2011年1月3日月曜日

2 剣の世界 -進化の終点- その14

14




 遅いです。

 士クン達が朝出て行って、夕方まで誰も戻ってこないです。

 私は大変怒ってるのです。いったい全体あのクズ野郎どもは何をやっているんでしょうか。テレビでニュースにもなってないし、まさか3人でフケたんじゃ。



「お爺ちゃんごめんね。手伝わせる事になっちゃって。」



 お爺ちゃんは写真館の方の店終いを始めていた。



「いやいやいいんだよ夏海。私もね。ちょうど時間を持て余してたところだから。それより、そろそろディナーのお客が来る頃だ。早くお店の方へ行こう。お店が終わったらおまえの大好きなケチャップオムレツをこしらえてあげよう。」



 お爺ちゃんにまでこんな迷惑かけて。士クン達、絶対お尻ペンペンしてやる。お爺ちゃんに頼んだの私だけど。ちなみにお爺ちゃんのケチャップオムレツは中と外の両方にたっぷりのケチャップが入っている小さい頃からの大好物なのです。体がケチャップオムレツでできていると言っても過言ではないのです。



「帰ったぞ。このオレの為にメシを用意してくれてるだろうな。」



 門矢士!あいつ日が沈むまでなにやってた、笑いのツボ三段返ししてやる。

 士クンの手には一枚のカード、例の士クンが気にしてるCOMPLETEのカードがある。士クンによるとなぜかもう印が付いちゃったらしい。じゃあナニ?アタシゃ全部カヤの外かい。



「士君、大変だったねえ。もうニュースはその話題で持ちきりだよ。」



 お爺ちゃん何言ってんの?



「こいつら何したの?テレビはなんにも言ってないよ。」



「何、赤子の小指を曲げるより、易しいさ。」



 士クンは私の混乱した頭の中などどうでもいいみたいです。ひどい奴だと思いませんか。



「テレビは規制が入ってるからね。インターネットで君達の写真が飛び交ってたよ。」



 なんなの、それ私聞いてないけど、



「ハルカさんの涙綺麗だったな。オレ熟に目覚めたかもしれない。」



 なによユウスケ、それは私1人しか知らなかったって事じゃない、



「おい、夏みかん、これをアルバムに保管しておけ。」



 偉そうに士クンが一枚の写真を渡してきた。写真はすごくよかった。相変わらずピンボケでダブってる。でもあの會川カズマさんが料理しながら向ける枯れた笑顔と、いくつもの豊かな表情で微笑み返すアマネって子の顔は本当にいい。

 写真じゃない、それを渡した士クンの態度、士クンの目つきが私の心を見透かしているようで意地汚いのだ、

 分かって言ってるな、腐れ外道め、



「笑いのツボ!」



 倒れる腐れ外道、お腹を抱えて絨毯を転げ回る。私は3時間のツボを押した。



「こいつ、おまえ、なぁ、なんと、なんとかぁぁぁぁ」



「まあ無事でなによりだ。それよりみんなでハカランダの方へ行ってあっちでお食事にしよう。こっちの店じまいは終わったよ。」



 ユウスケの人なつっこい笑顔がそれに答え、おじいちゃんの性格の表れた笑顔が受けて、そして私も腐れ外道の無様な姿を眺めながら、みんなの無事を喜んだ。

 その時だ。写真館の背景スクリーンが降りたのは。

 いままで巨大なトランプカードが幾枚も舞った絵だったのが、幾匹もの青い蝶の舞う絵になっていた。



「次の旅か。もう少しこの世界を撮りたかったが。」



 笑い収まった士クンは呆然とそれを眺めている。

2 剣の世界 -進化の終点- その13

13





 立ち上がるカズマ、口元の緑の血を拭って顔がこわばる。肉体の周りに薄く翠のオーラが湧いてくる。



「立て直すと言った!」



 殴りつける士、



「・・・・」



 鼻を抑え唖然とするカズマ。



 翻って士はアルピノを睨む。



「同じじゃない。」



 カズマの攻撃も、士の奇襲も通じなかった、



「なにがだ」



 もはや以前の頼り無げな鎌田から大化けした不死の怪物。



「おまえは、勝つ為にジョーカーになった。けどこいつは違う。」



 その基本的な能力はアンデッドの頂点であり、なおかつアンデッドの能力をことごとく所有する。



「アンデッドは、勝者になる事が全てだ。勝者になる為の意志は、全て勝利という結果の前に画一化してしまう。勝者となって頂点に立つ事がこの世の全てを思うがままにする唯一の目的なのだ。」



 救い出さなければならない少女も、それを助けだそうとした2人の若者も掌サイズのカードにされてしまった。



「違う!」士はカズマを指差した。「オレ達は時に競い合い、誰か蹴落とし蹴落とされ、笑い嘆く。だがその勝敗に関わらず次に迎えるのはまた違う競争だ。思うがままになりはしない。こいつは、誰かの小さな幸せの為、自ら怪物になり、そして小さな笑顔の為に今も戦い続けている。そうする事で、こいつは競争を超越していくんだ!」



 2人のバックルを拾い上げる士。



「大口を叩くなら、ちゃんとじゃがいもの皮むきと厨房の掃除をできてからにして欲しいな。仕事を終わらせるぞ、まかない。」



 並んでブレイバックルを受け取るカズマ。



「もはや勝ち目など無い。それでも私に立ち向かおうとするおまえは、何者だ!」



「通りすがりの仮面ライダーだ。変身。」



「変身」



『KAMEN RIDE DECADE』



『ターンアップ』



 再びライダースーツを纏う両者。

 眼前のアルピノは既に爪を振りかぶっている。



「破壊者め、ライトニングスラッシュ!」



 縦に溝を掘るアルピノ、衝撃を左右へ転じて避ける2人のライダー。ブレイドの肩アーマーは煙が吹いている。



「前後だ、同時にかかるぞ。」



 ブレイドは立ち上がり、ディケイドに背後へ回れと言っている。



「待て。」



 ディケイドの手に数枚のカード、それが光り輝き図柄が更新されていく。一枚は明らかにブレイドの姿が描かれている。



「ちょっとくすぐったいぞ。」



 その内の一枚を徐にバックルへ装填するディケイド、



『FINAL FORM RIDE bububuBLADE』



 宙に浮かぶブレイド、浮かんだまま倒立になり、ボディが一刀の巨剣へと整っていく、それを手に取るディケイド、その質量は振りかざすだけで風圧を起こす。



「こけ脅しが、ロイヤルストレートフラッシュ!」



 アルピノの前面、5枚の光の壁が縦列に並ぶ、



「これがバトルファイトを覆す力だ!」



 ディケイドはさらに一枚バックルに装填した。



『FINAL ATTACK RIDE bububuBLADEee!』



 ディケイドの前面にも光の壁が縦列に並ぶ、両者の壁は全く同じ形状、合流してディケイドとアルピノの間に一本のラインが通る。



「死ね破壊者!」



「鎌田ぁぁぁぁぁ」



 疾走するアルピノが次々と光の壁を潜る、

 ディケイドもまた光の壁を掛け抜ける、

 両者が交錯した時、黄金色の光が路上に満ちた、

 光が収まった時、互いの元いた位置に入れ替わり立つディケイドとアルピノ。



「ディケイド、破壊者の最期・・・・」



 振り返るアルピノ、ディケイドは依然背中を見せている。手にした巨剣はブレイドへと姿を戻す。



 ブレイドがカードを投擲、

 放物を描いてアルピノ腹部へ、

 刺さるまま眺めるだけのアルピノ、

 刺さったカードのさらに下にベルトのバックルがある、

 その銅メダルのようなバックルが縦に割れている、



「腐れ縁もこれまでだ。」



「破壊者め!」



 光となって吸引されるアルピノ、その肉体とは逆に放射され地に散らばっていく16枚のカード、

 1枚のカードがブレイドの手元に戻ってくる。そのカードには赤いカマキリ、パラドキサの図柄が描かれていた。



「終わっては、いない。」



 カズマはバックルを操作してスーツを除装する。



「ああ。」



 既に士も変身を解いて、散らばったカードを回収していた。ユウスケのカードを指先でパチパチと叩いている。



「クラブの10をおそらくみゆきが持っている。」



「こいつがか。」



「封印されやがって。相変わらず余計な事だけはしてくれる女だ。」



「手間はかからないさ!」



 カズマが戸惑いの顔を向ける。

 士は平静を装う。

 その視線の先に新たなライダーが立っていた。

 深い緑のボディ。無骨な体格。そして片手に握られるのは錫杖。クラブのスートを象徴するライダー。『レンゲル』が士達へ悠然と歩みを寄せる。



『リモート』



 レンゲルが発動したカードの光が、士が手にするカードに指向的に走る。士が避ける間もなくカードに翠の光が注ぎこまれ、幾枚か士の手を離れ宙に浮き、光はそれぞれ人の像へと拡張していく。

 テイピアリモート、封印されたアンデッドを解放する効果を持つ。

 人の姿をした者達数名、鎌田によって封印された者達が今解放された。



「アマネちゃん、」



 カズマは即座に解放された幼女を抱きかかえた。アマネは声を上げて泣き叫び、力の限りカズマに抱きついた。鼻水と涙を伴った言葉に、聞き取れない部分が多いながらも頷くカズマだった。

 士もユウスケとサクヤ菱形を引っ張り起こすものの、依然その視線は棒立ちするレンゲルへと向けられていた。



「こうやってお姉ちゃんは封印したアンデッドを区切りのいい時解放し、バトルファイトを永続し、会社の利益を上げようとした。」



 レンゲルの方からは声がしない、

 聞こえるのは背後、

 背後からおもむろに手が伸びる、

 士が未だ持つカードの内から1枚を抜き取る、

 慌てて振り返り拳を繰り出す士だったが、

 手の主は軽い身の熟しで一足距離を置いている、



「誰だキサマ。」



「まだナマコが嫌いなのかい?」



 サクヤが指差し、ムツキの名を叫ぶ。

 しかしムツキの顔をした少年は、そんなサクヤを見ていやらしい笑顔を作り、手にした『ケルベロス』のカードをポケットにしまった。



「メイクを落とすのは面倒だからこのままだけど、僕はムツキじゃない。僕の名は・・・・、まあいい。それはこの次という事で。」



 囲む士達の頭上から、倒立側転で飛び越えてくるレンゲル。着地様噴煙を杖からはき出し、数秒その場にいる全員の視界を奪った。



「消えた、完全に。」



 噴煙が晴れた時、ムツキを名乗った少年も、それに遣われていたレンゲルの姿も無かった。



「やったじゃない、カズマ。念願の幼女を取り戻せて。」



「みゆき・・・・」



 士が振り返ると、カズマとあの女、天王路みゆきが対峙している光景が眼に入ってくる。レンゲルは間違えて解放したのか狙って解放したのか。



「カズマさん、加勢、」



 というユウスケらを抑え込む士だった。



「封印しなさいよ。ここで決着をつけてあげるわ。」



「どいていなさい、アマネちゃん。」



 カズマの視線はみゆきを注視しながらも、手はアマネを突き飛ばしている。



「ダメ!」



「アマネちゃん、」



「ダメだもん、この人、私の眼、治してくれたもん。」



 驚いた表情をアマネに向けるカズマ。



「どうしたの戦いなさいよ!」



 叫ぶが動かないみゆきだった。

 そんなみゆきを振り返ったカズマの表情は哀しみに満ちていた。



「オレは、戦わない。」アマネを抱きかかえ、肩に乗せるカズマ。「オレはバトルファイトを終わらせる。だがそれは、おまえと戦うという事じゃない。」



「なにそれ、なにそれ!私達アンデッドは、戦う事でしかわかり合えない、生きる事ができないのよ。」



「おまえもこの子といっしょにいれば分かる。こないか?ハカランダに。」



「・・・・・バカじゃない、私が人間とジャレ合うとでも思っているの?バカにしないで欲しいわ。」



 背を向けて立ち去るみゆき。その後を追わないカズマだった。



「時間のかかる戦いも、あるさ。」



 士はカズマにそう語りかけた。



「おまえは、」



「それよりじゃがいもの洗い残しを無くしてからだぁ!」



 アマネがカズマの言葉を掠った。

2 剣の世界 -進化の終点- その12

12




 フハッハッハッ・・・・・



 高笑いをあげながら宙を舞う鎌田。もはや髪の毛の乱れなど気にならない自信に満ちた姿に、路上で見上げる人の群れが唖然としている。いや違う意味で唖然としているのだろうが。



