2013年1月3日木曜日

6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その9





 記憶が無いと言われました、
 私の周りからみんないなくなりました、
 絆が全て無くなりました、
 そうか、士クンは絆をずっと求めて旅をしていたんですね、
 笑ってしまう、士クンをずっと見てきて、士クンとずっといっしょにいて、でも私はずっと士クンを上から哀れんでて、同じだったのに、
 そんな傲慢な女、捨てられて当然だよね、 名前も偽名と言われました、
 仲間も全て偽物でした、
 せめてユウスケだけでも取り返そうと、ディエンドから銃を奪った私は、必死でカードを繰ってユウスケを探しました、少しだけ希望を持って、
 でも無かった、何度も何度も繰って、2枚かもしれないから傷つける程擦って、でも1枚で、結局無かった。
 私、なんで神様にこんなにイジメられなきゃいけないの?なんでこんな目に逢わなきゃいけないの?
 そんなに私のひとりぼっちが、この世の中のみんな嬉しいの?

「そこのかわい子ちゃん、ドライバーを渡しな。」

『光栄次郎は、用心深いね。なんの痕跡も残していない。カメラにもタペストリーにも次元移動の秘密はない。門谷士の能力であるにしても、その引き金となる行為を光栄次郎は担っていたはず。どうやっていたんだ?』

 今私達は見慣れた写真館のリビングにいた。
 この2人、今1人の・・・・ええい、なんで私がそんな事気に掛けて煩わされなきゃいけないのかしら、もうなにもかも理不尽だわ!

「ああ・・・・、気分替えようか。」

 あの緑と黒の、ディケイドより絶対へんてこなライダーの変身を解いて、あの帽子カッコツケル君が現れた。途端彼のダサデカい携帯が鳴った。

「フィッリプ、まあ落ち着けや、分かってるさ。別の世界にいるのは、オレなんだ。」

 私がディエンドの銃を渡そうというタイミングでカッコツケル君はクルリと後ろを向いてキッチンに入っていった。なんてタイミングの悪い、この私の差し出した手をどうしてくれるんだコイツ。絶対コイツ女にモテねえ。
 しょうがないからリビングの丸テーブルに銃を置いた私は、コーヒーやらカップやら場所が分からずパニックってるカッコツケルくんを鎮めにいく事にした、しようとした、でも出来なかった。

「音撃殴っ一撃怒涛!!」

 突然写真館全体が立てないくらい揺れ出した。私も揺れた、背骨にくる震動に、私はついにこの世界で一生を終わると、あっさり思った。

「うぉぁぁ、目がぁ!入ったぁぁ!」

 キッチンでコーヒー豆かぶって転げ回るカッコツケル君、

「音撃殴!音撃殴!!」

 士クンならこんな無様な事はしない。揺れた瞬間すぐに私の元へ駆け寄って、抱きしめて、私を守ってくれる、はず。

「その銃だ、銃を寄越せ!」

 カッコツケル君が私に何か叫んでいる。私はテーブルに振り返って銃を取ろうと手を伸ばす、

「音撃殴っっ!!」

 でも銃は向こう側へ転げ落ちた、私は立っていれなかったし屈んでテーブルの下へ手を回した。

「イタ」

 テーブルがその時倒れて私は思いきり頭を打つ、
 花瓶が割れる音がした、
 壁にも皴が入っていく、

「音撃殴っっ、音撃殴っっっ、音撃殴ぁぁぁ!」

 相変わらず骨が響く震動に、私は割れそうになる、頭に変な音も響いてくる、
 銃はフローリングを跳ねてどんどん私の手から遠のいていく、

「光夏海、もう銃はいい、オレが出て、」

 カッコツケルが何を叫んでいるか私に聞き取れなかった、
 私は壁に突き当たった銃まで這って、手に取ろうとした、でもその間カメラが倒れ込んできた、レンズの破片が私の顔に飛んできた、思わず目を塞いだ、銃は重いカメラの下敷きになった。

「士くん!」

 訳も分からず叫んだ私の背後に、留め金の外れた緞帳が降りる鈍い音がした、
 振り返って私は見た、
 タペストリーに描かれていたのは、中折れ帽を被った背の高い男性の背中と、その人が眺めるオランダ風車のような塔が立つ夜のビル街の風景、

「風の街・・・・・?」

 そのタペストリーが突然光り出した、
 それは私が何度も体験した、別の世界へ飛んだ合図だった。




6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その8





 ディエンドに並ぶライダーは、失神した夏海を抱えたカリス、そして新たに召喚した『凍鬼』だった。凍鬼は金棒を肩で担いでいる。夏海を下ろしたカリス、自らの得物『カリスアロー』にカードをスラッシュする。

『ライフ』

 見る間に夏海の柔らかな頬から擦り傷が消え、汗が引き、乱れた息が整って、苦痛に歪んだ眉間の皺が弛んでいく。一度寝返りを打った夏海はその反動で意識が覚醒し、柔らかな両目蓋が開いて日差しに目が慣れるまで瞬きを繰り返す。

「あらかじめ言っておくが、ボクも今からやる事はらしくないと思っている。」

「ここは、どこ?」

 粘り付いた上唇と下唇を引き離すとプルンと揺れる。夏海はそこがようやくその世界の写真館だと理解した。

「早く出てこないと、夏メロンの命は無い。そして、キミも永久に写真館から出られなくなるよ。」

「音撃殴、一撃怒涛!」

 凍鬼が無空に出現した幻影の銅鑼を叩くと、音の暴圧が発生、大気を拡がって写真館の崩れかけた扉を震えさせる。窓ガラスが割れ、枠が崩れ、辛うじて立っていた1枚の壁が横揺れして、反動で扉がごく僅かに開く。

