2011年2月22日火曜日

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その22









「ムム、素晴らしい、士君随分腕を上げたね。」

「イヤイヤお爺ちゃん、これは由里って子が士クンのカメラで撮ったものです。」

 どうせそういう事でしょ。

「どっちでもいいだろ。」

 あ、ズボシだったんだ。
 士クンはどうやらこの世界でやるべき事を済ませて帰って来たようだ。またまたあのCOMPLETEのカードを眺めて、シンボルが1つが増えた事に喜んでいる。
 ワタシは、ずっと倒れたユウスケを看病していた。今も前髪を逆向けて絞ったタオルをデコに充てた。もうこの世界に来てから何回やった事だろう。最初は唸って汗が引かなかったが、今はようやく落ち着いて、ワタシも適当に目を離して家の事ができるようになった。

「これは、士クンの写真ですね。これからも2人、同じモノを見ていくんでしょうか・・・」

 もし大好きな人がこの世界で怖れられている怪物になって、それでもってこの世界で一番頼りになるヒーローだったら。
 ワタシなんでこの写真をずっと眺めてるんだろう。ワタシいったい何を考えてるんだろう。

「ユウスケ、」

 !

「・・・・・、ここは・・・」

 唐突にベットで寝ていたユウスケが起き上がった。お爺ちゃんがまず驚いて、振り返ったワタシは声も出なかった。士クンは、まるで敵意の眼差しだった。
 あまりにもオカシなユウスケの姿。
 何がオカシイかって、飛び起きたユウスケの眼は血走ってるにも限度がある程赤くて、髪の毛なんか逆立ったままピンピンで寝癖どこじゃなくて、序でにこんな事まで言い出したところだ。

「オレ!参上っっっ!」

 一同、愕然。

 静まりかえった写真館に、背景ロールの音が今日はヤケに大きく聞こえた。

「曼荼羅・・・」

 士クンはその風景画をそう言った。
 再び降りてきた背景は遠近法で描かれた絵だった。子供が書いたような素朴な動物や人間が、海を割った中央の大地を次から次へ手前に歩いてくる。その奥には光の中で神っぽいモノが歩く生き物達を見守っている。これはここまでなら聖書の縮図で、士クンが言うなんとかにもなんとなく構図が似てる。でも、それを一切合切台無しにするのは、人々が歩いて出てくるのは普通なら舟のはずが、カモノハシに似た電車だ。

「オレっっ!参上ぉぉぉぉ!」

 次の世界への旅が始まった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その21









 細い腕がベルトを掴む。

「由里ちゃん!」

 そう、タクミの隣にはずっと由里がいた。由里は、小刻みに震えながらベルトを巻く。自分に。たどたどしく携帯のボタンを押し、バックルに装填。

『コンプリート』

 無感情に響き渡る電子音。紅い格子が由里の肢体を包む。現れる姿は紛う事ない仮面ライダーファイズ。

「由里ちゃん・・・」

 タクミはその意味を完全に理解した。

「やっぱり、そうだよね。」

 放心したように自分の掌を見つめるファイズ。その間隙にライオの攻撃を潜って踊り来るセンチピードの一体。

 蹴り、

 それは軽く右脚を上げただけの、腿だけの蹴りだった。鳩尾に食らって制止するセンチピード。いやもはや動く事はない。そのまま瞬時に灰となって崩れた。
 自分の体全身を眺め出すファイズ、呆気にとられて立ち尽くしていた。

「スキじゃぁぁぁ」

 ファイズの復活を過剰に捉えたセンチピード、もはや支離滅裂となって一斉にファイズに突撃、特攻を敢行した。

『スタートアップ』

 囲まれムチ打たれる、だが体が透過する、それは残像、既に超高速の域に到達している。

 頭上に輝く無数の杭、杭、杭、
 声を上げる前に既に刺し貫かれ、一掃されるセンチピード、

『3、2、1・・・タイムアウト』

 タクミの眼前に現れる、もはや迷う事無く残ったオルフェノク2体を睨む。

「おまえ、」

 士が立ち上がる。ブッカーより光り放つカードが数枚士の手元に踊り出て模様を明確にする。

「もう守ってもらうだけの女はイヤ。」

『エクシードチャージ』

 足にポインターを装填、跳躍しローズの頭上へ蹴撃の態勢で突っ込むファイズ。

「小娘がファイズだと!」

 ライオトルーパーに絡みつかれ、華麗な体術でなぎ払うローズだったが、頭上の脅威に対処できない。

 脳へ入るクリムゾンスマッシュ、
 脳で受け止め、なお抵抗するローズ、

「私は重心になるっ」

 ローズの脳から無数の花びらが放出、
 弾き返され、宙で態勢を崩したファイズ、
 そこへローズの撓る腕が突き上げられる、
 士達の元へ吹き飛ばされ、転落様ベルトが着脱、由里の頬に擦り傷が付く、

 ぐぉぉぉぉ

 だがローズもスマッシュを食らったエネルギーが全身を駆け巡り、青い燐光の炎を放って灰と化す。

「友田由里、最後通告だ。君は言わばボクの力で蘇った。ボクには返しきれない恩ができた。さあ、今なら見逃してやる。そのファイズギアを渡し、そして正しい生き方をするのだ。」

