2010年5月14日金曜日

0 見初められた女 -旅立ち- その8

「おかしいなぁ、テレビが映らなくなっちゃったよ。おーい、夏海、士君かい?ちょっと申し訳ないけど、このテレビ見てくれないかな。お爺ちゃんは腰が痛くて動けないよ。」




 と玄関が開いた音はしっかり聞こえているお爺ちゃんは、帰ってきたなり私ら2人に甘えた戯言を言った。いつもの事だ。



「つまり、貴方がこの世界を救うんですね。」



 私は士クンの背中が大きく見えた。



「ああ、大体そういう事らしい。」



 この時が静止し、窓から見える爆炎が間近に見えてるのに、呑気に構えているお爺ちゃんに私は何かが落ち着いた。



「撮ってみるか。9つの世界を。そうすれば・・・」



 士クンの悦びとも哀しみとも希望とも使命感とも取れない顔を私は眺めた。決心する時の男の子の顔はカワイイ。

 でもあの夢との関係はなんなんだろう。

 もしあれがただの夢じゃないなら、士クンはいつか、ライダー達に・・・・・・



「分かりました。行きましょう。」



 私はなぜかそう言ってしまった。



「なんで夏みかんまで行くんだ?」



 煙たがってるようで、私の身の危険を案じてくれているのは分かってるんだから。



「士クン、アテになりませんから。」



 でも実はすごく頼りになる事は分かってるよ私。



「それに・・・・・」



 なんだか話の方向を変えなきゃヤバい気がして私は言葉を必死に出した。



「この機会に借金を踏み倒すつもりかも。」



 士クンはそれに答えず、呆れたのか、それとも核心を突かれたのか読み取れない顔をした。少しじれったい。



「それでどうやって別の世界に行くんです?」



 私はもうスッパリ切り上げて実務な話をした。



「聞いてない。」



 なんだこいつ本当にアテにならないじゃないか。



「肝心な事を聞いて無いなんて、」



 私は士クンをツボ責めしてやろうかと思った。



「人はさ、誰でも旅人だよ。」



 祖父は時々頭がオカシイのではないかという気がする。聞いてるようで、聞いて無いようで、得体が知れない事を言う。詩人かよ。

 祖父は窓から見える風景を夕焼けと勘違いしたのだろう、店終いの時の日課にしてる写真館の背景ロールの具合を見ていた。



「あれ?」



 いつも使い慣れた撮影用背景ロールを引っ張る綱になぜか今日は手間取ってるお爺ちゃん。何か引っかかってるようだ。これだから光栄次郎は。



「何やってるのお爺ちゃん。」



 私が手伝ってやろうとしたその時、唐突に垂れ幕が落ちてきた。



「こんな背景見た事ないな。」



 頭にクエスチョンマークがついてるお爺ちゃん。私も奇妙に見慣れない背景が降りてきてびっくり。士クンのいたずらかと顔を見たが、彼もやっぱり驚いている。



「山、灯溶山・・・・」



 士クンは山の事を知ってるみたいだ。

 だが問題はそれを背景にしてる人影。

 マントを羽織り、何日も洗ってないような縮れて伸びた髪の顔の見えない男。どんな女性もそこまで伸ばさないだろう牙のような爪の指先が掴むのは一本のベルト。どこか士クンのあのバックルにも似ているけど、真ん中の珠のようなものが違っている。

 私はその人影を見て、さっきの残酷な出来事を思い出さずにはいられなかった。



(0章了)

0 見初められた女 -旅立ち- その7

「それは、君がかつて全てを失ったからだ。」




 あの時の、影の男の声が突然ディケイドの耳に届く。



「なに?」



 既にバックルからディケイドのカードすら放出され、変身が解ける門矢士。



「士クン、あれ、」



 士が戸惑うのに気づいたかそうでないか、夏海が指差すビル、巨大なカニがその壁を這い上がり、上空にはトビウオのような化け物が空を飛び、やや金属質を帯びたトンボのような化け物を喰らっていく。