「さあ、早くダブルドライバーをこっちに投げな。」

 だが投げられる気配はない。その代わり声がした。

「いいか。泥棒はな、探偵に弱いって相場が決まってるんだぜ。」

『ルナ トリガぁ!』

 ドアの僅かな隙間、一旦上方へ撃ち上げられた数本の閃光が屈曲してカリスと凍鬼に幾角度から突入、カリスはアローを振り回し全弾弾き返すが、威力に圧し負け後退り。凍鬼は目元に直撃を食らって倒れ様、放り上げる形になった自らの金棒を首に打ち付けノックダウン。

『トリガーぁ!マキシマムドライブっ!』

「『トリガー、フルバーストっっ』」

 10数本の光がさらに扉の後ろから発射、歪曲して怯むカリス一点に集約、直撃したカリスは大爆発を起こす。

「調子に乗らない方がいい、どうやったって、このボクにはどのライダーも適わない。」

 爆風を背に受け微動だにしないディエンドは、堪える夏海の頭にディエンドライバーを密着させた。

『ディエンドの検索は既に完了している。彼はカードの限りライダーを召喚できる。やろうと思えば、ボク等の体力が尽きるまで。』

 その段階で扉の影、写真館から姿を晒す仮面ライダーW、右半分はまばゆい金で彩られ、左半分は鮮やかなブルーで彩られている、ルナトリガーの右目がしきりに明滅しながら聞いてもいない解説を始める。

「その通り、仮面ライダーWの右の方はさすがにボクをよく分かっている。」

 既にディエンドは3枚のカードをドライバーに装填。銃口を高く掲げた。

『KAMEN RIDE IXA IXA IXA』

 ディエンド、それぞれ3体の同じ『イクサ』を召喚、内1体はフェイスをオープンして高熱を発し、さらにもう一体は、ライジング、の電子音と共に装甲を除装し蒼きイクサとなる。

『検索は既に完了している。ディエンドはどうやってもそのカード召喚に隙が生じる。今だ、翔太郎、』

「おうよ相棒!」

『ルナ ジョーカーぁ!』

 バックルのメモリを素早く切り替え左半身を黒く染めたW、その金の足を振り上げると関節が抜けてゴムになったかのように足先が伸び、遠く離れたディエンドの手からドライバーを蹴り弾き、足が返って今度は金の腕が夏海まで伸び回り込んで、宙に浮かぶディエンドライバーごと夏海を抱えてWの元まで引っ張り込んだ。

「その命」

「神に」

「帰しなさい」

 内2人は女性の声だ。

「お嬢ちゃんは返してもらったぜ。駆け引きは大体探偵の方が勝つんだぜ。」

 既に夏海を脇に抱えて左の人差し指と親指を二度ほど擦った。

「一人で、立てます、」

「大丈夫か?」

 夏海が藻掻いたのに、やや驚くW。最後の見た時の状況からは考えられない回復ぶりだった。思わず手を離し、足の下から頭のてっぺんまでマジマジと眺めるW。

「二人をこの世界から逃す訳にいかない。写真館に絶対入れるな!」

 手ブラのディエンドから指図された3体のイクサがWに近接、もっとも身の軽いライジングが短銃『イクサライザー』をバーストで放ちながら先頭を走る。

『イクサの検索は完了した。彼らはヒートと相性がいい。』

 夏海を壁の方へ突き飛ばしつつ、3メートルほど伸ばした金の手をムチのように撓らせ、ライザーの光弾を防ぐW。
 ライジングイクサは銃を反対の手に持ち替え、空いた拳に体重をかけた。銃撃が止んだ。

『ヒート ジョーカーっ!』

 交差する拳と拳、右半身を赤に染めたWの右拳は赤よりも紅い炎を纏った、

「おらぁ」

 推し勝つWの拳、ライジングイクサの顔面に炎がいつまでも纏わりつき、その蒼きボディから灼熱に染まる。

「顔は止めなさい、顔は止めなさい!」

 立て続けに連打されるWの右拳にもんどり打って後頭部から倒れ、なお身に炎が纏わり続け悶えるイクサライジング。

「うちの人に何を!」

 W直角方向より、閃光のような白き斬撃が振り下ろされる、

「つぇぇ」

 それはバーストモードイクサの『イクサカリバー』の刃。ヒステリー気味な女声を伴って左上から袈裟斬り、

「今は青空の会もロクに顔出さなくなって、私がお店出て食わせてるけど、あれでもちゃんとした亭主なんですからね!」

 さらに返す刀で右斜めから打ち込んでくるイクサに、打たれるままのWは退くしかない。

「お店では、レイナよ!よろしくね!」

「聞いてねえ!」

 ジョーカーの左腕で刀身を辛うじて掴み、大きく弾く、逆の腕にはメモリが握られている、

『ヒート メタルぅ!』

 左半身を金属色に塗り替えるWに、なお振りかぶるイクサ、半身を捻って背を見せるW、『メタルシャフト』が折りたたまれて背負われている、シャフトがカリバーを受け止めた、シャフトを手に取る形でカリバーを弾くW、即座にシャフトが3倍に伸び、半回転させてイクサの腹を打ち、反転させシャフトの逆端、炎の灯った先端で顔面を直撃、

『イクサは機械だ。エネルギーの調整はかなりのデリケートだ。だから過剰に熱を与えるだけで動かなくなる。』

 もんどり打って倒れるバーストモードイクサ。

「どんどん行くぜ」

 追い打ちをかけようと奮い立つWは、メタルシャフトを右へ一回転、左へ一回転し、脇に挟む。

『イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』

 そのW背後からセーフモードイクサが拳を繰り出してくる。

「おっと」

 反応しているW、先端に火のついたシャフトを振りかぶって威嚇する。

「私の魂が、おまえを討つ!」

 直接肩へ受け止めるイクサ、あまりの破壊力に片膝が折れる、だがシャフトを掴んだ、そう敢えて受け止めた、反対の拳には『イクサナックル』、ゼロ距離からの電磁砲がW右脇に入る、