 ただ1人残ったタイガーはしかしこの形成に至っても怯まない。

「由里ちゃんは、おまえ達と同じじゃない!」

 タクミがまず叫んだ。

「私は戦う、人間として、ファイズとして!」

 再びバックルを拾う由里。
 一方のタイガー、触手をローズだった灰に伸ばして光を与え即座に復元させる。

「この通り、ボクがいる限り、オルフェノクは永遠に不滅だ。」

 ローズも手もみする。

「そして彼の能力を奪えるのは私だけ。つまりこの世界のオルフェノクは我々に従うのが正義なのだ!」

 2体の怪物が少年と少女、そしてもう1人を睨みつける。

「由里、いいか倒しても。」

 士はそれだけを聞いた。

「私は、いえ、人間はあんな奴に頼らなくても、いっしょにいられる。」

「そうか。」士は怪物2体に振り返る。「こいつらが欲しいのは絶対の支配者じゃない、洗濯物が真っ白になった時のようなすがすがしい笑顔、ただそれだけだ!」

 由里の隣に並びディケイドライバーを腰に宛がう士。

「キサマ何者だ!」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ。」

 由里がファイズフォンをバックルへ差し込む。
 士がライドカードをバックルへ差し込む。
 同時に光を放って姿を現す2人のライダー。

「刃向かうのか!」

「裏切り者め!」

 突進してくる2大オルフェノク、

『ATTACK RIDE BLAST』

 弾幕、
 まるでカードのような光弾が宙を舞うように曲線を描きながらオルフェノクの顔面中心に被弾、
 寡黙に控えていたディエンドがドライバーで視界を塞いだ。

「海東、オレ達が決める。」

 だがそんなディエンドを敢えて制したディケイド、カードを一枚バックルへ装填、

『FINAL FORM RIDE fafafaFAIZ!』

 そうした上でファイズ後方へ回り込む。

「ちょっとくすぐったいぞ。」

「え、痛くしないで。」

 ファイズ頭部が扁平な板で囲まれ、両腕があり得ないメカニカルなギミックで背中に回り込み、宙に浮いて足先にノズルが出現。ディケイドが抱え込んだその姿は、肉体全身を銃身とした巨大なキャノン砲。『ファイズブラスター』。

「重心だぁぁぁ!」

「不死身だぁぁぁ!」

 異様に驚愕し、だからこそアグレッシブに突進する両オルフェノク、
 その差数メートルというところでブラスターのノズルを突きつけられ、怯んで横に回避しようとする2大オルフェノク、
 発射される紅い光芒、
 横薙ぎに光芒を叩きつけられ、はるか後方校舎の壁に亀裂を作るのはタイガー、そのままあっさり灰と化す、
 ローズは光芒から逸れて、地に転がる、

『FINAL ATTACK RIDE fafafaFAIZzz!』

 立ち上がったローズに合わせ、撃ち放たれるのは、巨大な紅い紡錘、即ち杭。

「たかだか若造共がぁぁぁ」

 踏ん張りながらも杭の圧力に足を引きずるローズ、
 この段階でブラスターから姿を戻すファイズ、
 ディケイドとファイズが並んで跳躍、

 ヤァァァァァァァ

 ローズの目に映るライダーの動きは、驚く程スローに流れて向かってくる、それに対処する事ができない憤りがスローであればあるほど焦りとなる、
 杭を押し込む形で蹴撃を加える2人のライダー、
 ローズの肉体を透過、
 ローズにはもはや痛みすら無い、
 ローズ後方へ着地し、やや地面を滑るファイズとディケイド、
 ローズは振り返り、だが燃え、立体を崩して石畳の平面に薄く灰がバラ撒かれた。

「終わったな。」

 ディケイドは両掌を2回叩く。

「まだよ。」

 ファイズは校舎の壁、亀裂の入った壁を注視している。

「ボクは、不死身だぁ・・・」

 灰が寄り集まって人の形を作る、見るからに体力の消耗の激しい百瀬がなおファイズ達を睨み返していた。

「いや、大体分かっている。」

 だがディケイドは言う。

『KAMEN RIDE BLADE』

 そうしてなぜかブレイドへ変身。

「オレは倒せない。たとえファイズでもな。何度でも、何度でも蘇り、仲間を増やし、いずれ貴様等を!」

「前の世界ではな、不死身は当たり前なんだ。そしてその対処法も、既に分かっている。」

 ディケイド-ブレイドはブレイラウザーを抜く。

「そういう事。」

 百瀬に向かって放たれたのは1枚のカード。しかしそれはディケイドが投擲したものではない。

「海東、」

 タイガーに刺さるカード、それはブレイドの世界でディエンドが得た『ケルベロス』。百瀬の胸に突き刺さり、百瀬全身を翠の発光で包む。その内百瀬の肉体が翠の光に押しつぶされ、その姿を1枚のカードへと変貌させていく。それはケルベロスの封印の能力。

「士、このお宝は、貰っておくよ。このもっとすごいお宝を。」

 手元に自律的に舞い戻った2枚のカードを眺めて今にも踊り出しそうなディエンドが除装し、怪しい程屈託の無い笑顔を晒す。

「こいつ、そういう事じゃ。」

 士もまた呆れた顔を晒す。だが視線は、少年と少女に注がれていた。

「これ、由里ちゃんのカメラ。」

 タクミは既に変身を解いた由里に637を渡す。一度手にした由里はしかし、迷った挙げ句タクミに突き返す。

「タクミが、これからはこのカメラで、みんなの笑顔を撮っていって。私は、もうその資格が無いから。」

「ダメだよ由里ちゃん。」

「私は、私の事が怖いの。人を裏切るかもしれない。」

「だったら、ボクを信じて。由里ちゃんを信じてるボクを信じて。」

 顔を両手で覆って泣き崩れる由里。

「行こう。」

 そんな由里の手を取るタクミ。2人は互いに637を掴んで、士に背を向け校舎へと歩んでいく。

「オレもあんな頃があったのかな。」

 士のトイカメラで撮った写真は、少年と少女の背中に、2人が手にするトイカメラが重なっていた。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その20