「見つけたぞ。」



 路上を疾駆するトライチェイサーの2人乗りを見下ろす鎌田。急降下し、車の流れに並行して人の目線の高さで飛ぶ。



「アマネちゃんは渡さないぞ!」



 既に並走されている事に気づいたユウスケは仰天しながらも、トライチェイサーを傾け遠ざかる。鎌田との間にセドリックを一台間に挟んで機を見て左折しようとした。



「幼女は逃がさん!」



 めくれ上がるセドリック、宙を回転し、ユウスケのメットを掠って路上左のビルに激突炎上する。鎌田が片手でハネ上げた。



「なんて奴」



 振り向くユウスケの眼には既に1メートルと無い間合いに並走している鎌田、そして鎌田が持つ『ケルベロス』のカードが認識された。



「幼女を封印、」



 翠の光が『ケルベロス』より発せられる。中てられる少女は手で眼を守り、その年頃独特の高い悲鳴を上げたのが最後の発声だった。



「アマネちゃん」



 腰に手を回している感覚が失せたのに気づいたユウスケ、直感でアマネがカードにされた事に気づいてトライチェイサーを寄せて鎌田を威圧。



 ファハッハッハッハッ・・・・



 加速して躱し数百メートル先で翻って立つ鎌田。その左手には『ギャレンバックル』が握られている。



「ハートの13枚のカード揃った、」



 鎌田の右の指先に扇状に掴まれたハート12枚+ケルベロスのカード。鎌田の手の中で融合していき、大きな円の石盤のような図柄となる。『ワイルド』。



「人であるブレイドが13枚のカードを使ってジョーカーになった、」



 バックルに差すワイルドのカード、腰に巻かれるバックル、



「ではアンデッドである私が使えば、どれほどの力を得られると思う?変身!」



 展開するオリハルコンエレメント、鎌田を透過、蒸着するギャレンスーツ、しかし安定しない、むしろ変化していく。それは白いスーツ、いや白い皮膚、その姿はカズマの変貌したそれと体色が違うだけで似ている。



「くそぉぉぉ」



 ウィリーしながら突っ込むユウスケ、その姿は既にクウガのそれに変化しつつある、しかし、



 掴まれる前輪、

 胸に刺さる爪、

 光へと還元していくユウスケ、



「ぅそぉぉぉぉぉぉぉぉ」



 絶叫がカードの形と化していく、

 白いジョーカーの手には、少女の図柄のカード、そして青年の顔とクウガの顔が半面ずつ入ったカードが握られていた。



 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ



 内の力の沸騰が白いジョーカー、『アルピノ』を絶叫させた。



「遅かったか」



 ウィリーで中央車線を飛び越えてくるバイクが一台。『ブルースペイダー』に跨る『仮面ライダーブレイド』。戦いの気配を隠す事無く発散する鎌田を感じてやってきた。



「どうやら囮は必要無かったようだな。今ここで最強のアンデッドを決してやる。」



 2枚のカードをチラつかせる『アルピノ』。

左右の車線は既にアルピノを中心として空白の路面だけになり、車両は倒れたトライチェイサーとブルースペイダーがあるのみ。そのブルースペイダーより降り立つブレイド。



「種族を捨ててジョーカーとなったか。その姿で勝利した時、どうなるか承知の上か。」



「一つの種族にこだわっていればいつまでもバトルファイトの完全勝利者になれない。全てを超越したこの姿こそが勝者だ!」



 ブレイド、カードを一枚取り出している。



「全てを超越?全てを捨てた者の姿だ!」



『スラッシュ』



 ブレイドラウザーの刃が輝く、一足で間合いを詰めスレ違い様切り裂く、



「イタイイタイ。だが通じない。」



 確かに胸を切り裂いている。緑の血が吹き飛んでいる。だがすぐに塞がる。



「たかだか回復が速い程度、」



「スラッシュ!」



 アルピノの爪が輝く、振り返り様のブレイドの脇から胸装甲を一閃、



「他のカードの力を、」



「全てのアンデッドの力を持つ、これがアンデッドがライダーシステムを着るという事だ!」



 アルピノの爪が切り返し振り下ろされる、逆手でラウザーを合わせるブレイド、スラッシュ同士の閃光がまぶしい、



『ATTACK RIDE BLAST』



 背後から数十の光の連射、



「やはり組んでいたか、ロック!」



 アスファルトの一部がアルピノ背後にせり上がる、光弾ことごとく四散、



「今日は調子がいいな鎌田、鍼でも刺してもらったのか。」



 背後に現れる縦縞のマゼンダカラー、

 ディケイドの奇襲すらも防ぐアルピノ、

 しかしディケイドに注意が向いた刹那間合いを取るブレイド、



『キック』



『サンダー』



『マッハ』



『ライトニングソニック』



 Ueeeeeeeee!



 アルピノ頭上、蹴撃が迫る、



「フロート」



 跳躍、いや飛行、

 上に躱すアルピノ、その破壊力でアスファルトを破壊して下水管表面を露出させるブレイド、



「ライトニングソニック!」



 宙返りして足裏をブレイドに向けるアルピノ、ブレイドが頭上を見上げた時、もはやタイミングが遅い。



 貫突、

 はじけ飛ぶブレイド、

 背後のディケイドもろとも持って行かれ、転がり転がり停車したプリウスのバンパーに激突、両者の装着が解け、両者のバックルが路上に転がる。



「やはりな。同じジョーカーでもこれほども力が違う。それとも、おまえもそろそろ本気を出してみるか。決着をつけよう。」



 アルピノは少女の図柄の入ったカードを片手に、悠然と近寄ってくる。



「おい、一旦立て直すぞカズマ、」



「全てが通じない、ならば、」



 立ち上がるカズマ、口元の緑の血を拭って顔がこわばる。肉体の周りに薄く翠のオーラが湧いてくる。

2 剣の世界 -進化の終点- その11

11




「オレがジョーカーになったのは、力への意志が留まる事を知らず、ライダーである事も、人を守る事も、仕事も、人である事すら忘れて、スペードのカードを一心に集め切ったその時だった。」



 會川カズマがBOARDに入社し、厳しい社内競争を勝ち抜いてブレイバックルを手にしたのはそう遠い日の話ではない。その右には期待をかけてくれたみゆきがおり、その左には憧れの眼差しを注ぐサクヤがいた。

 社内競争に勝ち抜いた先にあったものは、アンデッドとの命の競争であった。

 戦って戦って戦い抜き、ついにはスペードのエースからキングのカードまでその手に掴んだカズマ。

 直後である。肉体に異変が起こったのは。その姿がバックルなしでも変貌していく。そして人に戻る事がもはやなかった。



「オレはジョーカーになってからもはや人を襲っているのか、アンデッドと戦っているのか、食べているのか、寝ているのか、息を吸っているのか吐いているのかすら自覚が無かった。その時だ。あの親子に出会ったのは。」



 戦って傷つき緑の血を流して倒れているところ、栗原の父親に助けられた。はじめは怯えていたアマネが、傷ついた小動物に接するそれの態度となり、言葉をイチから教え直し、人としての感情もまたゼロから学ばせていった。



「ジョーカーとしての戦闘本能があの親子の前では失せ、ついには人の姿に戻った。オレはその時ここから立ち去るべきだった。あの家族を危険に巻き込まないように。だが出来なかった。」



 父親の病死が理由であった。父親からアマネとハルカを任されたカズマ。ペットから父親の代替として頼るようになるアマネ。店に不可欠な存在して扱うハルカの家族が成立する。



「しかし見直した。」



 項垂れてハカランダのテラスに腰掛ける士とカズマ。



「なにがだ?」



「あの奥さん、おまえを責めなかった。一度も。」



「キツいよな。頼むだぞ、頼むだ!オレのせいなのに!」



 士の胸倉を突如掴むカズマ。視線は合わせず地面に落とす。掴んだ拳が震えている。



「そうだ、全部おまえが悪い。」



 士も天を見上げている。



「どうすればいい、オレは、ハルカさんにどう応えればいい!」



「らしくないぞ。おまえは、もっと堂々としていろ・・・・・、そうだな。安心だけはさせてやる。あの子は絶対に無事だ。」



「なぜ分かる、」



「あの女、社長だっけか、おまえを発情させるには、あの小娘をおまえの目の前で痛めつけるか殺す必要がある事を理解している。」



 カズマは手を放し、士を睨みつける。



 手足をもがれてるような事はあるかもしれないがな、



 などと士でもさすがに言えなかった。







「知ってるもん!」



 繰り返すたびに声を荒げるアマネだった。



 この子のせいであいつはヒトでいられるの・・・・・



「生意気なガキね」



 みゆきはアマネの頬のラインをじっと眺めた。



「レンゲル。貴方よレンゲル。」



 みゆきは何を思ったか、一枚のカードを取り出し、レンゲルに手渡す。カードの図柄はラクダが描かれハートの9の印がある。



「ここで?」



 レンゲルは受け取りながらも躊躇う。



「試験よ。レンゲルラウザーの。」



「ハイハイ」



『ライフ』



 レンゲルがその錫杖、『レンゲルラウザー』の先端瘤部に入った縦の溝にカードを流すと、ラウザーから光がほとばしり、アマネの肉体を柔らかく包んでいく。



「ここは・・・」



 アマネの瞼がゆっくりと開いていく。差し込む光にやや拒絶反応を示しながらバーの室内を認識していく。



「貴方のその眼が見たかったのよ。私を恨み切った眼がね。」



 高笑いするみゆきの顔を見たアマネは、そんな眼前の女に対して戸惑いを隠せないで、



「礼ぐらい言ってあげるわ!」



 などと強がる事しか言えない。



「この音、近い。」



 気づいたのはレンゲル。それは振動。そして回転を伴った連続的な爆音。これは機械音。しかも2つ。



 ZAAAAAYOKOOOOOOOOO!