「ぐぉ」

 Wの足が宙を浮いて重心を失い、気づかない内に天地が逆転、それでもシャフトを地に差し両足揃えて着地するWだった。

『今はまだ連携が取れてない、早い段階で討たないと厄介だぞ翔太郎。』

「強え、いい女。勝負だっ」

 W、バックルからメモリを一本だけ抜き、シャフト側に差し、シャフトを水平に構える、

『メタルぅ マキシマムドライブ』

「『メタルブランディングっっ』」

 シャフト両端から噴流が吹き、頭上へ掲げ回転させると炎の輪となって前方へ拡散、立ち上がりそれぞれのフエッスルを手にしていた3体のイクサは半歩遅い、炎に巻かれ一斉に消失した。

「強かったぜ、いい女、顔は分かんなかったけどな。」

 硝煙上がる大地には3人煙に巻かれた人影が見える。が、顔を見る前にカーテンに隠れてしまった。残ったのはWの足元に転がった、イクサの1人が落としたろうイクサナックルのみ。

「渡したまえ、それは今はボクのモノだ」

「イヤです」

 一方、その傍近く、遠く壁のドアに後ろ歩きでジリジリと下がる夏海、その両腕にディエンドライバーが抱えられていた。

「そうか」

 夏海の眼前には手を伸ばして迫るディエンドが。

『ジョーカーぁ マキシマムドライブ』

 そのディエンドに横殴りの突風が吹く、思わず振り返って見上げるディエンド、

「『ジョーカーエクストリーム!』」

 両足を揃えて蹴りの態勢、Wの左側が縦半分に割れ、前方にやや突出、右側とズレる奇っ怪なスタイルで降下してくる、
 ディエンド直撃、から透過、素通りしたWは地面を抉って夏海の黒髪を大きく乱しただけだった。

「ディエンドに残った力でもこのくらいはできる。また会おう、夏メロン。」

 ディエンドの立つ地は、夏海達の至近にありながら全く違う別の世界、次元のカーテンは既にディエンドを覆って、Wからは揺らいだ幻想のように見えた。

「メロンじゃないですみかんです、みかんでもないです!」

 既にディエンドのスーツが蒸発するように着脱し、嫌味な程屈託のない笑顔を夏海に向け、海東大樹は空間に溶けていった。残ったのは、ディエンドの腰に巻かれていたカードケース。地に落ち、僅かに埃を立てた。

『探偵と泥棒の化かし合い、どちらが果たして化かされたのか。さあ、光夏海くん、ぼやぼやしていないで写真館へ行こう。』

 Wの右目の明滅が夏海を照らした。

「待てフィリップ、あのキバーラって変なのは、写真館を調べても無駄と言ってたぜ。」

『ディエンドライバーをこちらが手に入れたのは、まことに幸運だったよ翔太郎。』

「そうか、さっきの芸当、だよな。だとさ、お嬢さん。」

 Wの左眼が夏海に向かって明滅し、黒い人差し指と親指が忙しなく動いた。

「アナタ、キモチ悪いです」

 そんなWを端で眺めて首の2眼を弄ぶ夏海は、顔をしかめるしかなかった。





6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その7





 そこには、ただ一組ショボくれた帽子と埃のかぶった眼鏡が落ちているだけだっだ。既に荒廃した大地には、先程までいた何人かの者がいなくなり、タイヤの跡だけが風に吹かれてもなおその型を留めていた。
 風では無い揺れが、砂塵をごく僅かに騒がせた。落ちた帽子の横に踏みしめる靴、片腕が伸びて帽子と眼鏡を拾い、土と埃を祓って着ける者が一人。

「おのれディケイド、何度この私を殺せば気が済むのだ、」

 高笑いを上げる鳴滝、その草臥れたコートもせり上がったデビルスマイルも変わらず、ダメージの跡も全く見られなかった。




 翔太郎の視界には見渡す限りの倒壊した家屋の瓦礫が散乱するだけであった。ただ一つ、眼前に立つやや小さめの扉を除いて。上左右の壁が崩れそのピンクの木枠の扉と窓枠だけが填った1枚の壁が強風にもめげず大地からのび立っている。近づいてみると、ドアノブにダンボールで書いただけの『光写真館』の看板がビニール紐で括っている。

「どこでもドアかよ。」

 ドアノブを一旦握って、開ける前に一度右サイドから裏を覗いてみる翔太郎。だが依然風景は瓦礫で満たされていた。にも関わらず、開けた先の風景は、土足で入るのが憚る艶のあるフローリングの床、四辺と天井が頑丈に構築された、かなり手入れの行き届いた屋内だった。モダンな丸机と1対のイス、あの幌掛けされている三脚だけが見えるそれはおそらく写真機だろう。タペストリーに描かれた油彩画は、電波塔を上角に臨む風景画、青空に輝く太陽に電波塔の先端が重なり、さながら太陽を巨大な銛が刺し貫いているようだった。
 だが翔太郎に、室内をじっくりと調べる暇は与えられていなかった。
 天頂から急降下し、放物を描いて急上昇する白い物体、
 動体視力の限界を超えるその動きを追えない翔太郎の鼻先に、見覚えのある球体、

「やべ」

 爆破、扉の木枠が焦げる、
 寸でで頭を仰け反らせる翔太郎の鼻孔を煤焦げた臭いが突く、
 だがそれだけである、翔太郎の顔の皮1枚剥く程度の火力の瞬間発火、身体にダメージが残る程のものではない、身体には。