 絶叫と嬌声が学園に響き渡る。
 それはたった一体のオルフェノクによる懺劇。
 学園で中の下の成績の沙耶は、友達の里奈といっしょに、城金君と1日1回すれ違う事が日課だった。今日もそうだった。ところが今日はどういう訳か城金君が立ち止まってくれた。沙耶と里奈に微笑みを投げかけてくれた。うれしさのあまり失神しそうになった。
 しかし彼の姿がおぞましいものへ変わった。
 沙耶は美しいガラス玉が砕ける音がした。
 だが沙耶はまだ幸いな方である。
 沙耶は叫んだ。しかし里奈は叫ぶ前にムカデの化け物に首をへし折られていた。
 涙が溢れた。哀しいとか苦しいとかそんな理由が思い浮かばない涙だった。涙を流しながらただ逃げた。校庭に出ればまだたくさんの人に助けを求められる。
 そんな沙耶の希望は儚く消えた。
 なぜなら、校庭にいる生徒皆が、その足の数ほどに溢れたムカデの化け物に囲まれていたのだから。
 だが沙耶の恐怖はそれまでほんの前奏だった。本当の恐怖は、先程死んだはずの里奈が、自分の方を軽蔑した笑みで眺めたその時起こった。
 遠くで写真部の子の声が聞こえてきた。城金君に色目を使っていたに違いないあの子が、沙耶に向かってなにかを叫んだ。
 だが沙耶にはなにも聞こえなかった。
 里奈の姿が変わった。姿が変わった里奈が、沙耶を貫いた。
 残念ながら、いや幸いな事に沙耶は、灰にしかならなかった。



「やめてっっ!」

 友田由里の叫びは、学生達の悲鳴でかき消され、圧倒するパニックに立ち止まる事すら命の危険に感じられた。
 追い立てるのは、城金が変化したオルフェノク。十数体に分裂して、ムチを地に打って少年少女達を校庭に囲む。その群れの中半に由里がいた。

「運が良ければ、ボク達と同じ、オルフェノクになれる。」

 十数のセンチピードを人間の姿で指図するのは百瀬。その隣には学園長も立っている。学校公認の儀式である事に気づいた生徒の方が絶望が深かったろう。この2人に、センチピードによって化け物にされた生徒達がユラユラと寄り集まってくる。

「ここに宣言する。進化した優性生物であるオルフェノクがこの世を治め、そしてオルフェノクの生殺与奪を私が担う!」

 百瀬がタイガーオルフェノクへと変貌し、学園長もまた、その頭蓋にバラの花びらが咲く細身のオルフェノクへと像が代わる。

 伸びる触手、

 バラのオルフェノク、ローズが寄り集まるオルフェノクの中の一体、イカの像のそれを貫いた。たちまち元の女生徒に戻る。先程自らの手で友人の命を奪った彼女は困惑し、自分の掌をマジマジと眺める。叫び、泣き、ローズにすがりついて力を戻してくれるように懇願する。ローズは彼女の頭を掴んで180度回し、突き飛ばした。

「即ち、この世界から消えた王に代わって、私がこの世界の重心たる!」

 女生徒の遺骸は仰向けに倒れた。幸いな事にその苦渋の表情は地面に埋もれて見えない。

「狂ってる・・・」

 その一部始終を目撃した由里は、大人の世界の穢れに直面したのと同じ嫌悪を抱く。呆然となって、揉まれている内に首にぶら下げていた637が千切れて石畳に転がる。転がった先はタイガーオルフェノクの眼前、気づかずに踏み進もうとするタイガー。