 バーのガラスのドアを蹴破って突入するのは2輪のバイク。一台には深紅のボディに身を包んだギャレンだ。



「社長、アンタはレンゲルラウザーを使いたがっていた。だからアンデッドサーチャーをレンゲルに絞って張ってたんだ!」



 誰も聞いていない事を叫ぶギャレンだった。



「土足で私の店に!」



 鎌田はカウンターに潜る。



「ホント空気の読めない使えない男、」



 みゆきの手には既にハート型のバックルが握られている。



「させん!」



 弾丸で弾く『レンゲルラウザー』。



「なんてバカな子なの、会社を裏切るつもり!」



 ギャレンがみゆきに向かって発砲、痛みに手を抑えるみゆき。しかしそのみゆきの耳にもう一台、違うバイクの音が迫ってくる。



 入ってスピンターン、

 慣性に任せてトライチェイサーを放棄しジャンプ、

 みゆきを通り越し宙で一回転、

 着地した、いや見事に座って隣のアマネにその安心させる笑顔を向けた。



「ユウスケ、」



 実はアマネはハカランダの異邦人たちを呼び捨てである。



「やあ、お兄ちゃんかっこいいだろ。」



 握った拳の親指だけを立てるユウスケ。



「ガヤはひっこんでなさい。」



 ユウスケ至近、



「!」



 ユウスケはライダーである。しかもベルトを装着している間の超人ではなく、体内に絶えず『アマダム』を埋め込んで、絶えず身体組織を浸食している常人を逸脱した超人になりつつある。そのユウスケをしてプライベードサークルに踏み込んで至近に立つみゆきに気づかなかった。



 横殴り、

 淑女の右フックで体ごともっていかれる20歳男子、



「社長、動くな。」



 ギャレンは見知った社長の意外過ぎる側面を目の当たりに仰天するも、咄嗟に銃口を向け威嚇。

 だがそのギャレンの横合いから一本の杖が遮る。



「今は大人しくした方がいいと思うよ。」



 遮るレンゲルの腹部に銃を放つギャレン、

 ややたじろぐレンゲルはしかし余裕の笑みを聞かせる、



「貴方は、」



 ギャレンの首を掴むみゆき、その緑の血が流れる腕は既に変貌している、



「社長、まさか、」



 スーツを着たギャレンが引き離そうとしてもできない、

 それもそのはず、みゆきの姿はいつのまにかカリスのそれに変貌しているのだから、



「ダイヤの2に降格!」



 しかしラウザーは落としたまま、そのベルトは別のものだった。



「アンデッドだったのかアンタ」



 ベルトは青銅のメダルのように丸い。ウルフやスパイダーと同じアンデッドである事を象徴するベルト。みゆきは、最初からラウザーなど必要なかった。



「しね」



「もう会社の階級など」



 首を折ろうとするカリス、

 もがきながらも銃を乱射するギャレン、その弾丸はカリスのバックルに跳弾した、

 怯んでギャレンを放すカリス、

 首をさすりながらも敵3者の交互に銃口を向け威嚇するギャレン、



「アンデッドだから、ダイヤのAに気が行ったんだな。」



 叫ぶのはユウスケ、既に小脇にアマネを抱え、ギャレンの背後に回って、トライチェイサーを起こしている。



「どういうつもり、ギャレン!」



 カリスが叫ぶ。



「オレは、こんな子供を人質に取るような、アンタのやり方がイヤなだけだ、ブレイドはオレが、正々堂々と倒す。」



「君じゃないよ。君はここで死ぬからね。」



『ブリザード』



 カードリードして吹雪を杖先端から発生させるレンゲル。



『ロック』



「まだカードの使い方がなってない。」



 突如床からわき上がる石の壁、バーの区画を左右に分ける、冷気が壁に吹きすさぶ。



「待ちなさい、サクヤ!」



 名前を呼ぶ程に狼狽えるカリス、



「カテゴリーA、次で封印する!」



 ギャレンもまたエンジンを掛けている。



『スクリュー』



 破砕する石壁、破砕するレンゲル、カリスの開けた視界に、バイクに搭乗するギャレンの姿が。既にユウスケの姿は無い。



「アンタのせいで・・・台無しだわ!」



 自慢の壁をあっさり破壊され、驚くギャレンにレンゲルの回転を伴った杖と、カリスの双刃が交差する。



「ギャレン封印。」



 鎌田が『ケルベロス』のカードを振りかざす。



「でたらめを言うな!」



 しかしレンゲルとカリスの同時攻撃を受けたギャレンは鎌田のカードに光の粒子となって歪み、吸引されていく。



「とんだ茶番だわ。」



 みゆきの姿に戻って髪をかき上げる。その掌からは緑の血が滴り落ちている。



「おまえ、アンデッドのだったのか。」



 と背後から近づいてくるのは鎌田。できあがったギャレンの横顔の入ったカードをニヤニヤしながら眺めている。そんな鎌田もやはり眉間から緑の血を流していた。



「そうよ。でもなに?貴方は私が必要なはずよ。その程度の計算ができない程上級アンデッドは愚かじゃないはずよ。」



 だが眼を血走らせて叫ぶみゆきの背中から胸に貫通する杖、ほとばしる緑の体液、



「そうでもない。私を除いて最後のハートスーツがおまえだと分かった瞬間、優先順位はまるで違うものになる。」



 鎌田はただ棒立ちでケルベロスのカードを翳すだけ。



「悪いお姉ちゃん。僕は、この人と手を組む事にしたよ。お姉ちゃんのヒステリーより、この人の方がまだ話が通じる。」



 背後からレンゲルが素朴に語りかけてくる。



「キング、おまえが裏切る・・・・」



 そう言い切らない内に光となって吸引されていくみゆきだった。

 鎌田の握ったカードはハートのA。カマキリが描かれていた。



「これで、私の手元にハートのスーツが全て揃った。」



「どうするんだい、」レンゲルは杖を軽やかに弄ぶ。「あの子供は。僕は別に必要無いけど。」



 カードを一枚レンゲルの眼前に突き出す鎌田。トンボのカードが描かれている。



「ジョーカーのアキレス腱だ。私はどんな小さな事でも見逃さない。」



 せこいだけじゃないのか、などとレンゲルは口にせずカードを手にする。



「フュージョんジャッぁク!」



『フロート』



 浮かび上がる鎌田。強力な浮力は天井を貫通し、自在に宙を舞わせた。



「いってらっしゃい。僕は知った事じゃない。」



 レンゲルは1人取り残され、空いた天井をただ眺めていた。

2 剣の世界 -進化の終点- その10

10




「食いなよ。」



「いらん。そんなカテゴリー2の弁当。」



「美味いんだけどなぁ。ハルカさんのきんぴら。」



 ユウスケとサクヤ菱形がビルの影に隠れて並んで地面に座り込んでいる。

 ユウスケは笑顔を繕いながら、のり弁当を一旦脇に置いた。



「オレはどのくらい気を失っていた。」



「もうあっちは一段落しちゃったよ。」



 ユウスケは人懐っこい笑顔を崩さない。

 士とユウスケが到着した時、2人の動作は戦場の中核を伐つ士と、被害者を救い出すユウスケとに別れた。両者ともこれをツーカーで行えるようになった。ユウスケは路上に倒れる人々をかつぎあげては建物の影に運び、最後にかつぎあげたスーツを纏ったサクヤのバックルを外した上で抱きかかえた。サクヤは左目の回りにそれは見事な痣を作っている。



「いってブレイドだけでも!」



「動くな。もうアンタの体はボロボロだ。そんなに悔しいのか。」



「放せ、おまえにオレ達の何が分かる?」



「分からないかもしれない。けど、アンタはあのブレイドに叶わない自分をなんとか奮い立たせようと必死に見える。」



「それはいけない事か、奴は、会社に損益を与えている、会社の財産を無断使用している、オレはそれを止めたいだけだ!」



 おまえもそれがおかしい事は分かっているだろ!ベルトに振り回され過ぎていると言ってるんだ!



 サクヤの脳裏に、カズマとの対話がリピートされる。



「アンタにとってあのカズマさんは、同じ条件で同じ事やらせたら、絶対あっちが自分より巧くやる、そういう人だし、そう思わせる人だろ。そうだろ。」



 サクヤの動悸が収まる。サクヤの脳はユウスケの隣にカズマの顔を浮かべさせた。



「おまえの言う事は分かる。目標だった。だがそれをあの人は裏切った。会社とオレを。裏切った。だが私怨じゃない。あの人を抑えられるのはオレしか、いないじゃないか。」



「それは間違いじゃないのか。」



「間違いじゃない!奴は会社の所有物を勝手に、」



「そういう話じゃないのは分かっているんでしょう。貴方は自分の気持ちに間違った行動をしてる。分かってるんでしょう。裏切ったのは会社だって。あの女社長は会社の建前を盾にして、貴方のまっすぐな気持ちを利用しただけだ。どうしてそこから目を背けるんだ。」



「おまえの言う事は、綺麗事だ。ただ人をボロボロにするだけだ。」



 サクヤは、恥じた感情が満ちた。しかしそれがユウスケへの怒りに転じないのは、この男の先天的な人の良さだろう。



「綺麗事だよな。」



 ユウスケもまた自分の言葉をまるっきり確信している訳ではない。

 サクヤはそんなユウスケに呆れるしかなかった。



「食っていいかな?」



 のり弁を差したサクヤ。



「どうぞどうぞ。まいどあり。」



「美味い。白身魚が油臭くない。きんぴらの味がごぼうに負けてない。なんでこれが、カテゴリー2の弁当なんだ。」



「ハルカさんの弁当はどれも最高なんだよ。」



 ユウスケは親指を立てて笑顔を作る。

 サクヤは、脇目もふらず食べ続けた。



「社長は、子供を連れて逃げたんだな。それは確かだな。」



「ああ。」



「だったら、探す手立てがある。」







 そこは社から地下3階に存在するバー。昼過ぎでは店には客はいない。それどころか店主すらいない。当然である。そこはみゆきが鎌田の為に用意した隠れ蓑だからだ。鎌田はもはやクセなのか、この時間になると店中のグラスを磨かなければ気が済まなくなっている。

 みゆきはややネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外し、バーの内装スピーカーから音楽を流し、チェリーを浮かべたカクテルグラスの縁を小指でなぞっている。