「気に入りの帽子が!」

 ゾウアザラシ4歳オスの腹の皮製の帽子の縁半分に炎が上がった。慌てて帽子を脱ぎ捨てる翔太郎、革靴でもみ消すと、哀れ帽子の縁は三日月状にしおれ、炭素の臭みを放っている。

「あら、Wの世界のヘボ探偵一人?な~んだ。」

 翔太郎を掠めた白い物体、キバーラが頭上でせせら笑った。それを見た翔太郎、癇に障ったか何度も飛び上がって掴もうとする、それをスイスイ躱して余裕を見せるキバーラ、

「待ちやがれてめえ、鳴滝はもう死んだ、てめえ一人で何しようってんだ、この世界からオレ達を帰しやがれ!」

「そう、帰りたいのね。でもここを調べても無駄よ。ここは栄ちゃんに頼まれてワタシが移動させてたんだもの。」

 屋内天井隅に舞ったキバーラの先に、次元のカーテンが小さく浮かんだ。

「おまえがどっかの世界いっちまえば、俺達はどの道ここでくたばる。おまえの筋書き通りだ、だから最後に聞かせろ!」

「フン、土下座でもしてくれるかしらぁ?」

 相手が追うのを観念したと見たキバーラは振り返り、ジラすつもりで天井隅を周回する。

「光夏海の命を狙ったのは何故だ?」

「あの子はワタシからなにもかも奪うのよ。ユウスケも栄ちゃんも鳴滝も、あの子にだけは特別甘くなる、門矢士もあの子がいなければ、ディケイドになって世界と引き替えにする事も無かった、ワタシもワタシの世界を奪われる事はなかったわ!」

 翔太郎は熱弁するキバーラをじっと睨んでいた。もちろん聞き入っている訳ではない。背の裏に回した右手にはギジメモリ、左手にはバットショット、

『バット』

 カメラからコウモリ型に変形し、キバーラへ突進するバットショット、突如現れた同機動特性のメカに戸惑いながらも逃げ惑うキバーラ。

「てめえみてえなのの口を割らせるには、ノセてみるのが一番なんだよな。」

『スパイダー』

 さらにもう一本ギジメモリを出し、今時大き過ぎる腕時計に装着、腕時計は4対足を伸ばし蜘蛛型の『スパイダーショック』へ変形、その形状から想像できる通り糸を直線で発射、

「なに、ネバっ」

 見事宙を舞うキバーラを絡め取った。

「さあて、ここから本目、オレ達を元の世界へ戻す方法を教えてもらおうか。アン?」

 引っ張り込み、キバーラを掴む翔太郎は途端態度を変える。

「うぐぐ、よく見れば・・・・いい男ねえショタローさぁん、」

 立場の入れ替わったキバーラもまた甘い言葉で隙を伺おうとする。
 そんな翔太郎とキバーラのやりとりはしかし、爆音一つで帳消しになった。

「なんだ!?」

 明らかにドア方向からの指向的な震動、反射的にドアに背をつける翔太郎は、窓から外を覗き見た。

「あれは、さっきの青い泥棒、」

 見れば限り無く拡がる瓦礫の果てに、数名の人影が立っている。その中、シアンの縦ストライプの姿をしたライダーを見て取る事ができた。

「フン、これで見納めかと思ったら、なんだか寂しいわ、ショタローさぁーん、」

「待てこら」

「最後にいい事教えてあげるわ、鳴滝は死んでいないわ、というか死なないのよ彼は。ジャぁね!」

 このドサクサに紛れて糸を噛み切ったキバーラは翔太郎の手から離れ、次元のカーテンに突入した。
 独り取り残された翔太郎は、眉間を人差し指で触れ唇を振るわせる。だが、そんな翔太郎をさらに追い打ちする状況に事態は進展していく。

「いいかい、この光夏海と交換に、キミのダブルドライバー、そのお宝をこっちに頂こう。」

 翔太郎の体を依然、ディエンドの威嚇の震動が伝わってくる。

「探偵対大泥棒、ハードボイルドになってきたぜ。」

 口でハードボイルドと言ってしまう翔太郎だった。




6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その6





 次元のカーテンが4つの影を堤防の上に伸ばし、そして4体の仮面の男を出現させる。

「さあ、舞台の幕を上げよう。」

 既にシアンの縦ストライプが特徴的な姿へ変身しているディエンド、がやや両足を揃え堤防の上から屋根を臨む。今回召喚したライダーは『ギャレン』『バース』『サガ』。
 ディエンドが臨むお婆ちゃんの小屋の庭では、今もアラタが一人雑草取りに追われている。ディエンドはギャレンに顎で指図し、ギャレンはワケの分からない叫びを上げて空中一回転で降下した。

「む!ガタックゼクター!」

「#$%)!59&(ザヨコォォォォ)」

 柔らかな土壌を舞台とした乱闘を尻目に、小屋の玄関口に立つディエンド含む3人のライダーが立つ。

 一人でにドアが開く、

 中から4匹の巨大な虫が飛び出してくる、

「先手を打つか、さすがはカブト」

 それはゼクター、木戸が開くと同時にカブト、ザビー、ドレイクが飛び出しそれぞれライダー3者へ突撃、その背後から杖を突いて出てくるソウジの手には、パーフェクトゼクターが一振り握られている。

「お婆ちゃんが言っていた、油断とは油を切らして明かりを断つと書く。だが太陽の光は絶える事がない。過去に飛んだ時、頼りにできるのは自分の能力と、そこで手に入れたゼクターだけだった。」