「やめろぉぉぉぉぉ」

 異形の足にしがみつく少年がいた。
 圧倒的な怪物の片足を、少年は震えながら体全身で引き留めた。
 震えは紅潮した顔に涙と鼻水を流させる。

「タクミ・・・・」

 由里が少年に気づく。

「このカメラは、由里ちゃんの夢だ・・・」

「人間のくせに!」

 タクミに気づいた後、足下にカメラがある事にようやく気づいたタイガーは、付き合う必要も無いのにムキになってカメラを潰そうと力をいれる。

「ボクがいいと思ったものを、由里ちゃんもそう感じた。」

 タクミ、そしておそらく由里の脳裏に浮かぶのは、タクミが黄色い花のインスタント写真を由里から貰った経緯。少年と少女だけの記憶の1コマ。

「それだけの事が、泣きたくなるくらい、大切だった。」

「タクミ!」

 思わず群衆から抜けだして駆け寄るのは由里。由里は転がった637を掬い上げ、タクミの腕を掴み一直線に逃げようとする。

「失望したぞファイズ!」

 だがタイガーの足がタクミの背に蹴りを打ち込み、由里もろとも石畳に這いつくばらせる。

「だから!」窒息しそうになりながらもタイガーを睨むタクミは、由里を背に大きく手を広げた。「守ると決めたんだ、由里ちゃんの夢を!」

 タイガーは自分の爪を眺めている。背後からローズオルフェノクが肩に手をかけ制止した。

「知ってるかな。夢っていうのは呪いと同じなのだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま。」

 ローズが手もみし出す。自分で片付けるつもりだ。

「知ってるか。夢を持つとな。時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなる、らしいぜ。」

 背後であった。
 ローズとタイガーが揃って振り返る。
 そこにはマシンディケイダーのエンジンを既に止め、その長い片足をガスタンクの上に窮屈に乗せている門矢士。

「裏切り者のオルフェノクを庇うつもりか、人間が。」

 タイガーが挑発している間にも、センチピードの群れが士を包囲しつつある。

「オルフェノクだ人間だなんてもんは関係ない。そいつはただ、自分にとって大切な物を守ろうとしただけだ。」

「そんな、」ローズは由里の手にあるトイカメラを指す。「ちっぽけなものをか!」

 士は、ドライバーを取り出し、腰に充てる。

「ちっぽけだから、」それはもはや激昂だった。「守らなきゃいけないんだろ!」

 ドライバーからベルトを射出、士の腰に固定、士はバックルを左右から広げてリーダーを回転、そうした上で改めてブッカーを手に取り開いてカードを取り出し装填。

「変身」

 バックルを閉じる。

『KAMEN RIDE DECADE』

 9つのシンボルが士を中心に縦横に走りそれぞれが人影を形成、士に折り重なると、マゼンダを基調としたスーツが纏われる。

「人間1人が、ボク達3人を対手にするというのか。」

「奴に好きにさせるな!」

「ぉぉぉぉ」

 ローズの指示に一斉に飛びかかるセンチピードの群れ。
 ライドブッカーからキバのカードを取り出したものの、圧倒する数のムチに防御に腕を取られるディケイド。

「ベルトだ」

 タイガーの叫び通り、幾本ものムチがディケイドライバーへ触れ、ついにはバックルがはじけ飛び、士が頭から石畳に落ちる。

「・・・・・」

 地に着いた掌の痛みで、擦れている事を自覚する士。

「ただの人間が、数の力に敵うものか!」

 ステレオで激昂するセンチピードが士を取り囲み、ゆっくりと輪を狭める。

「士、無様じゃないか。」

『KAMEN RIDE RIO TROOPER』

 電子音と共に現れる無数のライダー、まるでギリシャかローマの軽装な鎧を纏い、逆手にナイフを握るその仮面は『ライオトルーパー』。10体出現し、奇襲気味に8体、半数のセンチピードを葬り去る。その背後、長身の銃を右手に、ファイズギアを左手にしたシアンのライダーが立つ。

「おまえ、何しにここに。」

 ライオトルーパーはそのままタイガーやローズにも踊り掛かり、場を混乱させ、その間襲われていた学園生徒が怪物達から距離を置いて怖れから立ち止まって眺めている。
 シアンのライダー、ディエンドは未だ伏したタクミの眼前に立ち止まる。

「ボクの旅の行先は、ボクだけが決める。」

 そうして左手のベルトをタクミへ転がすディエンド。

「でもボクは、もう、」

 タクミは指の先にあるファイズギアを取ろうとしない。

「知っている。この世界でライダーになれる者は、死から蘇ったオルフェノクだけだ。ボクはただ、もっと大切なものとやらがあるなら、もうこんなものに興味は無いって事さ。」

 死から蘇ったオルフェノク・・・、

 細い腕がベルトを掴む。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その19









 士の耳に波の音が聞こえた。
 そこは海岸。満潮になれば間違いなく海に沈む磯。

「ようやくこの時が来たね。ディケイィドぅ。」

 目は充血している鳴滝だった。

「鳴滝、おまえの目的が大体分かってきたぜ。」

 そんな風に言うしかない士の鼻が潮の香りでツンとする。

「喜んでくれ。君の為に最高のライダーを用意した。」

 鳴滝の心臓が初恋の乙女のように高鳴る。
 士は大気の流れが変わった事を感じた。
 迫ってくるオーロラの壁、過ぎった後の岸壁に立つ姿は真黒のライダー。

「リュュュュウガァァァ!」

 眼前に立つのは『龍騎の世界』の、士と共に戦ったシンジとうり2つ、ただカラーリングだけが漆黒というライダー。『龍騎の世界』で屈指のパラメーターを持つリュウガ。
 その龍頭を模した左腕ガントレッドが士に向けて振り上げられた。

「冗談、」

 士は不安定な足場ながらも、ステップで躱す。
 本来『龍騎の世界』のライダーはミラーワールドモンスターとの契約によってスーツに力をトレースする。それをただの人間が着込むのが基本だ。スペックが上がるものの、反射や動作は人間のそれを越えるものではない。このあたりがアンデッドと肉体的な融合をする『剣の世界』や、コンピューターがサポートする『ファイズの世界』と違うところだ。

「ぐわ」

 だが掴まると、そのスペックが否応無く牙を剥く。たった一撃掠った風圧で、突き飛ばされ砂浜を小石のように転がる士。いや砂浜である事がむしろラッキーだったかもしれない。

『ストライクベント』

 間合いを置いて、鳴滝と立ち並ぶリュウガ、アドベントカードを使って片腕にドラグクローを装着。

「さようなら、ディケイィドぅ」

 人生最大の瞬間を噛み締める鳴滝だった。
 士は大気の熱波を感じた。それは明らかに眼前で構えるリュウガからにじみ出るエネルギー。

「いいのかい鳴滝さん、士を倒してしまうとアナタは恨む対手をこの地上から失うんだよ。」

 突如砂浜に響き渡る細い男声。
 鳴滝は顔を引き攣らせた。

「待てぇ、リュウガぁ!」

 気流が奇妙に乱れたのを感じる士、
 士と鳴滝の間を真っ二つに出現するオーロラの壁、

「海東、」

 轟く銃声、
 オーロラの壁が破砕、
 中から現れたのはあの優男海東、
 右手にはディエンドライバー、左の指には既にカードを挟んでいる、

「変身、」

『KAMEN RIDE DIEND』

 出現する3つのシンボル、3つのカラーリングが同じ形の実体と化して縦横に駆け巡り、最後に海東に集約、全身をシアンに塗り込めたライダーが出現する。

「リュウゥゥゥガァァァ」

 という鳴滝の叫びも空しく、ディエンドの弾圧に抑止され、急接を許してしまう。

「龍騎系はカモだね」

 銃撃を止めて、拳が入る距離まで近接するディエンド、
 銃撃が止んで、拳で応じるリュウガ、
 ディエンドの拳がリュウガの顔面に入る、
 リュウガ、微動だにしないでガントレッドを腹部、
 壁にボールが跳ねるように押し返されるディエンド、
 しかし宙をバック転、
 重心を崩さず着地、
 リュウガが追い打ちをかけチャージ、
 だが既にディエンドはリュウガの背面に回って、なお勢いを殺さず顔面に運動量ごと拳を叩きつける、
 姿勢を崩すリュウガ、
 軸回転したリュウガの背面へなおも回り込んで同じように運動量で一撃するディエンド、 2回と言わず4回、5回と一撃離脱を繰り返すディエンド、
 リュウガ、反撃しても全てその脅威の速力によって回避されてしまう、
 その仮面に守られているものの、ついには重心を崩し倒れ地を舐め転がるリュウガ、