「このスーツ、最高ですよ。社長。」



 バー入り口に立つその姿は紛れもなくブレイドやギャレンと同種のライダースーツ。声はあの少年ムツキ。



「『レンゲル』。こんなところでそんなボテボテした格好するんじゃない事よ。」



「いいじゃないですか。」



 とケラケラ笑いながらレンゲルラウザー、錫杖のそれをクルクルと手で弄んで、刃のついた側である方向を指した。いやその頬に冷たい金属の触感を与えた。

 ヒク、と反応する少女は、扇状のソファーで4つんばいになってただ身を潜めて震えている。レンゲルはその怯えた少女の姿を見てなお笑った。



「餌に傷をつけるのはおよしなさい。キング。貴方よ、キング。」



「いいじゃないですか。この際手足ぐらいはもぎ取っておいた方がいいんじゃないですか。」



 みゆきがレンゲルを制止し、鎌田が無責任に煽った。



「怖い、いや、もう触らないて!」



 みゆきはソファに座って怯えて逃げようとする少女、失明したアマネを強引に抱きかかえる。右手を回して上半身全てを抑え込み、左手で頭を押さえ込んだ。



「かわいそうに。優しいお兄ちゃんがあんな化け物だったなんて。貴方も巻き込まれて大変ねえ。」



 あらゆるモノに憎まれるがいい、



 みゆきの笑みは冷淡さすら含まれていた。



「知ってるもん、」



 視線を合わせられず向けた顔もあらぬ方向だが、声だけはしっかり発した。



「なんですって」



「知ってるもん、ワタシ、カズマちゃんの事全部全部知ってるんだもん!」

2 剣の世界 -進化の終点- その9






「油断した、だがもう遅い、ここからはアンデッドの世界だ、見ろ!」



 カリスが間合いを取って、指し示したのはカズマ。



「アマネちゃぁぁぁaaaaa」



 カズマの目には苦悶と後悔の涙が途切れる事がない、そしてもはや留まるところを知らぬ衝撃波がカズマの全身を逆光でくるんでいき、カズマを人外の怪物へと変貌させていく、その頭は長い2本の触角、耳まで裂ける口元、伸びる爪、黒皮のスーツが全身を拘束していく、ベルトは、あのウルフや鎌田と同じ楕円の大きなメダル。



「『ジョーカー』、カズマの奴がこの世界のジョーカー。」



 ディケイドはなぜか知っている記憶の断片が憎くて仕方なかった。



 ジョーカーの拳が足下の歩道橋を裂く、

 中央から折れて陥没する歩道橋、

 下の駐車車両のルーフがへしゃげた、

 アマネが落下、カリスもディケイドも、そして砕いたジョーカー自身が落下する、



「見境が無い」



 ディケイド、アマネを抱きかかえつつ落下、アスファルトに背中を強く打った。

 ジョーカーであるカズマはワンボックスの中へ落下、やや静寂の後で子供を含む家族連れの悲鳴が轟き、ワンボックスの窓という窓が赤い色に染まった。



「ディケイド、さっきはよくもやってくれたな。」



 倒れたディケイドの視界に、髪の毛だけはきっちり整えた鎌田の引き攣った笑みが入った。脳震盪気味のところへ喉を踏みつけられ身動きが取れなくなる。



「下品ピンクのおかげでせっかくの舞台も仕切り直しだわ。まあこの子が手の内にあればいくらでもやり直せる。」



 ディケイドの震える腕から強引にアマネをはぎ取るのはカリス。



「待て・・・・」



 叫ぶディケイドの肉体はまだ指一本動かせない。



「こいつを殺せ、カリス!」



 鎌田が狼狽えたように叫ぶ。



「自分でやれば。こいつを殺してしまえば、私と共闘してる理由が貴方には無くなる。違う?」



「ええい、足元を見おって。」



「下品ピンク、アンデッドの弱点はベルトよ。」



 カリスはアマネを小脇に抱えて跳躍、車を蹴り、信号機を踏み越え、電線に釣り下がり、ビルからビルへ飛び移っていった。



「裏切る気か!」



 鎌田が悪い油汗をダクダクと顔に流しながら、しかしディケイドに向けて不敵な笑みを浮かべ、そして腰周りからベルトが浮かび上がる。ジョーカーと同じ楕円のバックルだ。



「足を退けろ、」



 ディケイドが足掻く。



「キサマの最後だ。我が戦友に捧ぐ。」



 おぼろげに姿が人間のそれで無くなる鎌田。



「加齢臭がするぞ。」



「する訳ないだろ、私はアンデッドだ。」



 と人間態に寄り戻る鎌田。ベルトだけが浮かんでいる。



「その通りだ。」



 ディケイドはバックルにカードを一枚装填している。



『ATTACK RIDE ILLUSION』



 倒れたディケイドが何人も出現、いつのまにか起き上がって鎌田を取り囲んで睨みつけた。



「こ、こいつ、」



 包囲された鎌田が計6人のディケイドから一斉にパンチを食らう。いやパンチは空を切った。



「鎌田、逃げるな!」



 見れば4つんばいになってディケイドとディケイドの隙間を潜り抜けて包囲から脱している鎌田。



「おまえの始末は、また今度にしてやる!」



 既に立ち上がっているディケイドに不敵な笑みを返す鎌田。そんな鎌田を例のオーロラが透過していく。鎌田は必死で髪の毛を整えていた。



「なんなんだ、あのバカは。」



 その背後、炸裂するワンボックス、



「ジョーカー、」



 ディケイドは振り返る。ワンボックスが前後に引き裂かれ爆炎を上げている光景が広がっている。だが対手の姿は見えない。



 頭上、

 打ち下ろされる爪、

 紙一重で躱すディケイド、

 爪はそのままアスファルトに亀裂を、



「どうした、理性を失ったか、それとも誰かからオレが悪魔だとでも聞いたか!」



 ディケイドはブッカーをソードモードに切り替え数合に渡り、ジョーカーの爪と伐ち合う。

 野生そのものでありながら、ただ力を暴走させている訳ではないジョーカー、隙の無い素早い爪の動きは、ジリジリとディケイドを推す。



「殺るしかない!」



 下から掬い上げのディケイド、

 打ち下ろしで刃を合わせるジョーカー、

 それを流してブッカーごと刃を地面に刺すディケイド、

 そうした上で拳を繰り出す、

 だが多少怯むだけで動じないジョーカー、

 もう一度繰り出す拳、

 今度はジョーカーも応える、

 クロスカウンター、

 互いに怯んで後退り、間合いが開く、

 中央に突き刺さったブッカー、

 向かって駆ける両者、

 すれ違う、

 抜いたのはディケイドの方、

 刃を振り上げるディケイド、

 袈裟斬りにされるのも構わず懐に踏み込んで爪を振り落とすジョーカー、

 倒れるディケイド、

 しかしその爪によってではない、自ら倒れた、倒れ片足を上げ、足裏でジョーカーの腕を受け止めている、

 銃口はジョーカーのベルトへ密着、



『ATTACK RIDE BLAST』



 ゼロ距離から数十の光弾が圧する、

 棒立ちで放心するジョーカー、見る間にその姿がカズマのそれに戻っていく。



「殺せば、良かったものを・・・・」



 ディケイド、立ち上がりフォームを解く。額から血を流した門矢士がその卑屈な顔を晒す。



「殺すつもりでやった、アンタがしぶといだけだ。」



 士の眼前にはなお煙が吹く廃墟が広がっていた。

2 剣の世界 -進化の終点- その8






 風に掬われるようにブレイドの手元からカードが飛んでいく、

 それどころかブレイドがバックルに収めているカードが次々と宙を舞って、鎌田の方へ意志でもあるかのように流れていき、

 最後には、エレメントが展開、スーツが強制的に着脱され、スペードAのカードまでもがバックルから飛び出していった。



「ケルベロスか。」



「カズマ!」それは女声。同じ歩道橋である。「これで貴方は丸裸。まずはブレイバックルをお返し。」



「天王路みゆき。」



 立つ女はBOARDの社長。男装でネクタイを絞めているものの、髪は束ねておらず、なお止まぬ爆熱の気流になびいて、うなじが見え隠れする。



「逃げないでね。貴方が逃げちゃうと、この子の人生がここでオシマイになっちゃうから。この子、アンデッドと違って死んじゃうんですものね。」



「カズマちゃん!ごめんなさい!」



「アマネちゃん!」



 みゆきが手を引いているその少女は、ランドセル姿のアマネ。アマネが学校から消えた事がハカランダのハルカに伝えられたのは、午後を回ってからであった。



「社長、私が確保しました!」



 呆然とするカズマの背後から忍び寄ってバックルを奪い取り、サクヤ菱形は高々と掲げた。



「あの男も始末してしまいましょう。もうギャレンも一新されていい頃だ。」



 小声で鎌田が囁く。みゆきもその細腕で足掻くアマネを拘束しつつ目を細める。



「どうしてあの子は空気が読めないのかしら。」



「社長!もういいでしょう、その子はもう要らないはずです!」



 叫ぶサクヤをカズマが制した。



「ムダだ。奴はベルトも社則も目的ではない。奴の目的はただ1つ。オレとの闘いだ。」



「會川カズマ、そこで待っていなさい!」



 どんなにもがいても解けないみゆきの腕の中で、アマネが狂ったように叫んでいる。



「存分に楽しむがいい。私は今は、このハートのジャックだけで十分だ。」



 鎌田は吸引した十数枚のカードを扇状に持ち、その内の1枚を引く。そこには狼の絵が描かれていた。



『FINAL ATTACK RIDE dededeDECADE』



 鎌田斜め頭上、既に蹴撃の体勢から突っ込んでくる目眩がするほどのマゼンダの発光。



「ディケイドぉぉぉ」



「ちょっと痛いぞぉぉぉ」



 鎌田の首筋にディケイドの爪先が入る、

 悶絶して倒れる鎌田、

 そのまま首を足で抑え込むディケイド、

 緑の血が歩道橋一面に散乱した。



「オレは、不死身だ、この程度でやられはせんぞ!」



「20年前ならそれでビビる奴はいただろうが、今じゃこう言うんだ、どの程度まで切り刻んでも死なないか試してやろうかってな。」



「ひえぇ」



 泣きわめく鎌田の頭を依然抑えつけ、みゆきにブッカーを構えながら、歩道橋一面に散乱した内1枚のカードを拾い上げる。蜘蛛の絵が描かれている。



「これがラウズカードか。」



「貴方がディケイド。噂通りの悪趣味なピンク。これは貴方の玩具じゃなくてよ。」



 速い、



 ディケイドは鳥肌が立った。至近である。眼前にみゆきの笑顔があり、手にあったカードをひったくった。もっとも驚くべき事は、全てアマネを抱えたままでみゆきが動いている事である。



「なんだこいつ、」



 ディケイドの危機感は生身のみゆきにブッカーを乱射させた。本来なら卑怯の領域である。しかしみゆきの高慢な笑みは至近からの銃弾を紙一重で躱し間合いを取る余裕すらあった。