 実は油断の語源は灯油切れなどではない。

「悠長な」

 問題はソウジがその間、ディエンドの再三の銃撃を黄金剣でことごとく弾き返している事である。

「一億円!」

 間の悪い事にバースディ装着最中にカブトゼクターに眉間を打たれてよろめいたところ、見えなかったサソードが土中からバース足首を刺す。途端電撃のような痺れがバース全身を襲い、バースディ状態で卒倒。哀れ構造上の性から起き上がる事が不可能になる。ディエンドは無言で透明のカーテンを降ろしバースを撤退させた。

「王の判決を言い渡す」

 一方サガはドレイクの動きに翻弄されたものの、即座に適応して『ジャコーダービュート』を撓らせ叩き落とし、返す刀でソウジにその切っ先を伸ばす。

「おい歯磨き粉、あの女に何の用があるのかは問わん。だが、あの子を今動かせば、門谷士を本気で怒らせる事になるぞ。それが怖くないのか?」

 サガの伸ばしたロッド先端をパーフェクトゼクターで巻き付けるソウジ。

「ボクはキミと同じで、小馬鹿にされるのが非常に気にくわない。でもキミは分かっていない。キミ程度の者はボクはいくらでも見てきた。あっちの彼にも、キミにも、ちゃんと相応しい相手を用意してある。」

 ザビーゼクターに攪乱されながらもなお銃撃を繰り出すディエンド、カブトゼクターがソウジに周回して逐一弾き返す。

「甘く見たな。ライダーになれずとも、女一人くらいは守れる、」

 ソウジが依然ビュートの巻き付いたパーフェクトゼクターをディエンドに向かって投擲、

「それは、どウッ」

 頭を振って回避するディエンドにしかし、パーフェクトゼクターは周回してビュートを首に巻き付けてくる、
 慌ててビュートを離し武装を失ったサガに、カブトゼクターが体当たり、弾き飛ばした。

「太陽は絶えずどんな時も東から昇り西に沈む。誰もそれを止める事はできない。」

 バースを失い、サガも卒倒し、手札が無いかのように見えるディンドもまた首元を抑え呻く。

「だが、キミはいつもそうだが、肝心なところで間違えている。太陽は天にあって、決して地上にあるものではない。ボクの手駒は無限さ。」

 その時である、ソウジが背後に殺意を感じたのは。鎌のような2本の角、漆黒のボディ、その角を刈って三日月に繋げたような得物、『カリス』に既に至近後背の間合いに詰められていたソウジ、カブトとザビーゼクターが突進、得物の『カリスアロー』をひと薙ぎするだけで叩き落とすカリスは、返す刀でソウジを横一閃、最初に気づいた時点でカリスが一手速かった。

 ぐぉぉぉ、

 一閃されただけで地に倒れ、土に塗れて悶え苦しむソウジ、その肉体からは緑の光がいつまでも残留し消えない。

「キミと同等の熟達した力量と疾さを備えたカリスは、井の中の大将のキミにはもっとも相性の悪い一人だ。その痛みは今日1日キミを苛むだろう。ボクをバカにした罰だ。地獄の苦しみを味わいたまえ。」

 既に『ゼロノスベガフォーム』が、体じゅう包帯を巻き付けた光夏海を肩に抱え、小屋からやや屈んで出てきていた。光夏海の首には、お婆ちゃんがあのショッキングピンクの2眼を吊り下げてくれていた。

「待て……」

 悶えながらも手を伸ばすソウジを、失神する事も許されぬ激痛が、いつまでもその身体を苛んだ。

「オレは、オレにしかなれない!」

「%$)K9!(ザヨコォォォォォ)」

 カリス、ゼロノスを引き連れるディエンドは、激闘の末ついには両者とも得物を捨てて素手で殴り合い、果ては頭突きの応酬を繰り返す鍬形虫を模したボロボロの2人のライダーを横目で見た。

「一生やってな。」

 ギャレンを置き去りにして次元のカーテンを潜るディエンド等だっだ。




6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その5





 金属の焼ける臭いには既に自覚すら無い深海マジュであった。もはやハード的な問題は全処理を完了し、最終デバッグをかけてチップが完成する。黒縁の度のキツいメガネに『G4SYSTEM』というディスプレイのロゴが反射される。ピン二つで止めた黒髪を下ろすと、腰のあたりまで毛先がくる、首の細い女だった。
 窓のカーテンが踊り、夜風が腰掛ける白衣までも揺らす。マジュはその時微香を感じた。あまりにも爽やか過ぎて毛穴に刺すような刺激を与える程の香りだった。

「本当にいつも窓から来るのね。大樹。完成したわ。『G4チップ』、これで私のESPシステムと併せれば究極の超人が誕生する。」

 メガネを外したマジュの漆黒の瞳は爛々とした。その内側にどれほどの漆黒が溢れているのだろうか。そんなマジュの瞳をディスプレイの反射越しに見つめる海東は、キャップ帽子を既に逆向けにし、マジュの細い首元に腕を回してもたれ掛かるように抱きしめる。

「君のおかげで破損したG4チップを修復できた。本当に感謝している。」

「貴方が、あの八代淘子からこれを持ってきてくれたのは、私にとって幸運だったわ。」海東の掌に自らの手を重ねるマジュ。「私貴方のおかげで大変な栄誉を手に入れる事ができる、いえ、貴方のおがげで高慢で粘着質な自分から変われそうな気がする。今までの自分は、なにかがすり減っていた。」

 そんなマジュの顔を黙って見つめ、下顎に手を添えてこちらへ向かせる海東。それが二人の合図であり、マジュはいつも通りその野心的な眼差しを閉じ待った。海東の手は顎から両肩に添えられ、そろそろ口元の臭いがしてくる頃合い。しかし今回は違った。