『アドベント』

 しかしリュウガの転倒は、ディエンドにとって攻撃の難しい姿勢だった、
 リュウガ、その間隙に転倒したままバイザーへカード装填、
 それはリュウガの契約モンスター『ドラグブラッカー』を召還するカード、
 降臨し一旦リュウガを周回、吠え、ディエンドに突撃、長蛇のボディがディエンドを掠め、末端の刃の付いた尾がディエンドを斬りつける、

「ぐわ」

 龍騎の世界のライダーの特徴は、動きは人間並な事である。それ以上のモンスターと対峙するに、スーツの防御力と、強力なカード群による打撃力、そして契約モンスターの召還によって拮抗するしかない。そしてモンスターの動きは、超絶のディエンドの運動量のさらに上をいった。
 今度はディエンドが翻弄される、
 数度の一撃離脱を食らって呻き、
 重心を崩したところドラグブラッガーに身を咥えられはるか上空へ、
 そして士から点に見えるような高みからディエンドが投げ出された、
 砂浜に叩きつけられ、砂塵を舞い上がらせるディエンド、失神したのか動く事もなく、呻く事すらしなくなった、

『ファイナルベント』

 それはリュウガの必殺技。
 ドラグブラッカーがリュウガの背面へ回り込む、リュウガが地上から浮遊、ブラッカーが口を開く、

「ミラーワールドライダーの欠陥はその必殺技にある、ほとんどの場合、一網打尽さ。」

 リュウガの動きを待っていたディエンド、 立ち上がり、自身もまた1枚のカードを左腰のホルダーから取り出す、それはディエンドのシンボルだけが描かれたカード、

『FINAL ATTACK RIDE dididiDIENDdd!』

 ドライバーを向けるディエンド、
 その先にリュウガとドラグブラッガーが直線上に並んでいる、
 ドライバーから光の像と化して幾枚ものカードが飛び出し、ドライバー前方に渦状の進路を作るかのように周回、それはもはや砲身、

「りゅっっっっっがっっっ」

 ドラグブラッカーより黒い炎が吐かれ、それを纏ったリュウガが蹴撃の態勢でディエンドへ、

「ここがミラーワールドでなくて良かったよ。鳴滝さん。」

 カードの渦を巨大な銃身としたディエンドがトリガーを引く、
 カードの渦を纏った巨大な光芒がリュウガへ一直線、
 『ドラゴンライダーキック』を呑み込む『ディメンションシュート』。

「なぜ、なぜディエンドがディケイドをっっっっ!」

 爆発し、直線上にあったドラグブラッガーごとリュウガを光へ消し去るディエンド。鳴滝は絶句した。

「鳴滝さん、いいかい、恨む対手を殺しても自分の頭に恨む想いさえあれば人は恨み続ける事ができる、むしろ殺した方が、報復を怖れずより一方的に恨み続ける事ができる。今日のところは士を貰っていくよ。」

 再び砂浜の底から湧いて出てくるオーロラの壁、壁が速やかに動いて海東と士を透過していく、

「おもしろいぞディエンド、おまえとディケイドは決して相容れない、やがて滅ぼし合う!」

 1人磯に立つ鳴滝に、たまたま海の向こうの震災を原因とした大津波が押し寄せ、頭上から被る。

「ごめんなさ~い。あの子ワタシの事捕まえて脅すもんだからつい、・・・・」

 そこへちょうど白い小さなコウモリ、キバーラが鳴滝に向かって飛んできた。キバーラが見た鳴滝は、拳を握りしめて全身を震わせていた。決してズブ濡れになって潮風に凍えたからではない。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その18









「ボクは、オルフェノクだ。もうこんなもの、意味は、無い。」

 タクミの足下には東京湾へと続く川が流れている。水面は黒く淀んで底が見えない。わけの分からないコケが浮かび、ボタン目の人形が回転しながらゆっくりと流されていく。
 タクミは真新しく舗装された小洒落た石造りの橋から下を覗いている。端から見れば今にも飛び込みそうな雰囲気さえ醸し出している。
 いやむしろ尾上タクミという人生の自殺だったのかもしれない。
 抱えたアタッシュを川を捨てようとする。しばらくその態勢で凝固。
 淀んだ川を小船が通り過ぎていく。
 タクミはディーゼルの黒煙に噎せ、目を背ける。

「ごめん、タクミ・・・・」

 橋の反対側、路上にマシンディケイダーが左寄せで停車していた。上流の流れを門矢士は見るともナシに眺めていた。そしてその隣で友田由里が、タクミの背中を見ていた。

「ううん、ボク、オルフェノクだから。当然だよ・・・・」

 振り返らないタクミは、アタッシュを持ったまま、ただ項垂れるばかり。口にする言葉は、言われたくないから自分で言う言葉ばかり。

「ずっと、オルフェノクだったの?」

 友田由里も背を向ける。堪えられなかった。

「うん」

「どうして、言ってくれなかったの?」

 由里は信頼を求めた。

「学園にいたかった・・・、どうしても。」

 タクミは由里の信頼を維持したかった。
 由里は涙を流した。
 タクミも由里に背を向け逃げだそうとした。 自責なのか恐怖なのか知らない何かの感情が2人の間に横たわる。
 士もまた何も口にせず、タクミを追わなかった。だがタクミが走り出したその方向を見止めた時、既に手はディケイドライバーを掴んでいた。