「ついに同士討ちか。」



「あの子達もきっと異世界の化け物に戸惑って攻撃してるのよ。」



「夏みかん、キモが座ったフリは疲れるぞ。」



 呆然と眺めているしかない2人。

 ビル周りで暴れる一体が力を失って落下したかと思うと、ビル屋上に直撃、ビルから爆発的に炎が上がり、一瞬でビル全体が炎に包まれる。

 爆発の勢いは止まらない。もしかして甚大な怪物のエネルギー同士が融合したのかもしれない、爆発が爆球となって周囲を核のそれさながらに街全体に広がっていく。

 瞬時に飲み込まれる家屋、

 瞬時に飲み込まれる車、

 瞬時に飲み込まれ、絶叫を上げる人々、

 飲み込まれまいとする人々が逃げ惑う、

 しかしヒトが走る程度の速さでは炎の広がりはすぐに追いつき呑み込んでしまう、

 虎の皮ジャンを着た若者が呑み込まれた、

 老人は呆然と呑み込まれた、



「いけない!」



「夏海、ダメだ」



 夏海の眼前に今、母子連れが炎に呑み込まれようとしていた。思わず親子の方へ駆け出す夏海。巻き込まれるだけなのを直覚した士は夏海だけでも止めようとする。もしかしてこの時士と夏海は、自分が不死身で炎に巻き込まれても死なないと思っていたかもしれない。



「止まった、」



 炎が止まる、



「時間が止まったんだ、」



 親子も静止した、周囲の全て、息づくものが全てビデオの再生を一時停止したかのように動かなくなった。



「なんなの・・・・」



 泣き崩れる夏海。彼女の心の臨界だった。



「おまえ、」



 炎の中、士に向かって歩いてくる男がいる。あの影の男だ。炎のせいでまたしても顔が見えない。



「まだ少しは時間があります。」



「オレが、世界を救えると言ったよな。」



「ええ。」



 影の男が言うと同時に風景が変わる。夏海も消え、街も消え、ただ暗闇が拡がり、影の男すら消え、士独りきりとなった。独りになる事に今日最大の恐怖を感じる士、しかしそれをはねのける心的ショックアブソーバーもまた彼の体に染みついていた。



「これは、」



 士の眼前にいくつもの地球が見える。



「なにか、思い出しましたか?」



 影の男の声だけが聞こえる。



「いや」それとなく眼を走らせ対手を捜す士だったが、声しか聞こえない。「戦い方だけだ。」と言って自分の事を晒す具に気づく士は話を切り替えた。「あれは全て地球か。」



「ええ地球です。」



「どうして地球が、こんなに、いやどうして融合・・・・」



「9つの世界に9人の『仮面ライダー』が生まれました。それは独立した別々の物語。しかし誰の望みか物語が融合を始め、世界が一つになろうとしています。やがて、全ての世界が消滅します。」



 影の声は断言した。



「融合するでなく、消滅する、のか。」



「ディケイド、貴方は9つの世界を旅しなければいけません。それが世界を救うたった一つの方法です。」



「なぜオレだ。オレなんだ?」



「貴方は全てのライダーを破壊する者です。創造は破壊からしか生まれませんからねえ。」



 なぜだろう、影の声は奇妙に悦の感情を乗せた。



「破壊者?オレは一体何者・・・・」



「貴方が旅を終えるまで、私と私の仲間が、もう少しこの世界を生き長らえさせておきます。」



 風景がいつのまにか、先の炎が止まったままの世界へ士を引き戻す。夏海も見える。士はその姿を見ただけで、やや安心した。




(続く)

0 見初められた女 -旅立ち- その6

「士クンが、ディケイド。」




 壁を取っ払って夏海に近づくディケイド。なぜか夏海は後退りした。



「どうした、」



 ディケイドは消え去りながらも気配を消していないワームの存在に警戒して右腰に装着されたブッカーを取り出す。ブッカー底面に折りたたまれているグリップを伸ばし、ブッカー斜め方向に畳まれているアンテナのような細い突起もまた伸ばす。剣状になった。これが「ソードモード」。

 刃側を掌にのせて流し、その金属の響く高音を堪能するディケイド、夏海の不可解な態度に戸惑う。



 クロックアップするワーム、



 つむじ風がディケイドを横切ったかと思いきや、ディケイドの胸装甲に真新しい傷が。3体のワームが見えない速度、正確には自身の相対的な時間を遅らせて攻撃を仕掛けてきた。ディケイドはしかし、その見えない敵を捕らえ切っている。