「お宝は確かに頂いた。」

 既に窓際に立ち、SDアダプタからチップを抜き取る海東大樹。徐に帽子の前後を正した。

「大樹!貴方の為にこんなにまでした私を裏切るつもり!」

 海東は嫌味な程の爽やかな笑顔を向ける。笑顔は、カーテンの揺れに見え隠れする。

「僕は泥棒がサガなのさ。人から盗む。君の心を盗んでお宝を得た。ただそれだけの事。僕は高慢な女は嫌いじゃない、粘着な女も面倒見てあげたくなる、だが高慢で粘着なのは、ヘドが出る。」

 せめてそう言う事にした海東、颯爽窓を飛び越えた。立ち上がってマジュが窓から身を乗り出した時、既にどこにも姿は見えなかった。マジュは倒れ込み、ただ呆然とした。マジュの漆黒の瞳に、ディスプレイ上に表示された『第4世代型対未確認生命体強化外骨格及び強化外筋システム』の完成図面が映っていた。


6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その4





「な~つみちゃん」

 高度50メートル程の高さでは、どんなに広げても体と同じ幅しかない翼を羽ばたかせる掌サイズのキバーラの姿を見る事ができない。
 キバーラから見て、米粒のような人の頭が一つディケイダーへ近寄っていく。あれは『Wの世界』から連れてきたマヌケだとキバーラの眼には認識できた。あの夏海の頭も見える。その傍にいるのは、確かこの世界のライダーの一人。何か言われたのだろう、夏海がマヌケの元へ駆け寄っていく。

「アンタ、どこの世界の誰かは知らないけど、士も、ユウスケも、キバットも、鳴滝も、私の気にいったモノはぜ~んぶアンタが横からしゃしゃり出て奪っていく。」

 キバーラがその下顎の牙の隙間から泡を一つ膨らませる。泡はキバーラと同じ程度の、人の拳ほどの大きさになり、フワフワを浮かんぶ、キバーラが泡に一息甘く吹きかけると、ゆっくり、ゆっくりと軽く渦を巻く軌道で降下する、当たれば人一人焼死させる程のエネルギーを乗せて。キバーラはしかし滅多にこの力を使わない。というよりあまり使えない。動物どころか人間の反射神経でもあっさり躱せてしまう程致命的に弾速が無い。だがそれは動いているものに限った話である。静止した物体なら風を読んで命中させる事も可能だ。あのディケイダーという今や静止する火薬庫でしかないあれに向けて、夏海が近づいてくる瞬間を狙って泡を吹けば、一瞬で憎い女をあの世に送る事ができる。たとえ命を奪えなくとも、次元の壁を越える手段を失ったあの女をここに封じ込め、結果的に亡き者にする事ができる。この瞬間をずっと、ずっとキバーラは待っていた。




「ひさしぶりに探偵らしい事でもすっか」

 翔太郎はまずディケイダーの臭いが気になった。厳密に言うと、オイルの臭みすら無い事が気になった。およそ機械である限り、そんなことはあり得ない。翔太郎はこれが見た目よりはるかに高度な技術によって構成されている事を思わずにはいられなかった。となると、彼の相棒がこれを見た時、自分よりはるかに何かを得る事だろう。たとえそれが蜘蛛の糸のような可能性であっても、それを掴まなければ前に進めない。

「フィリップの奴、こいつの計器を見ろって言ってたが、どこにでもあるメーターばかりだぞ。映像撮るしかねえか。」

 バットショットを両手で窮屈に構える。翔太郎にとってバットショットは小型過ぎるようで、10本の指の収まりが悪く、ヘタをするとレンズに被ってしまいそうだ。

「それが、士クンが乗っていたバイクです。あの、電話の彼が言ってました、それで次元を越えてライダー達を集めれば、士クンは私を無視できなくなるって。でも士クンにここで置き去りにされた私に、ライダー達は言う事聞くわけないと思うんです。」

 翔太郎は敢えて夏海という少女の顔を見てやらなかった。

「フィリップは、アンタがあの爺さんや門谷士がここまで連れ添った事に意味があると考えてる。ここに置いて別れた事も、殺さなかった事も含めてな。それが脱出する方法に繋がるかどうかより、繋がっていると見てアンタに頼るしかねえ。唯一の可能性という奴だ、このオレが風都に帰れるな。オレはフィリップとはちょっと見立てが違う。オレはあの門谷士って奴が、この滅んでいく世界にアンタを置いていくはずはない、そう思ってる。それに、」

 翔太郎、ディケイダーのスイッチを入れる、高い周波の回転音がディケイダーから轟く、ハンドルのアクセルを捻るとさらにエグゾーストから轟音と振動が唸る。

「アイツが、本当にアンタをここで見殺しにするつもりだったら、使えるようにしとくヘマはしねえだろ。」

 夏海は執拗に瞬きを繰り返した。
 ディケイダーを立てかけ、しゃしんよろしければ、の紙看板を立て、ああして写真を一生懸命撮っていた、あの背中がフラッシュバックする。だがすぐその幻影は消えて、中折れ帽を被った頼りない青年の姿に変わる。

「私はもう、士クンを信じられない、」

 夏海は思わず顔を両掌で塞いだ。

「いいか」翔太郎はその時振り返った。「アンタはあの門谷士をどんな事があっても信じ続けろ、たとえオレや相棒、他のライダーが全てあの男を疑ったとしても、アンタだけは最後の最後まで奴を信じていろ。」