「変身」



 アマネを抱えたままハート型のバックルを腰に充てる。たちまち姿を顕す『カリス』。弓のようにも見える左右双刀の得物を振りかざし、踊り掛かってくる。



「なんだ、この強さは、」



 といいつつ引きながらその刃をブッカーで受け止めるディケイド。受け止めつつも立て直し、リズムを外して死角に一撃掛けようとする。



「甘い甘い」



 だがその死角にアマネを抱えているカリスが一枚上手だ。

 この時ようやく首から足を除けられた鎌田が起き上がり、まず髪型を直し、次いで緑の血を拭った。ウルフのカードだけは手放していない。



「へ、ディケイド、ここで討ち取られるがいい。」



「どけ!」



 鎌田が飛ばされる。それはまあ塵が一息だけで飛ぶように。見事な放物線を描いて。歩道橋の柵を越えて路上へ頭から落下。



「アマネちゃんを放せ、目的はオレのはずだ!」



 勢い突き飛ばしたのは、歩道橋を上がってきた會川カズマ。カズマのバックルを取り上げたはずのギャレンは、どこをどうやられたたか知らないが、そのバックルを掴んだまま路上で大の字にノビていた。



「この子を殺せば、貴方は私に本気になってくれるかしら。」



 カズマの全身から湯気立つ程の凛気が感じられる。



「ふざけるな!」



 カリスはディケイドに向かって、得物から光弾を放ち威嚇。



「そうね。貴方は私に近づいてもうウズウズしているはずよ。こんな子の事も頭から吹き飛んでただ戦うだけしか考えられなくなってる!」



 うぉぉぉぉぉ、



 カズマの猛り狂った顔が、人外の領域に入る、吠えたその奇声も既にヒトのそれではない、凛気が物理的なエメラルドの輝きを伴って物理的に歩道橋の柵を圧迫して歪めていく、



「イタイ、目が、目が!」



 カズマから円周状に衝撃波が放たれ、アマネも充てられた瞬間視野を失った。

 もがくアマネをなお抱えつつ、カリスもなにか恍惚したかのように立ち尽くす。



「さあ、闘いなさい。私もこれで本気で」



「隙だらけだぞ。」



『ATTACK RIDE SLASH』



 カリスの背後より迫る多重の像と化したブッカーの刃、それはディケイド顔面の縦縞のよう。

 前のめりになるカリス、そこでようやくアマネが解放され、ディケイドが代わりに抱きかかえた。



「油断した、だがもう遅い、ここからはアンデッドの世界だ、見ろ!」

2 剣の世界 -進化の終点- その7







「社長!許可を願います!」



 入室した黒スーツ社員の手に握られているのは、『アンデッド封印の件』と名打った稟議書。既に経費の経理部、アンデッド探知報告の警戒センター、対アンデッド資料出荷許可の情報管制部、そして武装の使用許可を司る装備管理課、労災を処理する厚生課、エースの勤怠を管理する勤労課、その他諸々の総務部のそれぞれの許可が判され、後は社長の許可を待つばかりである。



「4分かかってるわ。10から6に降格よ。」



「社長、それだけは!私には澄子という身重の妻がぁ!」



「家族なんて非合理的なものを持つからいけないのよ。それとも、北条くん、と呼ばれたいの?」



 無言で退出した6クラスの社員であった。

 みゆきは、ノートパソコンを開いて、社内LANで『アンデッドサーチャー』のデータを眺める。格子のグラフに線だけで地形が映像化され、その中の一点『CRAB A』とロゴを掲げるポイントが微妙に動いている。



「全ては、ムツキがレンゲルを装着する事から始まる。」







 路上センターラインを糸を垂らしながら疾走する異形。

 周辺市民の避難が完了しないままに展開される銃撃戦。

 車中に身を潜める者、歩道を逃げ惑う者、ケータイで写メを撮ろうとして首を寸断された者、逃げ惑う友人に推し倒される形で首を複雑骨折した者。炎の弾丸に穴を空け爆破する一般車。

 たった一匹のアンデッドの為に街は地獄絵図と化した。



「マテェェェェェ」



 と叫びながら追いかけるのは濃紅のギャレン。おいかけられるアンデッドは『スパイダーアンデッド』だ。

 その惨状を四駆から眺める男がいた。



「何をやっているんだサクヤ。これではアンデッドと同じだ。」



 トラックの幌に登ったスパイダー、逃げ惑う女性の1人を糸で絡め、ハンマー投げの要領でギャレンに投げつける。



『ドロップ』



『ファイヤ』



『バーニングスマッシュ』



「トドメだぁ!」



 放り投げられた女性を避け様跳躍するギャレン、そのまま宙で放物を描いて、スパイダー直上より炎を纏った蹴りを見舞う。



 爆破するトラック、



「奴は既に別の車両に移っている。」



 炎上する中心に立つギャレンの影は、なお敵を求め首を左右に動かす。



「アンタもいたのか。」



 カズマは路上、女性を抱えていた。放り投げられ失神している女性から糸を払い除け、そのまま路上へ横たわらせる。

 立ち上がり、『ブレイバックル』を握るカズマ。バックルに『スペードA』のカードを挿入、腰に充てると、トランプが数珠繋ぎしてカズマに纏わり付きそれはベルトと化す。



『ターンアップ』



 バックルのレバーを引くとAのカードがバックル内部に収まり代わってスペードの文様が現れる、同時にカズマ前面に展開するのは光の壁エレメント、それが自動的に後退してカズマの全身を通過していく。



「ブレイド!」



 ギャレンが叫び突進する。

 カズマが纏ったその姿こそ『仮面ライダーブレイド』と呼ばれる紫紺の戦士だった。



『ビート』



 向かうギャレンに拳で迎撃、顔面を直撃したギャレンが弾き返され路面を転がる、



「裏切り者・・・・」



 ギャレンのマスクが半分欠け、サクヤの血まみれの左目が露出している。



「おまえの武器は街に被害を与えすぎる。黙って見ていろ。」



「会社は人命よりアンデッド捕獲を優先している、キサマは会社の所有物を無断で使用し、」



「おまえもそれがおかしい事は分かっているだろ!ベルトに振り回され過ぎていると言ってるんだ!」



 サクヤは呆然とその紫紺の背中を眺めた。

 トラックから歩道橋に移って何人もの人間を糸で絡めて捕獲し吊すスパイダーアンデッド。そのスパイダーに向けブレイド、手まねきをして挑発する。



「おまえもアンデッドなら、オレと戦いたいはずだ。人間に八つ当たりするよりもな。」



 言う通り、ブレイドにその3つの目を留めたスパイダーは震えながら吠えて歩道橋を跳んで突進。



『スラッシュ』



『サンダー』



『マッハ』



『マッハスラッシュ』



 スパイダーの口から糸が飛ぶ、

 だがブレイドの肉体を透過、既にそれは残像、

 狼狽えるスパイダー、

 脳を突くように聞こえる衝撃音、

 スパイダーの周囲を取り囲む十数枚の刃、

 中心スパイダーに時計回りに斬り裂く、

 絶叫を上げ爆破、

 刹那大気から朧げに出現するブレイド、

 スパイダーのバックルが縦に割れる、

 カードを投擲するブレイド、

 吸引されるスパイダーの肉体、

 カードは蜘蛛の絵とクラブのAの文字を刻んでブレイドの手元に戻る。



「貰ったぞ。ブレイド。」



 男の声が歩道橋から聞こえた。頭髪の薄さを隠す為に横から無理に髪を持ってきているあの鎌田だ。あの鎌田が、1枚のカードを振りかざし、高笑いしている。

2 剣の世界 -進化の終点- その6






「はい、食券1枚と交換で、エースの4弁当ですね。ありがとうございます。」



 まずごはんを一口。



「うむ、それはエビが美味いぞ。」



 続いて酢の物を半分。



「今度10枚綴りの食券が同じ値段で12枚綴りになりましたよ!各ランクさん共通です!この機会に是非どうぞ!」



 ごはんをもう一口。



「うむ、お得感倍増だ。」



 そしてメインのカツへ入る。



「士!」



 多少怪訝な顔でブロッコリーを口の中に入れる士だった。



「おまえ何エース弁当を客の前で食ってんだ!」



 腹が減っていたとは口が裂けても言わない。



「プレゼンテーションだ。ここでオレが食ってる姿が、次の購買意欲に繋がる。」



「ヌケヌケとそういう事をだな、」



 と言い終わらない内に巨漢女性が体当たりを敢行、



「私もこれちょうだい!」



 続いて2人、3人と寄り集まり、



「今日は牛丼じゃなくこっちにするぞ。」



「ハク、ハク、私は千尋よ、」



 そして怒濤のごとく人が押し寄せて一斉に去り、煙が晴れた時、食券と空の弁当箱、そして割り箸とどういう訳か靴跡にまみれて伸びているユウスケと士がいた。



「どうだ、10分で完売だ。新記録だ。」



 と立ち上がる士からは震えが止まらない。ユウスケもやはり震えながら目に青痣をつけて立ち上がる。



「初日だ今日・・・・、とにかく、後は上級への配達だけだ。これが『剣の世界』なのか?」



 違う。







「K弁当だ。」



 士は知らないが、彼が対面している2人こそはサクヤ菱形と、ムツキだった。

 ムツキはKの弁当を素直に受け取るが、蓋を開けず士と目を合わせようともしない。



「待て、」と目を血走らせて叫んだのはサクヤ菱形。「エース弁当はどうした!」



 Aとマジックで書いた食券を突き出す。



「言ったぞ。今日はエース弁当が売り切れだ。その代わりこの2の弁当が残っていると。」



「なんだとキサマ!オレはな、ハカランダの弁当だけがこの会社の楽しみなんだ!分かってるのか!エースだぞエース!」



 実は先に士が食べていたものがエース弁当であったが、士はそんな事おくびにも出さない。



「エース?食券にマジックで書いてある程度で、おまえのような品の無い奴がエースだと信じると思っていたか。」



「キサマ、無礼だぞ、大体この会社でエースはオレただ1人、なんでただ1人の為に作られた弁当が売り切れになるんだ!」



「そんな理屈は知らん。売り切れたものは売り切れなんだ。エースだかなんだか知らんが、品が無い、頭が悪い、きっと頼りにならないような奴の言う事は信用できない。」



「ムチャクチャだぞ士。申し訳ありません。明日私が特上のエース弁当をご用意しますので。」



 と事情が事情だけに士を制止するのもはばかるユウスケだったが、さすがに最後は止めた。謙って手もみし愛想を振り撒くユウスケの姿は、ある世界ならば英雄であり救世主である男のそれとはとても思えない。