「裏切り者のオルフェノク、」

「百瀬君、また、」

 4人いた。セントスマートブレインハイスクールの制服を纏った百瀬、玄田、そして朱川。ラッキークローバーの内3人がそこに立っていた。城金はなぜか見られない。

「あの胡散臭い髭は誰だ、」

「我が学園の生徒とは知らなかった。同胞殺しとは罪が深い。ファイズ!」

「学園長、今なんて・・・」

 士の疑問に答えたのは由里だった。由里の疑問に答えるのは、

『スタンディング・バイ』

 タクミがアタッシュを開く、アタッシュはウレタンが敷き詰められており、ウレタンで保護され埋まっているのはベルト、『ファイズギア』。

「変身!」

 即座に巻いてケータイのボタンを3度押し、バックルに装填。

『コンプリート』

「タクミが・・・・ファイズ・・・」

 由里は見た。まばゆい紅の光を。その中心に立つ人の姿を。

「ファイズぉぉぉぉ」

 ドラゴンオルフェノクが、骨格に対して巨大すぎる四肢を動かし突進、

『レディ』

 光が収まった時現れるのは『仮面ライターファイズ』。既にスコープは右脚にセットされている。

 脚を突き出す、
 ドラゴンが胸で蹴り足を受け止める、

『エクシードチャージ』

 ベルトから脚に紅の本流が迸り、光の杭がドラゴンを推す、

「うぉぉぉぉぉぉぉ」

 ドラゴンが叫び、

「やぁぁぁぁぁぁ」

 一足で跳ねるように低く跳躍、蹴撃の態勢で杭を押し込む、
 透過、
 ドラゴンの身を光となって透過していくファイズ、ドラゴンは燐光を放つ、身は灰と化し、立体を失い、重力に従ってアスファルトに崩れた。

「・・・・・ごめんなさい、ごめんなさいタクミ、」

 由里はそのタクミの雄姿を凝視していた。両掌で口元を塞ぎ、体の震えが、溢れる涙が止まらなかった。

「今なら3秒は止められる!」

 ファイズ、ベルトに目をやり『オートバジン』を召還しようとする。あの士がディケイダーを変形させたバイクはファイズ世界のものだ。
 しかし、目視していたはずのそのベルトが消える。操作したボタンの感触すら残っているにも関わらずである。

「えっ、」

 ファイズスーツからベルトが消え、次いでスーツそのものが消失、学生服を着て棒立ちのタクミだけが残る。ドライバーは数メートル先の路上に転がっている。

「奴か。」

 士もまた変身しようとする。しかし手にしていたはずのディケイドライバーが消えている。

「そのベルトが、貴方の急所って事よね。」

 眼前に現れるのはロブスター。レイピアが生身の士を掬い上げる。

「ナニ」

 橋を飛ばされ川に飛び込む士、同じく川を落下するディケイドライバーが目に入る。全ては、ロブスターの時間停止の為せる技だった。

「これで後は、」

「ここからが見極める時だ。」

 タクミにトドメを刺そうとタイガーと化す百瀬を、華村が制止した。

「さあ、後はファイズ、貴方だけよ。」

 士を川に落とし、もはや勝利を確信したロブスターは、レイピアの切っ先をタクミに向けた。

「やめて!もうタクミを許してあげて!」

 ロブスターの腕に絡みつくのは由里。か細い両腕が、彫像のようなロブスターの豪腕にしがみついて体重で引っ張る。

「由里、貴方昔からいい子ちゃんね。」

 振りほどこうとするロブスター。由里は頑なにしがみつく。

「冴子、ワタシ、アナタも優しい人だって、知ってるから!」

「煩い!」

 だが由里の力などオルフェノクを抑止できるものではない。少し力を入れただけで10数メートル突き飛ばすロブスター。橋の手すりに首を打ち付け、目が開いたまま動かなくなる由里。
 その一部始終を自失しながら見ていたタクミは絶叫した。

「やめろぁぁぁぁ」

 像が変化する、オオカミのそれに。

「なに、聞いてない!」

 驚くのはロブスター、ウルフオルフェノクの爪をまともに食らい、アスファルトに叩きつけられる。

「由里ちゃんに手を出すなぁ!」

「ストップ!」

 再び止まる時間、川の流れも大気の流れも止まり、タイガーも華村も動かない。

「時に逆らえない!」

 唯一動けるロブスターが立ち上がり、背後に回って、制止するウルフにレイピアを振り上げる。

「キエロ!」

 唯一動けるはずだった、が事態は先のウルフの攻撃1つで一変している。

「どうして!」

 ウルフの右が刺さる、

 ロブスターだけが支配できる止めた時の世界の中で、ウルフの振り返る光景が彼女の眼前で起こる。パニックで棒立ちするロブスターに、ウルフの右の爪が突き刺さる。

「なにが起こった、」

 タイガーが目撃した光景は、ウルフに生命を吸収されていくロブスターの姿。

「やはりな。奴は、ライフスティルだけじゃない。」

 華村は動じていない。

「助けて、助けて、アナタに乗り換えたのに・・・・」

 ロブスターの灰化が始まっている。ウルフの刺さった爪から燐光が吸い出される。人の像へ戻った朱川の手を伸ばした先は百瀬。だが百瀬はただ唖然とするばかりでなにもしてくれなかった。

「許さないぞ、許さないぞおまえら!」

 タイガーと華村に振り返り口汚く罵るウルフ。

「ボクには勝てない、」

 と言うタイガーは確かに数メートル先のウルフを視認できている。が、まばたきもしない一瞬、既に眼前にあって胸に爪が刺さっている。

「コピーだな、その能力は。」

 華村の胸にもウルフの爪が立っている。

「由里ちゃんを返せ!」

 共に不動のまま灰となって崩れる百瀬と華村。その顔はなぜか笑みすらあった。
 一瞬で敵を全滅に追い込んだウルフオルフェノク。しかし、そこには落胆しか無かった。

「由里ちゃん、由里ちゃん、」

 千鳥足で、未だ目を見開いて動かない由里の元までたどり着き泣き崩れるウルフ。由里の体にしがみつき、震えながらいつまでも由里の名を叫び続けた。
 まず、まばたきだった。

「・・・イタイ・・・放して・・・」

 次に口が動いた。
 仰天し一際大きな声で由里の名を叫ぶウルフ。

「怖い・・・・」

 多少首が動くようになると、眼前の化け物に対して拒絶反応のまま藻掻く。

「ごめん」

 ウルフは咄嗟に下がる。

「良かった。君が私と同じ能力でなくて。」

 ウルフが凝固する。背後にいるのは灰になったはずの華村。華村の像が変化する、それは脳幹が透けてバラの花が見えるローズオルフェノク。ローズの背後で、タイガーも既に復活しているのが見える。