 翔太郎は、帽子で動揺する自分の目を隠しディケイダーを撮り続けた。夏海はそんな翔太郎を怪訝に眺めた。

「アナタ、ダメです…………士クンはまだ様になってるだけマシでした。」

 翔太郎の下顎が泳ぎながら振り返る。

「おま、おまえ…………ダメは、ないだろ!」

「やっぱりアナタは、士クンにおよばないです、ダメダメです、」

 夏海の眼に、軽薄な探偵の姿が滑稽に映る。士とは違うキャラクターのその男は、どこまでも頼りなさげだが、少なくとも和ませてはくれた。
 そして彼女の視界にそれが入ってくる。その癇癪ではしゃぐ滑稽な男の背後から、忍び寄るようにふわふわと宙を漂うそのしゃぼんのような小さな玉を。なぜだろう、夏海の知覚できないフラッシュバックが、その泡に危機感を覚えさせた。

「あぶない」

 咄嗟に駆け寄った、駆け寄って自分より頭一つ高い男に体重をかけて押し倒す、押し倒す男の怒声や舌に入った砂の感触はしかし、その一瞬でどうでもよくなる、
 音で体が壊れそうになった、
 熱は一瞬だけ感じて後は麻痺した、
 なにかが頭に当たった、
 だがそれら全て、夏海が再び目を覚ました後、脳が記憶をかき消す事になる、

「なにが起こった、耳が、おい、光夏海!頭から血が止まんねえ、しっかりしろ!光夏海!」

 キバーラが放った泡は火種となってマシンディケイダーを爆破した。爆破は十メートル四方に爆炎を上げたが、それは一瞬、引火物が無い荒野であった事も幸いし、もっとも至近にあった光夏海と左翔太郎は火に巻かれる事もなく、煙を吸う事もなかった。ただ破片と衝撃をまともに食らい、翔太郎は左の鼓膜が破れ、全身に擦り傷、背中に胃の内容物が出そうになりそうな打ち身を受けた。だが光夏海に比べると動けない程ではない。光夏海の左腕は見た目ではっきり分かる程に骨折し、なによりそのロングの髪の毛がベトつく程の出血が頭からあふれ出ていた。



 

6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その3





「無様だな。」

 翔太郎は、いつまでも片足を伸ばして地にヘタり込むソウジの顔を覗き込んだ。

「お婆ちゃんが言っていた。自分が決断し、取り返しのつかないような事をしでかしたとしても、それは決して不幸でもなければ、後悔する事でもない。なぜなら、」

「自分が、決断したからだ。」

 お株を奪われソウジははじめてその中折れ帽の若造の顔をまともに視た。

「何者だ?」

「あらゆる事件をハードボイルドに解決する、」帽子の縁をなぞった指でピストルを作ってマズルジャンプを模す、「探偵さ。」

 いぶかしんで足先から頭のてっぺんまで眺めるソウジ。

「おまえ、自分の口でハードボイルドといって恥ずかしくないのか?」

「この世界で、おまえにだけは言われたくネエ!」

 ライダー同士の距離感は、親近感よりも同族嫌悪のそれらしい。

「言っておくがオレはおまえのような半人前に用は無い。」

「こっちが聞きてぇ事あんだ、おまえのベルト、空間を縫って動けるって相棒から聞いたぜ。」

「だから、用は無い。」

「聞いてんのかよ!」

「別の世界へ行くようにオレも試みた。だが無理だった。だからおまえに、用は無い。これで3度めだ。」

 翔太郎は自分の世界の相棒を彷彿するこの男に、ストレスが溜まってきた。が、相棒に近いが故に慣れてもいる。

「お見通しってわけかい、どれ、おまえん家まで肩貸してやるぜ。」

「もうこれ以上は言わん。用は、無い。」

「強がるや・・・・・」

 翔太郎は言いながらソウジの指差す方向に上がる土煙を二度見した。

「このままでいれば、いずれお婆ちゃんが迎えをよこす。それは分かっていた。」

 地平線の彼方から煙の尾を引いて向かってくる、荷台を引いたそれは青いオフロードバイク、その名をガッタクエクステンダーという事を翔太郎は知らない。

「無様だな。幼なじみとして恥ずかしいぞ。」

 ビンテージメットで立ち尽くし、ゴーグルを外した晒した顔は、ソウジと幼なじみとアラタ。

「アラタ、その台詞は、さっきそいつから聞いた。相変わらず間が悪いやつだ。」

 翔太郎はソウジの知り合いらしい事だけは察した。

「ああ、さっき言った。間が悪いやつだな。」

 ライダー同士は合従連衡がめまぐるしいらしい。

「なに?!おまえら・・・・、オレが悪いのか!?」

「こういうやつだ。」

「こういうやつか、まぁ、風都でいくらでもいらぁな。オレは探偵、困った事があったら、ハードボイルドに解決するぜ。」

「ソウジ聞いたか、ハードボイルドに解決だってよ、こいつスゲーぜ!」

 かつてないポジティブな反応に喜びつつも頬を引き攣らせて一歩引く翔太郎だった。

「お婆ちゃん……」

 そんなおかしな両者を半ば放置して、ソウジが見やるのは、ガタックエクステンダー、ではなく、その後方に括り付けられた荷台にケツを抑えながら降りるもんぺ姿の老婆。
 一歩一歩ゆっくりと杖を着いて歩み寄ってくるお婆ちゃんを見ながら、ソウジは手をアラタに差し出す。アラタはなにもかも分かったようで、しゃがんでソウジの手を掴んで自らの肩に回し起き上がらせ、お婆ちゃんに二人三脚状態で足を向ける。