「そこがまあ、こいつの良いところだ。」



「何言ってるんだ士。」



 そこへけたたましい警報が鳴り響き、士とユウスケ以外の、BOARD社員全ての顔が引き締まり、忙しなく動き出す。



『アンデッド出現、アンデッド出現、社員一丸となってアンデッドを封印しましょう。』



 サクヤ菱形の顔もまた引き締まる。



「ムツキ、社内の案内はこれまでだ。おまえは先に行って管理課から装備と車両の承諾を手続きしろ。」



 士を一瞬見やった青年ムツキは、不敵な笑みのままサクヤに一礼した。



「キングですよ。ここでは。これ、食べてもいいですから。」



 と一口もつけていないK弁当をサクヤに差し出し、他の社員の流動に乗って行ってしまった。



「アンデッドだぞ!士!」



 テンションがはねあがるユウスケ。



「小物臭いぞユウスケ。」



 その2人を黙して眺めるサクヤ菱形だった。



「おいおまえら、ハカランダの人間なんだろ。」



「そうですよ。」



「おかしな事を聞くな。何が言いたい。」



「カズマ先輩に言っておけ。そこはもうバレている。オレはアンタと力でケリをつけたい。」



「どういう事です?」



「大体分かった。」



「分かったのかよっ」



「今度のアンデッドを封印すればオレに新たな力が宿る。それを続ければいつかは・・・」



 とそのままブツクサ言いながら2人を置いていくサクヤだった。



「なにバカな事言ってんだ。士も。」



「大体分かった。言ったぞ。」



 士にしてみれば、明瞭である。

 サクヤ菱形はこの会社で唯一のA、つまりこの会社で唯一の仮面ライダーである。この仮面ライダーが力で越えたいというのだから、カズマもライダーかライダーだった者だろう。そして自身があのハカランダにいる必然性を考慮し、なおかつサクヤや会社が狙っているのだから現在でもなおライダーである可能性が高い。サクヤは、そのカズマに忠告してやっているのだ。カズマは会社から狙われるライダー。ならばその戦いに乱入してみるのが、この世界での自分の役割だろう。

 だがそこまではちんぷんかんぷんのユウスケに解説してやる必要も、態度も出さない士だった。

2 剣の世界 -進化の終点- その5







「COMPLETEのカードにキバと龍騎のシンボルが刻まれた。これが世界が救われたフラグか?」



「そんな分からない事仕方ないじゃないですか。それより、どうして士クンは、あのボードビルにいかないんですか?」



 私の目の前には、とても大きな栗が上でツヤツヤと乗るモンブランがある。食べてくれ食べてくれと私の耳に聞こえてくる。だから食べてあげないとかわそうでしょ、そうでしょ?



「現代に蘇った不死身の生命体『アンデッド』を封印する会社BOARD!」



 丸テーブルの隣でサンドイッチを頬張るのは小野寺ユウスケ。赤いチェックのシャツの上から赤いジャンパーをかけている。もうすっかりこの3人でいる事が自然になってしまった。なんかイイよね。



「知るか。オレはこの世界では、料理人なんだ。」



 同じ丸テーブルで脚を組んで小指を立ててブラックを啜るのはジャージの上からヒラヒラ付きのエプロンをつけ、頭にタオルを巻いてるのは士クン。



「ツボ!」



 たちまち激笑して椅子に凭れながらあられもない姿を晒す士クン、ざまあみろ。



「士クンは昨日、このお店のまかないになったばかり!」



 そう、客席に私達しかいないがここは喫茶店、桐モドキが和名のハカランダ。その安心感を覚えるはっきりした木目で彩られた店内はなんとなく好き。しかもこの雰囲気で意外と料理はオイシイ。モンブランがおいしい。たとえ他のケーキ専門店で仕入れていたとしても。



「ふざけてないで、配送の準備をしろ。運転はオレ、助手と客の応対はおまえだ。」



「いてえ、煩えな。」



 この人を目の前にした士クンの態度は、いつもと少し違ってておもしろい。士クンは椅子に座って背の高いその人を怪訝に見上げ、その人は直立した姿勢で見下ろしている。

 その人は、このお店の従業員會川カズマという人だった。年齢はたぶん士クンと同じくらい。背は士クンより頭ひとつ高くて、顔も士クンとどっこいくらい。ちょっと少年っぽい顔かな。でもどういうわけかこっちの方のが貫禄というの?落ち着きといういうか、枯れた魅力が薫ってくる。そして絶対士クンは苦手な人だ。カッコ笑い。



「2人ともまだ弁当の準備ができてないよ。こっちへ早く!」



 と黄色いクチバシから出たような声が厨房から響いて、飛び出してくる少女がいた。まだ7、8歳だろうな。



「アマネちゃんはもう学校に行く時間だよ。」



「走っちゃうからあと20分大丈夫だもん。やるもん!」



「仕方ないなぁ。」



 ああ、カズマさんの顔が蕩けていく・・・、これが無ければイッツパーフェクトなんだけどなぁ。







 叱るのはこの店の店主にしてアマネの母親である栗原ハルカという細面の女性。もしかしてアマネを10代で産んだのだろうかと勘ぐってしまう程若く見える。



「だって勿体ないと思ったから・・・」



 叱られるのはアマネ。ステンレス台に5×3に並べた弁当容器へ、大皿と菜箸をそれぞれ持って次々と盛っていく作業中、ブロッコリーを一個落としてしまった。それだけならまだ良かったが、それをアマネはAランチに泥を祓っただけで戻してしまったのだ。

 母親のハルカは激怒する。客にお出しするのだから失礼であると。至極当然である。



「いいもん、じゃあ私が食べるもん!」



 母子が感情的になりそうなところ、アマネの肩に両手を置くカズマの間は重い。母子の2人が、そして同じ厨房にいる士すらカズマを凝視して口を閉じる。

 カズマはアマネに微笑みかけた。



「アマネちゃん、アマネちゃんがお腹壊したら、オレが悲しくなっちゃうよ。」



「カズマさんまで、」



 アマネは黙って俯いた。そんなアマネに腰を落として目線を合わせるカズマ。



「じゃあ中を取って、オレの昼飯にしよう。それなら誰も困らない。」



「イヤ!カズマちゃんがお腹壊しちゃイヤイヤ!」



「ね、それを食べたら、誰かが今のアマネちゃんみたいに思うんだよ。その気持ちが分かった?」



「うん・・・・ごめんなさい、カズマちゃん。ごめんなさいお母さん。」



「よしいい子だ。もうこんな時間だ。今日は僕がバイクで途中まで送っていってやろう。」



 頭を撫でてやるカズマ。カズマとの2人乗りと聞いて喜び勇んでランドセルを取りに駆けるアマネだった。

 ハルカが一礼し、士に気まずそうな顔で仕事をうながすカズマ。そんなカズマを見て士は唇の端がせり上がった。



「子供に甘いなぁ。ズルを覚えて世間を甘く見る年頃だぞ。徹底的にだな。」



「昨日今日来た新人はあまり口出ししない方がいい。」



 士の目が輝く。敵の急所を見つけた瞬間だ。



「大体分かった。ロリコンという事で収めておくさ。」



 士は挑発した。

 カズマはしかし、動揺を見せず一心に弁当に炊きたてのごはんを詰めていた。

 士は劣等感にさいなまれたものの、顔には出さず、あえて優越したふりを顔に出した。







 10時を越えると配達の時間。小さな会社数件には、あらかじめ注文を受けていた数を用意して置いて周るだけの仕事である。そして大きな会社で昼に弁当を売りながら、帰りに逆ルートをたどって空容器を回収していく。つまりはこれが門矢士がハカランダにてあてがわれた仕事である。



「でユウスケ、おまえはどうしてこの4駆に乗り込んでるんだ。」



 ハカランダは弁当の配送に、2リッターの4駆を使う。



「そりゃ士が半人前だからさ。」



 士がそうであるように、士の隙を見いだそうとする人間もはなはだ存在するのが世間というもの。後部座席で士とユウスケが並んでいる。



「ていうか、ユウスケ、どうやって写真館についてきてるんだ。」



 カズマの手前、世界を跨いでいる事を伏せる士。



「それは、私がいるからよ。」



 ピュー、



「そうだ、おまえも前々から聞こうと思ってたが、何者だ。」



 それは奇っ怪な生き物だった。もしかしてロボットかただのリモコン玩具かもしれない。



「キバーラだよ。キバの、キバのさ。」



 『キバの世界』と言いかけ冷や汗をかくユウスケは『キバーラ』と言った、自在に車内を飛び回る掌サイズの白いワッペンのような、それでいてコウモリのようなその女声の物体を、肩に乗せた。

 そうして左の人差し指をキバーラの牙のところまで近づける。キバーラはその指に囓り付き、なんとユウスケの血を吸い出しはじめた。



「おまえら、怪し過ぎだぞ。」



「あ~ら、怪しさは女のチャーミングポイントよ~ん。」



 空を切る音だけをさせて浮くキバーラ。この掌サイズのくせに人語をスラスラ語る事でもいびつに恐怖すら覚えるが、行動もその能力も言動も全てが怪しい。



「でも、こいつに連れてきてもらったお礼にオレの血を分けてやってるだけだし。こいつ血しか食べられないんだ。栄次郎さんも言ってくれてたじゃないか。旅は道連れって。」



「おまえら、こそこそダベってないで、そろそろBOARD本社だ。ここだけは売り子をしてくれ。オレは駐車してるから車内から離れるわけにいかない。おまえたちだけだが頼む。」



「はい、カズマさん!」



 ユウスケは対士の為に味方を増やす手段を打った。



「このオレの手にかかれば、一瞬で全て売り尽くしてやるさ。」



 士は右の人差し指を高くかかげで大言を吐くも、車の天井に突き指した。



「そういうんじゃない。食券を持ってくる人に手渡しで交換してくれればいい。食券にはそれぞれAからKまでの数字が描かれているその割り当てで弁当を交換してくれ。25階層働いてる社員の4割ほどが詰めかけてくる。置いてるだけじゃ裁き切れない量だから、店の方がやる事になってるんだ。いいか。上級ランクは1人1人配達するんだぞ。」



 このカズマという男は絶えずゆとりを失わなかった。たとえ、キバーラがその頭上を旋回しようとも。微動だにしなかった。

2 剣の世界 -進化の終点- その4







 ここは「いせや」という呑みや。

 屋外まで立ち上る焼き鳥の煙に誘われる重労働者が、今日もお湯割りを飲み干している。



「ここは焼き鳥じゃなく、実はシューマイと煮物なのだ。スポンサーがついたのだ、どんどん呑みたまえ。」



「君にはすまないと思っている。それもこれも全てがディケイドのせいだ。」



 誰がどう見ても人生の斜陽に入った中年男性2人、あの鎌田と鳴滝がカウンターで立ち飲みしていた。



「私は君の力を借りて、マスターに成り代わりこの世界の重心となる。君はディケイドを倒す。君のおかげで、私は他のアンデッドに対して絶対のアドバンテージを手にいれる事ができた。アビスもそうだが。全ては順調にいっている。」



「うむ。アンデッドマスターは実体があって無い存在だ。マスターの敷いた闘争の原理をその胸の中に抱くアンデッドが1人でもいれば、不滅なのだ。それに対抗する為には君に様々な世界の力を得てもらいたい。私の切実な願いだよ。」



