気が硝煙と油の臭みを乗せて翔太郎の周囲を渦巻く、フィリップは生気が抜けて地面に倒れる、翔太郎の身にスーツがまとわりつき、右を吹きすさぶ翠、左を全てを覆う漆黒に染める、マフラーたなびくその名は2人の街の住人が敬愛を込めて呼んだ『仮面ライダーW』、漆黒の左手で対手を指し示す、

「『さあ、おまえの罪を数えろ!』」

「今更数え切れるか!」

 メモリで変身するライダー同士の戦いが始まった、翠と朱の尾を引いて消えるCAX、2色の軌跡がサイクロンジョーカー左サイドをギリギリ擦る、動じないCJ、背後を横切る2色の軌跡、だが僅かなサイドステップだけで重心崩さぬCJ、

「1人で変身して分かった事がある、てめえのメモリは相性がいいかもしんねえが、オラッ!」

 抜き打ちの左、

「ぐぉ」

 CJの打ち出された左拳が出現したCAXの鼻先にクリティカルヒッツ、

「オレとフィリップのコンビも、負けてねえぜ。」

「ほざけ」

 さらに尾を引いて加速するCA、だがワンステップで見切ってその疾風を躱すCJ、

『サイクロンを加速する事でおよそこの上無い疾さを得る事ができる、だがその疾さと競う必要はない、見切って迎え撃つ疾さがあればいい。』

 右目が明滅しながら、左の蹴り脚を繰り出す、ものの見事に正面に現れたCA顔面に直撃、たじろいで腰が泳ぐCA、

「だが分かっているだろ、オレの本領はこれからだ。」

「その通り、君の本領は適切なメモリ使いにある、」

「フィリップ!ありゃ、」

 CJの左目がCAの手に握られたメモリを見止める、

「これで貴様はブレイクして終わりだ。」

 CA、折れたプリズムセイバーを背から引き抜き、その握り手にメモリを装着、

『クレイドール マキシマムドライブ』

 見る見る内に折れられた刀身が復元し、穢れ無き輝きを放つセイバー、

『さすがに疾い、ボク等の気づかない内にボクの握っていたクレイドールを掠め取るとは。その疾さでメモリの性質を検索して伐つ。サイクロンアクセルエクストリーム。』

「褒めてる場合じゃねえ!」

 慌てて撃ちに行くCJ、

『スチーム』

 CJ前面の視界が全て噴煙で覆われる、思わず目を庇うCJ、

「目を塞ぐ方法はいくらでもある、」

『プリズム マキシマムドライブ』

「さらばだ兄弟!」

 CAがセイバーからの七色の光を振り下ろす先はおぼろげな黒い影、だが空を切る、

「目だけで見てるわけじゃないぜ」

 CA右側面死角に強打する漆黒の突風、それはCJの延髄斬り、地に屈するCA、見て取ったCJ、腰のメモリスロットにメモリを差し込んだ、

『ジョーカぁぁ マキシマムドライブ』

 大気が翠の旋風となってCJのボディを舞い立たせ、同時にCAを膝をつかせたまま凝固させる、

「『ジョーカーエクストリーム!!』」

 両脚を揃えた蹴撃が左半身をスライドした変形片足蹴りとなって降下、

「認めてやる、おまえ達をな、だからおまえ達、オレと対等の地平に立ってもらう、その上でどちらが地上最強か決めようではないか!」

 動けないCAがメモリを取り出し、CJと規格を同じくする腰のスロットへメモリを差した、

『ゾーン マキシマムドライブ』

 直撃寸前、霞むCA、透過し地を抉るCJ、思わず振り返って、舌打ちと左指の鳴る音が同時だっだ。

『お互いマキシマムを放ちながらトドメを刺せなかった。互角というところか。やはり彼の本領は複数のメモリを適時適切に使いこなす事だ。ボク等にとってはじめて出会ったもっとも対等の相手。』

 右腕は親指と人差し指を指紋を消すかのごとく擦っている。

「感心してる場合かよフィリップ!ヤツはどこだ、気配も感じねえ!」

『翔太郎、残念ながら彼の行き先は分かっている。』

「だったら行こうぜ、とっとと!」

『残念ながらと言ったよ。彼はボク等からゾーンのメモリも奪っていた。その時点でその記憶からボク等の素性を知ったはずだ。そしてボク等と同じく違う世界があるという事を認識したはずだ。同じ文字の羅列であっても、認識によってまるで違うものになる。それが地球の記憶であってもだ。彼は、ボク等の世界に飛んだ。ボクと同じようにゾーンメモリを使って。彼はボク等の風都を徹底的に破壊しようとするだろう。ボクが彼と同じく、なにもかも失うように。』

「落ち着いてる場合かよ!オレ達ゃ、メモリがなきゃ風都に戻れねえって事じゃねえか、街がぁ!」

 右腕が左腕の手首を掴んだ。

『さあ翔太郎、ハードボイルダーをタービュラーに換装しよう、急ぐよ。』




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