「力が抜けて・・・」

 逆に像が揺らぐウルフ。ローズに頭を掴まれ、怪物の像が消えて人間の像が浮かんでくる。

「もし君が能力を奪って、対手を人間に戻すものだったら、私も彼も灰のままだったからね。」

「ボクは、ボクはいったい、」

 完全に人間に戻ったタクミが自分の両掌を無意味に眺めている。

「これは仲間の分だ!」

 百瀬の拳がタクミの頬を打つ、吹き飛ばされるタクミは路上を転がる。だがそのタクミの手元にファイズギアがあった。

「それでもボクは!変身!」

 ベルトを巻いてケータイをバックルに差し込むタクミ。

『エラー』

 だがなぜかベルトはタクミを拒絶、紅のエネルギーを漏出し、ひとりでに着脱、タクミは勢い飛ばされ地面に背を撲つ。

「ムダだ。ファイズギアは、オルフェノクでなければ変身できない。いままで推測だったが、今日君の正体を知って確信に変わった。もはや仮面ライダーファイズは、死んだのだ。」

 ローズは華村の姿に既に戻り、もはやタクミに興味を無くして去っていく。

「オレの合図で今から城金が学園中の生徒全てを襲う。運が良ければ同胞になれるだろう。おまえら2人は、その同胞達全員で嬲り殺してやるからな。待ってろ。」

 百瀬は震える由里と遠くで伏したまま起き上がらないタクミを交互に見やり、軽蔑の眼差しに背を向けた。百瀬の周囲に風が舞って灰が振りかかる。百瀬は無表情に制服についた灰を掃った。

「タクミ、」

 由里は立ち上がったが、足がもつれて思うように動かない。

「もう、なにも、無い、ボクには・・・・」

 タクミは立ち上がり、ファイズギアから目を離せない。

「おまえはそれをさっき捨てようとしていた。」

 そんなタクミに偉そうに声をかけたのは、なぜか昆布を頭に乗せて人形を片手に全身ズブ濡れの士だった。驚くタクミは、士とベルトを交互に眺める。

「ボクは・・・・、」

「捨てようとしたものに頼るのか。」

「ボクは・・・由里ちゃんをお願い!」

「タクミ、待って!」

 タクミは駆け出した。由里と士から目を背けて。呼び止める声も制止する事はできなかった。
 士は終始無言だった。無言で地面に転がっているファイズギアを取り上げ、ふらつく由里の片腕を掴んだ。
 項垂れた由里の背が震えているのが士には見えた。

「ワタシ、何を撮ってたのかな、タクミの写真、何枚も撮った、でも全部ウソだった、ワタシ知らなかった、彼がオルフェノクだって事も、ファイズになってワタシを守ってくれた事も、ワタシの知ってるタクミの顔は、ホントの顔じゃなかった、」

「知ってるか。これもカメラなんだぜ。」

 おもむろに士はファイズギアに装着される扁平で真四角な機器を取り出す。それをファイズショットと言う事を士は擦れた記憶の断片から見つけ出した。
 フラッシュが焚かれる、
 デジタルカメラの擬似的なシャッター音が発する、
 項垂れた顔を上げて驚く由里、