「おかえり。」

「ごめんよ、お婆ちゃん、お婆ちゃん、ごめん」

 アラタを振り払う形で小さなお婆ちゃんに覆い被さって抱きつくソウジだった。お婆ちゃんは、そんなソウジを支えながら、背中をさする。

「足一本なら、安い代償さ。良かったよ、人前で泣かない子だったのに、よっぽど怖い思いをしたんだねえ。」

 ソウジの頭をお婆ちゃんはゆっくりと何度も撫でた。ソウジは背を屈め、お婆ちゃんの胸元に顔を埋めた。

「見ないのが、男の流儀だぜ。」

 翔太郎は中折れ帽で目元を隠し、アラタの肩に両腕を置いて、体ごとねじり回した。アラタの肩は震え、顔は翔太郎にすら見えないよう俯いていた。

「あの・・・・・左さんでしたっけ?これがフィリップさんから、」

 リにアクセントを置いてしまっている夏海が翔太郎の方へ緊張の無い顔で歩み寄りスタッグフォンを手渡す。

 士クンは、アタシにあんな風に心の内側を見せてくれた事、なかったんじゃないかしら・・・・

 未だ活力の無い夏海の眼に、視界に入るもの全てが羨ましく思えた。

『いいかい翔太郎、まず転移するというその写真館へ行く事、次にあの鳴滝といっしょにボク等を誘ったキバーラという奇妙な生き物を捜す事、この二つがもっとも可能性がある。その次に門谷士が使っていた写真機、そしてディケイダーというバイクを調べてくれ。まだその近くにあるはずだ。できればバットショットでいくつか映像を送って欲しい。』

 一方、まくしたてられ下顎を遊ばせるしかない翔太郎は、自失した夏海がお婆ちゃんの方へ足を向ける事が気になったが、転がっている2眼トイと、白いボディが煤汚れたディケイダーを視界に入れる。倒れているが、車体に破損は見られない。

「あの子頼む」

 とアラタに夏海を任せ、翔太郎は取りあえずディケイダーを起き上がらせる事にした。
 この荒れすさんだ大地の風は、翔太郎にとってあまり居心地の良いものではなかった。




6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その2





「あの子は、しばらくダメだな、」

 翔太郎はトレードマークのソフトフェルトを一旦脱いでロン毛についた埃を適当に祓い、帽子の中から埃を一息祓って被り直した。

 男の目元の冷たさと、優しさを隠すのが、こいつの役目だ、

 だから翔太郎は念を入れて目元をソフトフェルトで隠す。そう言われたからだ。それは相棒のフィリップからではなく、当然親からでもない。翔太郎がこの世でもっとも帽子の似合うと焦がれる男からだ。

「フィリップ、オレがこの世界からそっちへ戻るには、確かにあの子が必要なんだな?」

 翔太郎の言う通り、あのディケイドが次元の彼方へ消えてから、取り残された3人、鳴滝によって次元から召喚された翔太郎、この世界のライダーであり今や片足が永久に失われたソウジ、そして異世界でひとりぼっちの境遇に落とされ機械的に破壊されたカードの破片を拾い続ける光夏海、の3人は倒壊した電波塔の瓦礫が散乱する荒野に立っていた。残された彼らに、生還への帰路という謎が拡がり、あるいは道なしという答えを探り当てるかもしれない。
 翔太郎は『スタッグフォン』で自分の世界の相棒と連絡できる事だけが唯一の頼みである。

『おそらく全てを知っているはずの光栄次郎が、今の今まで手元に置いて旅をしてきたんだ。今彼女を確保しておく事は、君がこちらの世界に帰還する唯一の糸口だ。というより彼女ぐらいしか手がかりが見あたらない。翔太郎、一度直接話したい。出してもらえるか。』

 砂塵が突風となって、翔太郎の中折れ帽を揺り動かす、慌てて直す翔太郎の耳と鼻に感覚で分かる程の砂粒が入り込んでくる。先の戦いの熱量が拡散するまでこの強風は止まらないだろう。

「相棒、」翔太郎は頬の泥をつけて放心する夏海を眺めていた。「オレも、違った意味であの子が切り札だと思うぜ。オレは見たんだ。あの門谷士の背中を。あいつの背中は泣いていた・・・・、ああいうやつが、あの子をこのままこの世界にひとりぼっちにするはずがない。」

 大気が強風によって洗われて吸い込まれそうな澄んだ青空が広がる。照りつける太陽がはっきり分かる濃い影を3人に差す。
 翔太郎はスタッグフォンを耳から離して画面を眺め、項垂れる少女、夏海の元へ足を向けた。

「光夏海、オレの相棒がアンタと直に話したいそうだ。どうする、そのままいつまでもボーッとしててもいいぜ、オレにはそんくらいの時間をあけてやるくらいしか、アンタの慰めになってやれねえからな。」

 顔に煤をつけて放心する夏海は、それでも表情が変わらず、目だけ一瞬翔太郎に向いた。

「すいません」

 翔太郎は力無く片手をあげて受け取る夏海に、重症だ、とだけ感じた。

 半熟のおまえに帽子はまだ早い、

 実感した翔太郎は少女を相棒に任せる事にして、もう1人、片足を失って動けない偉そうな男の元へ歩を進めた。
 夏海はまた言った。

「すいません」

『君が光夏海君だね。まずボクの質問に答えてくれたまえ、君は、門谷士に会う勇気がまだ残っているかい?翔太郎がこちらの世界に帰る方法を捜し出せば、君はあの門谷士と対峙する力を得るだろう。』

「・・・・・・」

 もし閉ざされた暗闇に、一条光を差されたら、追い込まれた人間のする行動は決まっている。
 光夏海の瞳孔に、意識が灯った。


6 スカルの世界 -Lのいない世界- 第一部 その1





『笑いのツボってこういう意味じゃ、ねえだろ。夏みかん。』

 あの顔は嘘だったの?士クン、

『オレは世界を撮りたいだけだ。』

 アタシを騙してたの?

『大丈夫だ、オレが決めて始めた事だ。おまえが悲しむ事じゃない・・・・』

 アタシは、士クンに、騙されていた・・・・