「ちょこまかと。」



 ディケイド、カードを1枚取り出す。先のディケイドカードと同じ『カメンライド』の『カブト』のカード。やはり同じくバックルへ装填。



『KAMEN RIDE KABUTO』



 ディケイドの姿が、頭部の一角が特徴的な真紅の「仮面ライダーカブト」の姿になる。さらに1枚取り出すディケイド-カブト。



『ATTACK RIDE CLOCKUP』



 ディケイド-カブトもまた見えなくなる。いや自身の時間を遅らせて高速運動に入る。

 ビルの壁が壊れる、

 街路樹が倒れ葉が拡散する、

 だが時間が遅滞する世界では、その落下はスローモー、

 ゆっくりと落ちかける瓦礫と葉を掻い潜ってカブトとワームが火花散らす、

 高速で動くワーム、それよりもさらに疾く動くディケイド-カブト、瞬く間にブッカーソードで3体のワームを切り倒していく。



 爆裂する緑の炎、

 それはワームの命が尽きた証、



 確実に3つの炎を起こしたディケイド-カブト、先と同じくブッカーの刃先を掌でなぞって金属同士の擦れる音を出す。



「なんで、オレ」



 事が終わるとバックルより射出される『カメンライド-カブト』カード。手に掴むディケイド。



「このカードを選んだ・・・、オレは戦い方を、こいつの使い方をどうして知っている・・・」



 カードのカブトのマスクが朧気に消える、



「ん?」



 カードから力が失われた現象だと直覚するディケイド。が故になぜ力を失ったのか訝しんだ。



「ディケイド・・・」



 背後にいつのまにか立っている夏海。



「さっきから、なんでその名を知っている?」



 首を横に振る少女。少女自身何が何だか分からない気持ち、不安だけをディケイドも察した。



 そこへ新たなオーロラ、



「夏海!」



 咄嗟に手を掴むディケイド、

 共に壁を透過する2人、



 今度の世界は、元いた公園のなれの果てだった。今は親子連れも、鳩も、あの3人組の死体までも転がり、車が横転し、煙が吹き、家屋も崩れ落ちている廃墟そのものだった。ただ1つ、1台のバイク、士の愛用のDN-01が真新しい質感でスタンドがけして停車していた。



 灰となって崩れる兄貴味噌、



「ひどい・・・・」



「この世界の終わりという奴だ。」



 だが弟塩と愛人は立ち上がって、目元が青白く輝きながら異形『オルフェノク』へと姿を変えた。



「こないで、」



 咄嗟に逃げる夏海はしかし、変身したラビットオルフェノクに捕まる。



『KAMEN RIDE FAIZ』



 その時ディケイドはカードを装着、ディケイド-ファイズへ変身。



『ATTACK RIDE AUTOBAZIN』



 ディケイド-ファイズ、愛車のDN-01に前から後ろへ光が流れて超変形、バイクより人型になる強力な自立AIロボ「オートバジン」へ。

 変形したオートバジンは飛翔、オルフェノクを払いのけ、夏海を抱えて空へ逃げる。



『ATTACK RIDE SPARKLE CUT』



 夏海を追おうとするラビットオルフェノクとオクラオルフェノク、

 ディケイド-ファイズが未だ手にしているライドブッカーソードが、ファイズエッジへと姿を変え、クリムゾンの光を帯びる。



「やあ」



 2条の軌跡が2体のオルフェノクに重なる、

 浮かぶファイズマーク、

 一瞬で灰になって崩れる2体のオルフェノク、



「破壊者・・・・」



 ディケイドに戻り、夏海を掴んでいたオートバジンもまたDN-01に戻る。

 ディケイドは、またしてもファイズのカードが力を失うの様を眺めながら、変身を解こうとする。しかし、



 巨大な怪獣、

 それは「魔化魍」オオアリ、

 民家に突進し、電信柱を切断してガススタンドに火災、

 飛来する同じく巨大な寸法のイッタンモメン、

 ビルに突っ込んで倒壊させ、仰く翼の風圧で民家をめくり上げていく、



「これもライダーの世界なのか。」



 ディケイドは新たなカードを取り出す。



『KAMEN RIDE HIBIKI』



 『仮面ライダー響鬼』の独特の光沢に全身を包むディケイド-響鬼。



『ATTACK RIDE ONGEKIBOO REKKA』



 その両腕には既に特有の『音撃棒』が2つ握られている。



「はぁ」



 火の玉を吹く音撃棒、



 ガガガガガ

 キィィィィ



 カードに封じ込められた音エネルギーの火の玉は、十メートルあるという魔化魍群を一瞬で消し去る。



「どうしてだ。力が長く続かない。」



 響鬼のカードもまた力を失い、ディケイドは元の姿に戻る。



「それは、君がかつて全てを失ったからだ。」



 あの時の、影の男の声が突然ディケイドの耳に届く。



(続く)

0 見初められた女 -旅立ち- その5

 夏海は逃げ惑う。人々も突如変貌する世界に逃げ惑う。


 「マカモウ」が巣くう世界が壁を透過したかと思えば、消えて「アンデッド」が街をさ迷い、気まぐれに人を捕まえ、殺戮する。人々はその人知を越えた力と存在に驚愕しなおも逃げ惑うしかない。