 どうやら鎌田の目頭は煙にやられたものではないらしい。



「ビールはどうだ。」



 鎌田も鼻を押さえた。



「いや私はうめぼしで十分だ。」



「共に世界を。」



「共にディケイドを。」



 2人の間を焼き鳥の煙が漂う。



「ところで、例のモノは。」



 鎌田はハツをひと囓りした。



「これだ。違う世界で見つけた。」



 鳴滝は、ボンジリを横囓りしながら1枚のカードを取り出す。絵柄は三つ首の獣、文様はトランプ4種のどれにも属さない事を意味するワイルドベスタ、そのAのカードだった。







 BOARD(株)。

 この世界の脅威である『アンデッド』への対抗手段を、特許として独占し、半ば傭兵として働き、その支援金を以て営利とする民間企業。ライダーシステムという世界に4つしか存在しない希少な『バックル』を、会社の資産とし、行使できる者は、会社の社員に限定し、日夜経費の削減とアンデッドの完全封印を目指している。

 その装着者の資格は、数百人規模の社員全員にありながら、実際の装着者は現時点で1名、サクヤ・菱形のみである。それ以外の候補者は全て後方要員となり、純粋な戦闘集団として独特の階級が設定されている。待遇も厳格に決められたポジションはその実流動性があり、働きに応じて分単位で配置換えなどという事がこの会社では当たり前に起こる。つまり力量があれば即座に上の階級に上がれるが、少しのミスでそれこそ下に転落する可能性がどの社員にもありうるという事だ。社長天王路みゆきの方針は、公正な自由競争、でありそこから生まれる活性された組織活動をこそ、BOARDを企業力の根底であると自負している。天王路社長の果断な性格は、階級に応じた社内入出エリアの制限や社員食堂のメニューに格差を設けるところまで貫徹している。



「この度の世界的な大不況を受けて、我が社への支援金も大幅に削減される事になった。そんな中エース、」



 みゆきは個人名サクヤ菱形と絶対に言わず、階級で呼ぶ。



「は!」



 サクヤ菱形は手を後ろ組みに姿勢を正す。



「貴方の失敗は、会社に損害をもたらした。従ってエースより7へ降格。」



「は!」



 と即応しつつ、この社長室、自身と天王路社長の他に、学生服を着た少年がいる事が気になって仕様がないサクヤ菱形だった。



「素直ね。そういう子好きよ。どう、私と勝負してみない?」



「勝負?」



 またか、とサクヤ菱形は眉をひそめた。会社体質を決定するのはつくづく社長なのだ。



「この、」みゆきはデスクの引き出しから新品の鉛筆と細めのマジックを取り出す。「鉛筆の先に、今から数字を書く。」



 座席を回してサクヤ菱形に見えないように鉛筆をいじるみゆき。デスクに自動の鉛筆削りを用意し、差し込む。

 振り返り様、

 投擲、

 サクヤ菱形の鼻先を横切って、玄関の木製のドアにまっすぐ突き刺さる鉛筆、



「さすがハートのベルトを持つだけの事はある。」



 無表情だった少年が、その時けたたましい笑い声を発した。



「今の数字は?」



「3!」



 即答したサクヤ菱形。

 みゆきの目の色が輝きを増し、ドアまで革靴を鳴らしながら歩み寄る。その時やや首を傾けて振り髪を片側に寄せる、必然うなじが露出して強調される、その首の傾きのまま鉛筆をサクヤ菱形に手渡す。その時みゆきの眼はサディスティックな微笑みを称えた。



「おめでとう。まだエースと呼んであげる。」



 目を閉じて安堵するサクヤ菱形。その姿をケラケラと笑う少年。ひっかかり続けていたサクヤ菱形は、思わず声に出した。



「この子供は誰なんです?」



「私の秘蔵っ子。」



「秘蔵っ子なんですか・・・・・」



 それで納得できる男、サクヤ菱形。



「次はないわよエース。」



 サディスティックな微笑みが絶えないみゆきの視線に見送られ社長室を後にするサクヤ菱形だった。



「キング、」みゆきは少年にキツく言葉を発した。「貴方よキング、」



「ああ僕?」



 少年は社長室の窓に息で曇りを作って遊んでいた。



「次で『レンゲル』が誕生する。レンゲルの力はこの会社に無限の利益を産むわ。」



 社長は高笑いする。なぜみゆきという女はこれほど人を蔑むような笑いが似合うのだろうか。



「そして、我々は永遠の『バトルファイト』を、人間との戦いも組み込んだアンデッドの平和を勝ち取る事ができるのだ。」



 と男が1人、いつのまにかドアを背にして立っていた。頭髪を横から無理にセンターに流している、そうあの鎌田だった。

2 剣の世界 -進化の終点- その3








『メタル』



 紫紺の『仮面ライダーブレイド』、ラウズカードを刀剣の得物『ブレイラウザー』にスラッシュリードする。光と化すカード、胸プレートに吸引され、それはブレイドの力へと還元される。

 月に吠える異形、

 対するは『ウルフアンデッド』。目にも止まらぬ動きで左から爪を立てたかと思いきや既に背面に回り込んで強烈な蹴りを食らわせてくる。

 しかし、ラウズカードによって防御力を強化した不動のブレイドにはビクともしない。予めウルフの能力を熟知してその攻撃に対抗したブレイドは、続いて対手が攻めあぐねている間隙を見いだし、次のカードを繰る。



『マッハ』



 今度はブレイドの姿がウルフの視界から消え失せる。ウルフの右に突風、刹那右肩が抉れ、緑の血を吹いて倒れようとする前面にブレイドが現れたかと思いきや見えない刃の連斬でウルフを傷だらけに推しやり、振り返って逃亡を図ろうとするウルフの脚の腱を一閃、ウルフはあえなく転倒する。



『キック』



『サンダー』



『ライトニングブラスト』



 ウェェェェェェェ



 跳躍するブレイド。その蹴り脚の先に稲光が煌めく、

 必死に起き上がるウルフが頭上を見てしまう、

 ウルフの胸部に衝撃が走る、

 絶叫、

 アンデッド特有のエネルギーの瞬間放出、大気の爆裂が起こる。中心になお立つブレイドとなお五体満足なウルフ。しかしウルフのベルト、特有の青銅の光沢を帯びた楕円のバックルが、縦半分に裂ける。



「バトルファイトを・・・・終わらせる。」



 無地のラウズカードをウルフに投擲するブレイド。ウルフの肉体が光粒子のレベルにまで分解し、見る間に薄い1枚のトランプカードに吸引されていく。ウルフの肉体はラウズカードの図柄と化し、その力は、ラウズするものの為に引き出されるのみ。生きる事も死ぬ事も、生かされる事すら許されないそれがアンデットの『封印』だった。

 闇夜。人知れぬ公園の出来事。



「分かっているぞぉ。APは限界だとな!変身!」



 男のベルトのバックルが表裏逆転しダイヤの紋章が顕になる。



『ターンアップ』



 ビルの屋外非常階段から飛び降りる男がいた。



「サクヤ、おまえがギャレンになったのか。」



 サクヤと呼ばれた男は、飛び降り様『オリハルコンエレメント』、光の壁を透過し、戦闘スーツを身に纏う。濃紅の『ギャレン』だ。



 撃つ、

 ギャレンはその得物であるSMG『ギャレンラウザー』を連射、

 もろに受けるブレイドは、怯まず、棒立ちのままギャレンを直視していた。



「・・・・」



「先輩!なぜ黙っているんです!」



 ギャレンは叫ぶ。しかしブレイドは黙して動かない。その態度がギャレンのプライドを傷つけた。



「オンドルuregy&!>JKaaaa!(本当に裏切ったんですか!)」



 3枚のカードを取り出すギャレン。



『ドロップ』



『ファイヤ』



『ジェミニ』



『バーニングディバイド』



 ZAYOKoooooooouuuuuu!



 3枚のカードがギャレンの胸板に光となって張り付く。跳躍するギャレン、その軌跡は鋭角的な放物線、跳躍頂点に達した時、腰を捻って錐揉みし、蹴り落としの体勢でブレイドに直下降下、その踵には炎が吹き上がり、しかもギャレンはその体勢のまま2体に分離した、どちらかが虚像ではない、



「サクヤ、もっと勉強しろよ。」



 ブレイドはそう言って、先程封印したばかりの狼のカードをラウザーにスラッシュした。



『チャージ』



 続けざまに次のカードをスラッシュ、



『タイム』



 ギャレンの蹴り脚が激突、

 亀裂が走る、

 炎が巻き上がる、



「いない?」



 だがギャレンには手応えが無かった。

 地面に亀裂を走らせても、大気と緑を炎上させても、その中にブレイドの姿は無かった。

 ラウズカード『タイム』。時を止める効果。







「エースにしてやったのに、失敗ね。」



 今1人。サクヤのいた非常階段のさらに上、ビルの屋上に佇むライダーがいた。2本の反り返った長い角、ハート型のアイマスク、漆黒の『カリス』。その細く美しい四肢の佇まいは優雅ですらある。



「降格しちゃいなよ。みゆきお姉ちゃん。」



 その背後に学生服を着た少年がいた。襟を何度も触って落ち着かない。



「ムツキ、社長とお呼び。一度くらい私との勝負に勝ったからって図に乗るんじゃないわ。ライダーは全て、私が雇う社員なんですからね。」



 そのブレイドとは違うハート型のベルトバックルを取るカリス。水飛沫のようにその姿が弾け、1人の、鼻のラインと顎のラインがパーフェクトな美貌の女性が表れる。その姿はスーツ。細い四肢にやや小さめのサイズを着こなして、男装でありながら実に見事にその女性を演出している。みゆきと呼ばれた女性は、緩んだネクタイを絞め直す。その動作は首筋の細さを注目させる演出かもしれない。



「僕用のエースのカード、早く欲しいな。社長。」



 ムツキと呼ばれた少年は、少年らしい不敵さで社長の眉の動きに気づかない。



「その為にもまだギャレンには働いてもらわないとね。貴方も、今日から我が社の社員になるわけだから、ムツキではなく、キングと呼ばれる事になるわ。」

2 剣の世界 -進化の終点- その2







 クハ



 と白目で羽黒レンが息を吹き返す。ユウスケは頭を抱き起こす。



「レンさん!」



 レンは皮肉な笑みを浮かべる。



「まだ性懲りもなく、生きているのか。」



 やや曲がった腹部の痛みで呻き、逆にその痛みのおかげで失神しないで済んでいるレン。



「あの鏡の中で、2人が戦っています。」



「そうか、お互い、パートナーには苦労させられるな・・・見せてやろう・・・」



 レンは自身の『カードデッキ』を取り出しユウスケにそれを掴むように指示した。



「これが・・・・ミラーモンスター・・・士、後ろを見ろ!」



 ユウスケの見た光景は圧倒的だった。ディケイドの姿、それを囲むように何十という金属質でカラフルな体皮を持つ巨大な化け物が呻いている。



「シンジは・・・・」



 そのモンスターめがけて、2匹の、全く同じ龍の姿をしたドラグレッダーが口から炎を吐く。圧倒的な火力の合力がモンスターの半ばを焼き尽くした。

 その炎の壁を突っ切って、巨大な鮫、アビソドンがディケイドに迫る。

 だが次の瞬間、ユウスケは目を見張った。



「オレの姿・・・・・・」







 なにか聞こえたような気がする。



「分かっている」



 ディケイド、迫る疾風を背後に触覚しながら、2枚ブッカーよりカードを取り出す。



『KAMEN RIDE KUUGA』



 その姿はユウスケの変身したクウガ、先の龍騎と同じ、バックル以外その姿になり、その能力を行使できる。キックもブッカーも補助的な装備に過ぎない。これがディケイドの本来の力。



「サメは銛を打ち込むのが一番。」



『FORM RIDE KUUGA PEGASUS』



 カードを挿入し、姿がさらに変わる。クウガの緑の力へ。変身しつつブッカーを展開、クウガの分子再構成の力でペガサスボウガンへと変貌させる。こうして幾種類の姿と攻撃をカードによって使い分ける。これがディケイド。



 疾風を一旦聴覚だけで回避、

 前転しつつ、腕はボウガン背部レバーを引く、

 ボウガン銃口に大量の空気が送り込まれ、内部で圧搾、ディケイド-クウガのエネルギーと相まって一塊の弾丸と化す、

 反転するアビソドン、今度は地上1メートルを滑空し迫る、

 ディケイドの胸を切断かというスレスレ、転ぶようにスウェー、いやバック転のように両足は宙を舞い、その銃口は真上、至近でアビソドンの腹を狙っている、

 発射、

 反動で地にたたき付けられるディケイド-ペガサス、

 上から突き上げられる衝撃に触角が上向くアビソドン、

 そのアビソドンの横腹めがけて、ドラグレッダーの尾が叩きつけられ両断、

 爆破、



「やったな。」



 ドラグレッダーから姿を戻し、地に降り立つ龍騎。



「当たり前だ。」



 その龍騎の手を掴み起き上がるディケイドは既に元のフォームに戻っていた。



「私に勝てるライダーはいませんよ!」



 アビス、ディケイドに踊り掛かる。歩調を合わせて残り9体のライダーと契約モンスターもディケイド1人群がった。



「ああ、みんなそう言うんだ!」



 しかし上空よりドラグレッダーが吐く炎の渦が、ディケイド周辺のライダー達をことごとく駆逐していく。



『FINAL ATTACK RIDE ryuryuryuRYUKIii!』



「はぁ!」



 跳躍するディケイド、

 それを取り囲むように舞う2匹の紅い龍、

 渦が起こり、その気流に錐揉みするディケイド、

 2匹の龍がディケイドの背面に回り込む、

 ディケイド、蹴撃の体勢、

 ディケイドに向かって火を吹く2匹の龍、

 炎を纏って対手に向かって降下急襲、



「うぁぁぁぁぁ」



 アビスに直撃、

 炎は『ガイ』に移り、

 『ライア』は炎圧で転がり、

 『王蛇』は地面に転がりながら摩耗、

 モンスターは全て光の珠となり、10人いたライダーは全て地に伏した。



「やったな。パートナー。」



「また言わせるのか?当たり前だ。」



 頷き合う2人のライダーはしかし、地に倒れ、ライダーの姿を除装した10人の人間が立ち上がる姿を見て愕然とする。



「全て、鎌田・・・・」



「緑の血、」



 鎌田という中年から老年に差し掛かり、頭髪の寂しさを右側のまだ伸びる髪を強引にセンターに寄せて隠す痩せた男が立つ。

 また1人、頭髪の寂しさを右側のまだ伸びる髪を強引にセンターに寄せて隠す痩せた男が立つ。

 さらに1人、頭のハゲを隠す男が立つ。

 ナイトに倒されていた男もまたハゲ。

 それら全て、11人全てが同じ鎌田という男の顔だった。11人の鎌田が同時に負傷に呻き、11 人の鎌田が同時に嘲笑った。

 それらの姿が全て半透明になって折り重なっていく。11人の鎌田が今1つに。



「紹介しよう。私の友人、パラドサキアンデッドっっっ!」



 1つになった鎌田の背後より現れ絶叫する別の男が1人。縒れた帽子とコートを纏った中年。鳴滝だ。



「アン、デッド?」



「アンデッド、地球の生物それぞれの種の始祖、互いに戦い合い、最後に人類の始祖が勝って地球の支配者が決まった。緑の血を流す・・・・なんでオレは知っている。」



 士達は既に変身を解き、対面の奇っ怪な2人を唖然と眺めていた。



「この世界の実験も終わりだ。そろそろ行くとしよう。」



 鳴滝がそう言って手を振り上げると、例のオーロラの壁が彼と、鎌田を透過していく。ちなみに鳴滝が何をこの世界で実験していたか、終生士が知る事は無かった。



「ディケイド、この世界もおまえによって破壊されてしまったぁ!」



 そう、なぜか大笑いして姿を消す鳴滝と鎌田だった。

 唖然とするシンジと士。



「誰だ、あの中年。」



 士の疑問に答える者はもはやいない。

 もう既に、次の世界への旅は始まっていた。

2 剣の世界 -進化の終点- その1







 『ミラーモンスター』が飛び交う『鏡の中の世界』。地下駐車場、車のボディの反射とガラスを伝って13のモンスターが互いを攻撃し合う。畜生等は現実には形を成していない。光が反射する、その中だけに存在する。モンスターにはそれぞれ‘契約’する鉄仮面の主達が居り、彼らも鋼鉄のスーツを纏って、光の反射だけの世界で我を忘れたように戦い合っていた。

 ここは『龍騎の世界』。



「レンさん、どうしてオレなんかを助けた!」



 滴るオイルが匂う暗い路上。辰巳シンジは仰向けで伏す羽黒レンを抱きかかえた。



「パートナー、なんじゃ、ないのか?」



「ごめん。オレが、オレ、あんたを誤解してた・・・」



「1人と差し違えてこのざまか・・・戦ってくれ・・・・・オレの代わりに、編集長、玲子を頼む。あれはオレと似て、ただの寂しがりなんだ・・・・」



「レンさん、レンさん!」



 眼を閉じたレン。叫ぶシンジ。シンジの手には『カードデッキ』が握られている。



「ボヤボヤするな、」



 マゼンダの輝きを放つライダーが1人、シンジの背後に立っていた。ディケイドだ。

 その手には数枚のカードが握られており、光を放って絵やロゴを浮かべる。



「士、おまえは‘ミラーワールド’に入れないだろ。」



 ディケイドに叫んだのはユウスケ。なぜ『クウガの世界』のユウスケがこの世界にいるかは据え置く。



「オレに抜かりは無い。」



 ディケイド、バックルを開き、カードを挿入。



『KAMEN RIDE RYUKI』



 姿が変わるディケイド。バックルだけはそのまま、それはそうまさに『仮面ライダー龍騎』。



「ウソだ、変身!」



 シンジが訝しんで立ち上がり、カードデッキを車のミラーに翳す。現れるベルト、填るシンジの腰、カードデッキをバックルに横填めすると、鏡からスーツ、『仮面ライダー龍騎』のスーツがシンジに装着される。



「おまえの姿借りたぞ。そうか、ミラーモンスターってのはあんな玩具みたいな形してんだな。」



「鏡?」



 唖然とするユウスケに、ディケイド-龍騎が叫んだ。



「そいつはまだ助かる。」



 悠然と車のガラスへと歩み寄るディケイド-龍騎。このままでは激突する。構わず突っ込む。しかし割れない。そのまま反射の中に吸い込まれていく。



「仇は討つ!シャーっ!」



 龍騎は一足で車のガラスに飛び込んだ。割れない。やはり反射の中に入り込んでしまった。

 1人取り残されたユウスケ、眼を閉じ動かないレンの心臓に耳を充てる。



「オレ、どうすんだよ、士!」



「肋全部折っていい!」



 鏡の中からパートナーの声を聞き、ユウスケはハッと表情を変え、レンの心臓に両掌を重ね、体重をかけた。







 龍騎、

 ミラーワールド突入直後に『ベルデ』のヨーヨーを受け軽く脳震盪を起こす、

 その隙を伺って『ライア』がムチで龍騎の首を絞める、

 動きの拘束された龍騎に『ガイ』が角でメッタ撃ちにする、

 ディケイド-龍騎、

 突入した途端『タイガ』の突進に見舞われる、しかしこれを紙一重で躱し、後頭部を殴りつける、

 上空から『ファム』が襲い来る、すかさずライドブッカーをソードモードに、掬い上げるように撫で、『ファム』の得物を両断、

 『インペラー』が脚をそそり上げて向かってくる、脚を回避し肌が接触する程肉迫、腰の捻りだけの肘打ちで顎、

 『ゾルダ』が雨のように銃弾を浴びせる、『インペラー』の首根っこを掴んで盾にして防ぎ、反撃にライドカードブラストを発動、同じ銃の連射で圧倒、

 『インペラー』を投げ飛ばし、そのまま弾幕を龍騎周辺の敵に向けて蹴散らすディケイド-龍騎、龍騎の危機を救い、なお10体はいるだろう敵ライダーのほとんどをその弾幕で威嚇、

 だがそんなものに気にも止めず駆けて来る『王蛇』、得物で銃弾を弾きながら肉迫してくる、銃は諦めソードモードに切り替え数合打ち合う、

 その打ち合いを狙って上空より『オーディン』の契約モンスター『ゴルドフェニックス』が金色の羽根を降らせる、数十の羽根が近接爆破、これにはディケイド-龍騎もたじろぐ、たじろいで姿がディケイドに戻る、

 ディケイドの視界には、10人いるライダー、

 対手の数が多いという事は、対手の方が手数がどうしても多い、何人かと差し違えても他の何人かは残る、不利は免れなかった。



「お返しだ!」



『アドベント』



 火のような龍が降臨、『ゴルドフェニックス』を口からの炎で払い除け、続けざまに火を噴いてモンスター達をたじろかせる。それは龍騎の契約モンスター『ドラグレッダー』。



「力の強い者が判決を下す。ならば、この場で私が死刑を申し渡す。」



 というのはサメ型モンスター2匹と契約したライダー『アビス』。その頭部はまさにサメの触角。



『ファイナルベント』



 契約モンスター、『アビスハンマー』、『アビスラッシャー』が宙で合体、その姿は巨大なノコギリサメ、『アビソドン』だ。

 宙で絡み合うと『アビソドン』と『ドラグレッダー』、サメは龍騎等に向かってそのノコギリを刺そうとあくまで突進、締め付けてそれを阻止する龍。

 だがそうなると群がるモンスターの数が龍騎とディケイドを襲う事になる。



「オレ達は弱くても、愚かでも、独りじゃない。」



「今はオレ達がチームだ!」



 ディケイドが1枚のカードをバックルに差す。



『FINAL FORM RIDE ruyryuryuRYUKI!』



「ちょっとくすぐったいぞ。」



 ディケイドが龍騎の背に触れると、龍騎の胴が左右に割れる、左右の手足が揃って並び、左には龍の頭、右には龍の手が生え、それはまるで『ドラグレッダー』だった。