 また1枚壁を透過した夏海。今度は雨、同じように逃げ惑った人が突如宙より現れた2本の牙に首の左右を刺され、一瞬で精気を失い存在を消失させる。「ファンガイア」の仕業だ。

 また1枚。今度は石切場。突如砂で固められ宙を舞う怪しげな幽霊が、夏海の願いを叶えると怪しげに言葉を投げかけてくる。

 夏海は逃げた。逃げて逃げて逃げた。スパッツに泥がついても逃げた。何枚壁を透過したか分からない。どこにいるのかも分からない。

 気がつけば、見渡す限りの廃墟だった。

 スパッツの汚れの度合いが夏海の疲労の蓄積と比例していた。

 見覚えのある109の建物が竹が切断されたように斜め折れになっている。瓦礫で散乱しているが、おそらくハチ公前の交差点の中央に夏海は立っていた。



「あれは、」



 夏海は瓦礫の中、見覚えのある何かを見つける。それは埃をかぶり泥にまみれているが、夢の中で印象に残っているあのベルトのバックル。フラッシュバックする断片的な情報が夏海の頭の中で今繋がったような気がした。即座に拾い上げる夏海。



「夢に出てきた、どうして、」



 バックル、そしてその隣に落ちていた同じ質感の電子手帳のようなハードケース。夏海はバックルを『ディケイドライバー』、ケースを『ライドブッカー』という事を知らない。



「おい、夏みかん!聞こえるか!」



 偶然にも夏海の数メートル先に士がいた。2人の距離は幾つも量子的に隣り合う世界を巡って数メートルの距離に再び近接した。だがしかし士と夏海の間には、なおあのどうやっても壊せないオーロラの壁が阻んでいる。

 だが例の壁を通して叫ぶ士の声が夏海には確かに聞こえた。声は送れるが、壁の反対側へ出る事ができずひたすら叩き続ける士の姿は、夏海には絶望感に拍車をかけた。



「無事だったんですね。良かった。」



 だがそれでも反対側の士は、元居た自分の世界にいてまだ安全らしい。なぜかそれを我が事のように嬉しい夏海がいた。



「これが無事って状況か、後ろだ!」



 士の視線が夏海からさらに背後に移る。訝しんだ夏海も背後を振り返る。不思議だった。自分がいた。鏡があるわけでもない。自分だ。自分が薄ら笑みを浮かべてを自分を眺めている。ドッペルゲンガーを見た者は死ぬという都市伝説を夏海は思い出した。



 怪しげに微笑むドッペルゲンガー、

 即座に変貌し「ワーム」の本性を晒す、

 ワームは幼虫から成虫へと進化、

 キュレックスワームと化す。



「!」



 声も出ない夏海。私の番なんだ、という思い以外浮かんでこない。



「ぉい、夏海、ナツミ!」



 と叫んで壁を殴りつけても自分の無力を感じるだけ。士は、全てを失うという思いが、強烈な絶望感となって肉体を硬直させた。何度も体験しているような錯覚になぜか陥る。



 うぇぇ!



 殴りつける拳、今度は体重を込めたパンチ。しかし考えているようで、結局のところ無力なあがきに過ぎない。



「こんなもんなのか!世界が終わる日ってのは。」



 手をこまねいている内にどんどん世界は流転して自分の悪い方向にこれでもかと雪崩れ込んでいく、もっとも最悪な事は、自分がそれをただ黙って眺めているだけしかできない事だ。



「!」



 そんな士の視界に飛び込んできたのは、夏海の持つディケイドライバーとライドブッカー。



 バックルとカードはどこです?



「これか!」そう直覚した士。「夏海、それを渡せ!」



「でも」



 死の予感を拭いきれない夏海、どうせ壁を潜れないのだからと諦めが先に立つ。

 対して士は何かを悟り切った眼差しだった。



「世界を救ってやる。たぶん・・・・」



 夏海は戸惑いながらも、その眼差しに最後の希望を見いだした。



 差し出すバックルとブック、

 不思議な事に壁をすんなりと透過し、

 士のいる側の世界に即して真新しい姿と化す、あるいは様々なパラレルな世界にあって特異で貴重な存在なのかもしれない、

 受け取る士、



「こないで!」



 ワームに羽交い締めにされ、壁から引き離される夏海。いつのまにかワームが3体に増えており、夏海を一気に殺そうとせずに囲んで威圧した。



 バックルを腰に装着、

 バックルの右サイドからベルトが躍り出て士の腰を回って左サイドへ接続、士の腰にバックルが固定された、

 バックルを両側から引っ張ると、やや伸びてレンズの奥にある珠『トリックスター』を軸に本体周りが90度回転、カードスロットが露出、

 ブックを開く士、

 そこには幾枚かの『ライダー』の顔が描かれた『カメンライド』カードが、

 士はその中の1枚、『DECADE』と描かれたカードを引いた、



「変身!」



 士はDECADEのカードを突き出し、カードを裏返す、

 裏返したカードをスロットへ差し込み、



『KAMEN RIDE』



 バックルより音声が発する、

 続けざま開いたバックルを両側から内に向かって押し元に戻す、左右の手が交差する様は偶然にも太極拳陰陽魚を描いている。



『DECADE』



 宙に浮かぶ9つのエンブレム、宙を縦横に流れ士に重なり実体化するスーツ、

 頭上に浮かぶ実体の無い5枚のマゼンダのカード、全てが回転しながら頭部に刺さってスリットとなり、それがマスクとなる。前面から見ると5本の角を生やしたように見えるそれが、翠の巨大な昆虫の眼のようなそれが、全身マゼンダのスーツのそれが、胸にたすきのように白地に黒のゼブララインが入ったそれが、



「どうして、」



 夏海が夢で見たそれが士の変身した姿、『仮面ライダーディケイド』。



 破裂する壁、



 ウゥ



 ワームもオーロラの壁の炸裂に巻き込まれる、



「士クンが、ディケイド。」

 
 
(続く)

0 見初められた女 -旅立ち- その4

 時はやや戻る。


 士が公園で3人組に絡まれながらも、2眼のフレームを通した風景。

 士は一瞬訝しんだ。

 2眼のファインダーが捉えたモノ、それはオーロラのカーテン、あるいは壁。それとその先に佇む人影。



「ディケイド。」



 人影の青年は、士をそう呼んだ。



「今日、この世界が終わります。」



 人影はそれだけ言って消えた。士がファインダーから目を離して同じ風景を見ても、壁も人影も既に無かった。







「おのれ、ディケイド。」



 その同じオーロラの壁を、ある男が、士から遠く離れた場所より手を動かし自在に流す。

 縒れたグレーのトレンチコート、全縁のこれまた縒れた帽子を顔を隠すように深く被る、度がキツそうな黒縁メガネ、脂ぎってるが逞しいわけではない顔、無精ヒゲ、ややキツい体臭。その男の名を鳴滝と知る者はかなりいない。下の名前になると本人すら覚えているかどうか怪しい。



「悪魔め。この世界もおまえのせいで終わりだ。」



 その男が御する巨大なオーロラの壁が、その街の象徴であった市庁ビルを透過するだけで消し去った。







 ファインダーから覗く夏海を眺めてしばらくシャッターを切るのを躊躇う士。



「きゃ」



 風がなびいた。夏海の清潔な黒髪も横方向になびいた。頭を抑える夏海は声を上げた。



「ぁん」



 士は振り返って絶句した。

 風、いやあのゆらぐ壁が前方のドーム館を透過しながら消し去る。その代わり現れるのは数えきれぬ程の「イッタンモメン」。



「あん!」



 この世界にあってはならない存在の出現に声も出ない士。

 だがうかうかしてる場合ではない、立ち竦む士と夏海の間をその内の1匹が降下し、痰を連射。左右に散って避けた2人はしかしその攻撃に怯える事はなかった。なぜなら仕掛けたイッタンモメンはあのオーロラの壁が飲み込んで左右に割ったのだから。

 2人の間を壁が割って入ってしまった。



「士クン、聞こえないんですか!」



「夏みかん!おい!」



 オーロラの壁は2人の世界を分かち停止。夏海の世界はそのまま、士の世界は夜の、全く別の場所となる。そのうち士には夏海そのものが消えていなくなり、壁も消える。夜の世界では月が奇妙に赤かった。



「ディケイド、今日がその日です。」



 見えなくなった壁になお拳を叩きつけようと空回りする士、その背後より声をかける男がいた。



「おまえは誰だ!」



 士は振り返って影の男に問いかける。



「フフ・・・」



 影の男はただ黙って夜空に輝く赤い月を指差す。



「なに!」



 月が突如消え、その暗い背景から青く輝く別の星が湧いて出る。現れて9つに分裂し、リングを形成する。向かってくる。あの青がこの大地と同じ地球の青ならば、間違いなくこの星そのものと同質量の衝突、崩壊してしまう。



 頭を手で庇う、



 加速しながら落下する星が士の視界いっぱいに拡がる。思わず顔を覆う士。ぶつかったと思った。しかしまだ生きている。恐る恐る目を開くとどちらの地球の物体も透過して重なっているだけ。士の肉体に辛うじてあちらの世界のビルの錆びたテレビアンテナが接触しているだけ。



「言っときますが私のせいじゃないですよ。」



「アブねえだろ!」



 咄嗟に影の男の仕業と思う士。しかしその推測は前もって男に否定されていた。



「バックルとカードはどこです?」



 先に話を進める男。上手をとられるというもっとも嫌う流れになってきた士は、



「クレジットは作らない主義だ!」



 と言う。もちろん本気で銀行カードの話をしている訳ではない。審査も通る訳はないだろう。

 しかしそれを一向無視されるもっとも空しいシチュエーションとなる。



「世界を救う為に、貴方の力が必要です。」



 影の男はそれだけ言い残して腕を振る。あの‘鳴滝’と同じく、腕の動きにオーロラの壁が呼応し、士を幾枚も透過していく。同時に士の眼前で昼と夜、海と山、街と廃墟など様々な世界が一瞬で変転していく。士はただ呆然と眺めているしかなかった。





(続く)

0 見初められた女 -旅立ち- その3

 門矢士。


 身元不明。年齢不明。フラっと街に現れて、そのまま私のところに居着いたあの男。

 未だにどこから来たのかも、何をしたいのかも、何も話さない。ナニも無いのかも。



「本当に迷惑な奴」



 何故私のお爺ちゃん、光栄次郎は彼を雇ったのだろう。これ以上無い程に迷惑をこうむってるのに、笑って済ませるだけ。

 確かに、背は高い、顔も確かにいい、でも性格マジ最悪。

 あの横顔に漂う虚しさに釣られて私がお爺ちゃんに会わせたし、写真館にいるよう働き掛けたのも私だわよ。ええそうだわ。でもでも、最終的に雇う事決めたのはお爺ちゃんなんだからお爺ちゃんが悪いのよ。



 ・・・・・・



 なんだろう、この音、

 私は深夜にテレビが終わって鳴りっぱなしになるあの音が耳について離れなかった。

 周囲を見回した、

 足下の廃棄ゴミの中の鏡台に、人影がチラと見えた。

 咄嗟に反対側を振り返る。

 誰もいない。

 変な夢といい、なんだか最近私はどこか体の具合がオカシイのかしら。



「こっちオイ向けよ!」



 それよりも公園で怒鳴り声が聞こえる。私は直感が働いて駆け出した。



「又ダメか。」



 やっぱり居た。この気取った声。

 近所の市営公園。

 黒いコートに臙脂のタートルネックのセーター。いつも口元がふて腐れてる。

 門矢士は、今日もあのデタラメな写真を、2眼では珍しい35ミリカメラで撮り続けている。なぜかショッキングピンクにボディを塗りつけた、静かな気持ちと踊る心を撮り分けるカメラ。だが静かな気持ちの顔にダブらせて踊り狂ってる心を撮ってしまうのは、メーカーにも失礼だ。

 愛用のバイクホンダDN-01の改造車にダンボールで「写しんよろしければ」と黒マジックで書いて看板として立てかけ、公園に来る人間を手当たり次第に撮っている。



「おまえの全てを撮ってやると言ってこれかよ!」



「端からまともに撮るつもり無かったのかよこの野郎!」



 案の定絡まれている。

 3人の男女、あきらかに法律の枠から飛び出して生きてるような屈強な体格の男2人と水商売系の1人の女に絡まれる門矢士を見た私は、一瞬士の生命を危ぶんだ。けど、どういうわけか違った。

 ジャンパーに「塩」と縫い付けた男の右を軽くしゃがんで躱す、

 「味噌」というワッペンをつけた兄貴格の男の左も軽く横に流す、兄貴味噌は自分の勢いで地面を一回転した。その身の熟しは格闘技を囓った私も関心する程。



「なんでこんな写真を撮る・・・」



 腕っぷしの程度を知ってか、それでもメンツを立て直す為兄貴味噌は門矢士に問いかける。



「上手く撮れないからな。だからこの世界の全てを写したいと思った。」



 呆然とする兄貴味噌と弟塩とその愛人を全く無視して風景を2眼で撮り続ける門矢士。



「ディケイド・・・・今日はこの世界が終わる番?」



 門矢士はふいに2眼から目を離し、遠い眼差し、これが少し様になって悔しい、眼差しでなにか考え始めた。そして私にはその何も打ち明けてくれないのだ。分かってるのだ。案の定先の弟塩が殴りかかろうとする。



「あの、すいません!」



 私はできるだけ大声で叫んだ。そして怖い人達は意図的に目を合わせないようにして、門矢士だけに向かって叫んだ。



「光家秘伝、笑いのツボ!」



 光家秘伝『笑いのツボ』とは、中国四千年より伝わる一子相伝史上最強の暗殺拳の数ある技の一つ、本来は相手の秘孔を突き苦しまず幸福な気分に浸りながら死に至るという恐るべき必殺拳なのだが、光夏海の改良によって痛覚が軽く持続的に刺激されて全身を内側からくすぐられたような幸福な気分になる必笑の拳へと練り込まれたのだ。ただ突き込みが足りないと言ってはいけないのだ。



 門矢士の前に近接、

 一旦手で翳して相手の視界を奪い、

 軽やかなステップで背後に回り込み、

 首筋の秘孔へ一突き、



「うっ・・・・・あ、ハハハハハ」



 見たか秘伝笑いのツボ、この技を喰らってまともに地面に立ってられる者はいない。門矢士も例外ではない。

 転げ回って兄貴味噌に力無く身をあずけては拒絶され転び、弟塩の脚にすがりつくも蹴り飛ばされ、泥にまみれる門矢士。ざまあぁ。



「てめえ、夏海、また!」



 その無様な姿に呆れた3人組は退散していった。



「本人もこうやって反省してますから!」



 私のフォローは完璧だ。







 公園のベンチ。

 ゼイゼイとまだ呼吸の整わない士は夏海を指差す。



「笑いのツボってこういう意味じゃ、ねえだろ。夏みかん。」



 士はセンスの無いあだ名を夏海につけている。



「これに懲りて反省してください。」夏海は親指を立てて突き出す。もはや脅しである。「なんであんな変な写真ばかり撮るんですか。」



 公園のベンチに並んで座る士と夏海。公園には親子連れや鳩も見られるのどかな風景だ。



「オレは世界を撮りたいだけだ。」



「世界?それがどうしてあんな写真になるんですか?」



「世界がオレに撮られたがってない。勝手に歪んじまう。街も光も、オレから逃げていく。ここもオレの世界じゃない。」



「貴方の世界?」



 なぜ私はこんな男の泣き言を聞いてあげてるんだろう、夏海は思わずにいられなかった。



「オレに写される資格を持った世界ってこった。」



 夏海のニットキャップを小突く士。夏海はそれを強がりと思った。しかし不思議と嫌悪は抱けなかった。嫌悪したのは子供扱いした事だ。



「とにかく!これ以上ウチの写真館に迷惑をかけないでください。建て替えたフィルム代も締めて・・・」



 急に士が立ち上がった。



「ああ、大体分かった。それより、今日はなんだか変な風が吹く。」



 対話が面倒になり切り上げたいのが見え見えだった。しかし夏海はどういう訳かその片言の内容で、意味が通じた。



「士クンも感じてましたか。」



「早く帰った方がいいぞ。」



 対してなぜか夏海に話が通じてる事を不思議に思っていない士がいた。




(続く)

0 見初められた女 -旅立ち- その2

 『光写真館』と看板にある。


 その店番をしている少女の夢は、最近いつもあのマゼンダの逆光を受けたシルエットの者の、その腰に巻いた奇妙なベルトの印象で終わる。



「・・・・なんでいつも泣けるんだろ。」



 ベルトのバックルは、拳大のレンズを中央に据えた超大型の白いデジカメのよう。少女の掌をいっぱいに拡げて指の末節だけ曲げるような掴み方になる大きさ。なぜそんなものだけが印象に残っているのか、どうしていつもそんな夢を見てしまうのか、少女は目をこすりながらぼやけた頭でいつも思うのだ。



「ちょっと!寝てる場合!」



「え」



 店番が暇でうたたねしてしまった少女の肩を揺り動かすのは、つい先程写真館の客として来た女性。確か岬祐月という名前だったと少女は記憶している。



「この写真は何!」



 写真館の見習いが現像した写真だった。

 態とではないか、

 そう思う程被写体がブレている。ブレているなどというものではない。星座の軌道を撮りたいのかと思うほどに長い秒数シャッターを開けなければ、1人の人間の顔が左右に透過して2つできるはずがない。だが彼がそんな長撮りしているそぶりは無い。ある意味奇跡の1枚だ。



「ええと、岬さん申し訳・・・」



 と写真を見て慌てふためく少女の耳より、店の玄関先で大声で叫ぶ祖父の声が入ってくる。



「ちょっとぉ待ってください私は!」



 と共にどうやら複数の客の声も。



「とにかく謝りなさいよ!」



「酷すぎるじゃないですか!」



「金返せよ!」



 転びそうになりながら玄関を出てみると、やはり光写真館長にして、自分の祖父が3人の男女に囲まれて一方的に罵声を浴びていた。祖父は店で現像した写真であるにも関わらずもはや責任逃避の言句で躱そうとしている。



「ぅ待ってください!」



 祖父と客達の間に強引に割って入る少女。



「・・・この、写真、ひょっとして、‘士クン’が撮ったものですか?」



 ‘士’がこの写真館で最近雇われた新人店員の名前だった。



「そうそう、」3人の中に合流した客の岬はどうやらその名を知って覚えていた。「写真撮りましょうか、なんて声かけてくるから、モデルやってあげたわけ、」



 岬女史は執拗な上から目線だ。



「世界で1枚だけの写真って言ってさ。」岬の隣の、少女の記憶では確か間宮という女性だった。



「態々受け取りに来てやったのに、これ!」



 やはり上からな態度の岬は先のブレて被写体の実態がわからないほどの写真を、少女と祖父に叩きつけた。

 続いて他3人の客が次々と写真を突き出す。

 逆光で輪郭しか見えない間宮氏、

 なぜかビルが透けて見える立川氏、

 顔の下半分しか写ってない日下部氏、



「ヒドい。これはヒド過ぎます。」



 と感情の行き場を‘士’に向けて固定する少女。



「まあまあまあ、これはこれで芸術的じゃないですか。」



 などと何かを既に通り超してしまった祖父は笑顔を客に振る舞う。



「私の顔ってこんな・・・」



 とそんな祖父の態度が逆に効果して泣き出す間宮氏を尻目に、少女は、客に背を向けてジタンダを踏んだ。



「今日という今日は。」



 とオレンジのやや大きめのニット帽を被った少女は、店から出ようとする。

 慌ててその少女を制止する祖父であった。



「夏海、どこ行くんだ?」



 光写真館の夏海、つまり光夏海は、その魅惑の眼光を祖父に向けた。



「士クンに文句言ってくる。どうせいつもの場所でしょ。」



 呼び止める祖父の制止も聞かず、派手なイエローのスパッツにホットパンツのいでたちで夏海は飛び出していった。



(続く)

0 見初められた女 -旅立ち-  その1

 印象的な眼光の少女だった。
泥で汚れた頬と唇の柔らかさは、見ているだけで十二分に伝わってくる。
黒く長くまっすぐ伸びた髪の艶は、荒野の砂塵に塗れても褪せる事がない。
ウェディングドレスに隠れた四肢は、いっそ折ってしまいたい程に細い。
人間味から隔絶した人形のような、だからこそ魅了されないでは済まない少女が、戦場のド真ん中に立っていた。

爆破する大地、
爆破する車両、
入り乱れ吹き飛ばされる数十の人影、

しかし、炎に焼かれ、爆煙に数十メートル吹き飛ばされながら、全ての者達が立ち上がってなお、ある一つの光目指して駆け抜けていく。

抉れる荒野、
粉砕する崖、
圧倒量の砂塵に日の光が隠れる、

この生身の人間ならばとっくに激死している状況を駆け抜けるタフな奴等。昆虫の複眼のように巨大な両眼、金属の光沢を帯びたフルヘルメット、いやあえてマスク(仮面)と呼ぼう、に同じ光沢のスーツを纏った無敵の存在。「ライダー」と呼ばれる者達。
無敵な奴等が集まって、少女を光から守ろうと爆走し爆撃し爆蹴する。

二輪に跨る者、
宙を舞う者、
駆ける者、
巨大な龍の頭に乗る者すらいる。

だがそれら全てが光の前に達した直後、一条のビームを喰らい、

撃破され、
撃沈され、
撃墜される。

見渡す限り満ちていたライダー達が、瞬時の内になぎ倒され、代わりに荒野には見渡す限りライダーの死体が折り重なり、あたかも沼か海のようにうねりのある大地が広がる。

いやぁぁぁぁぁぁ

荒野に立つのは少女1人、
その圧倒的な命の喪失に絶叫した。

「オレと共に行こう。」

少女の眼前にマゼンダの光、
光が逆光となってその者のシルエットだけが見える、
少女を誘うシルエット、
少女は、なぜかその恐るべき虐殺者の姿に、凛々しさを感じた。

「ディケイド」

少女は、その者を知っていた。



(続く)