「本当の顔なんて、誰にも写せない。」

「え?」

「少し前に会った母子がな。人間に化けた怪物といっしょに住んでいたんだ。」

「オルフェノク?」

「もっとすごい怪物さ。怪物は世界を壊す程の危険な存在だったが、母子は、毎日毎朝、その怪物と笑顔を交わして、そして信じた。力の限り信じた。」

「怖かったんじゃないの?」

「たぶんそうだろうな。だが母子は信じた。その怪物が、危険を抑えて信頼に応えてくれる源は、母子の信じる心だって、知っていたからだ。」

「ワタシが、タクミじゃなくて、ワタシが・・・・」

「何百枚撮ったって、別の顔が写る。同じ顔なんて二度と撮れない。だから、オレ達は写真を撮るんじゃないのか。撮ってみたくなったぜ。あいつの顔。」

「タクミの、顔・・・・・」

 由里は肌身離さない637を両手に持った。

「幕間狂言も終わったかい?」

 銃声、
 士と由里に向かってシアンの光線が一条横切る。士は即座に由里を庇い、前方の痩せた男を睨む。

「海東。」

「そのお宝を渡せ。士。」

 顎のラインを崩す事なく淡々としてそれでいて罵るような海東の口調が響く。

「嫌だな。オレはおまえの邪魔をする事に決めていたんだ。」

 由里に逃げるよう促す士も、海東が視線を注ぐファイズギアを眺める。

「大したお宝じゃないが、代金だ。これで文句は無いだろ?」

 と言う海東の手には、先に川に落とされたディケイドライバーが握られていた。
 だが、両者の等価交換は実現しなかった。なぜなら、士をオーロラの壁が呑み込んだから。

「なに、」

 という士の声が海東には聞こえない。もはや士は別の世界に存在している。姿が見えなくなるのも時間の問題だろう。

「鳴滝か、」

 海東はしかし驚いてはいない。原因は分かっている。
 士でも海東でも無い喜声が響いた。

「ありがとうディエンド!おかげで厄介物を始末できる!!ありがとう、ありがとう・・・・」

 あの草臥れた中年鳴滝がオーロラの中から現れて一方的に海東に向かって言葉を並べて、そして一方的にオーロラの中へ消え、そしてオーロラも消した。

「・・・・・、ファイズのベルトが!」

 橋の上には海東1人だけが立っていた。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その17











 マシンディケイダーがひとりでにやってきて、士の前に回り込む。

「さて、ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な。」

 指を路上の左右交互に何度か向けた士は、一方に進路を決めて、ディケイダーを走らせた。路上には灰の山だけが残り、噴水が起こす大気の流れと音が静けさを演出する。

「合点がいった。彼がオルフェノクなら、もはやファイズを怖れる事はない。」

 汚れの全く無いブラウンの革靴が灰に足跡をつけていく。
 灰が動く。ムラも足跡も瞬時に消えて無くなり、1つの山へ集合し、山は人の像へ変貌していく。

「ファイズめ。同胞を殺すなど、なんという人でなしだ。学園長。」

 そして百瀬が再び復活する。
 革靴の男は端正な髭を今でも撫でている華村学園長だった。

「裏切り者には、死よりも恐ろしい罰を与えなければならない。問題はファイズとあの力だ。」

「大した事は無いですよ。たださっきは焦りました。貴方と同じかとね。」

「ファイズは今日を以て地上から消える。救世主伝説もここまでだ。」

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その16









 見知った街並みであったはずである。ところがどこをどういう経路を辿ればこの噴水に来る事ができるか不思議な程の場所へ出てしまう時がある。もちろん街が変わったわけではない。自分の脳内が問題なのだ。

「ベルト、ベルトが・・」

「タクミ!はやく!」

 由里はとにかく士に言われるまま、タクミの手を掴んで逃げた。握られるタクミの手が赤く腫れ、掴んでいる自分の手が白くなるほどに。
 ラッキークローバー、
 嫌いだったけど、学園という場所の近しい知り合い。冴子とは、小学校の時から知っていた。

「おまえ、仲間のオルフェノク達の恨み・・・」

 そんな由里の想いを知っているのかどうか、眼前に立つのは百瀬。百瀬の瞳には野獣の色しかない。

 ぉぉぉぉぉぉぉ!

 百瀬の叫びに大気が揺れた、顔に獣の像が浮かび、実体である人の姿が揺らぎ、揺らいでいた獣の像が百瀬を占有していく。タイガーオルフェノクが、タクミと由里の眼前に現れる。
 再び襲い来る身近な恐怖に由里は声も出ない。

 由里ちゃっ、

 タクミが人の言葉を用いたそれが最後である。

「なに・・・」

 タイガーオルフェノクの左の爪が2人に振り下ろされる。
 由里は凝固する、
 だがタクミはそれを素手で受け止めた、怪物の腕をか細い人の腕で、
 由里の目は怪物よりもむしろタクミに注がれる、
 なぜならタクミの像が揺れているから。

 悲鳴を上げる少女、

 少女にとっては怪物が2匹に増えた恐怖。
 タクミの実体である人の姿が揺らぎ、揺らいだ獣の像が占有していく。オオカミの姿に彫られた白灰の像は、タイガーの爪を跳ね返し己が牙をタイガーに刺す。

『そういう事か、この同胞殺し、』

『消えろ、オマエなんか大っ嫌いだぁ』

 由里の耳に聞き取り辛いハープの音が聞こえる。だが眼前で繰り広げられる獣同士の懺劇のバックミュージックにしか聞こえない。2匹の戯れは、タイガーオルフェノクの燐光の炎によって虚脱した幻影にすら見える。

『おまえ、命を吸収・・・・』

『キエロ、キエロ!』

 オオカミの姿をしたオルフェノクが刺した箇所から灰化が始まり、タイガーの断末魔の絶叫と共に黒ずみ、立体を失っていく。

「キエロ・・・・きえろ・・・・」

 意外なそれがウルフオルフェノクの能力。超絶スペック、分身、時間停止、完全再生に匹敵する程の力で、タイガーを葬ってしまった。

「・・・・由里ちゃん。ごめん。」

 由里に振り返る怪物の像が消え、タクミというショボくれた人間の像が代わりに現れる。タクミの表情はひどく落ち込んでいた。そして由里の方は怯えが収まらなかった。

「大丈夫由里ちゃん、」

 手を差し伸べるタクミ。

「いや」

 再び悲鳴、

 由里は項垂れるタクミに背を向け駆け出した。

「由里ちゃん・・・・」

 手を伸ばすタクミ、しかし怯えの原因がラッキークローバーでなく、自分への恐怖である事を自覚している足は動こうとしない。

「あの人、あの人です、怪物!」

 由里の眼前に人が立っていた。アタッシュを手にし襟を開いた学生服を着込んだ士その人である。士は無言で由里とタクミを交互に眺める。

「門矢君ボクは!」

『誰だって嫌いでしょ。人間のフリしてる怪物よ。』

 タクミは自分の口から出る言葉が全て言い訳になりそうな気がして、声に出せなかった。

「行ってろ。奴はオレが相手をする。」

 士はただタクミを睨む。逃げる由里は2人を振り返る事はなかった。

「ボクは、ボクを君が殺すっていうの?」

 士、アタッシュをタクミに投げる。危うげに受け止めるタクミ。

「たとえおまえがオルフェノクであっても、あの子を守っていた。」

 敵意が喪失し、抜け殻だけのタクミがそこに立っていた。

「ありがとう・・・でも、知られた、由里ちゃんに知られた、もう学校にいられない!」

 ケースを胸で抱えてがむしゃらに走り出すタクミ、
 由里とは反対の方へ、
 後ろからの士の声も既にタクミには聞こえない、
 目の前が真っ白になるまで走る、
 ケースを片手で抱え、右腕は前へいっぱいに差し伸ばす、
 鼻に圧迫を感じる、しわくちゃになる顔、皺の隙間を伝って涙が流れていく、
 タクミの脳は、いったいタクミにどんなものを見せているのだろうか。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その15









「おめでとうございます。これでボクも、ラッキークローバーの一員ですね。」

 本質的に他人を誉めていない海東であった。

「どういう事だ?そんなバックがなんだというのだ?」

 戸惑いを覚える城金の像が変わる。センチピードオルフェノクはムチを携える。

「なんのつもり?」

 同じく海東に敵意を顕す朱川の像も変わる。ロブスターオルフェノクの細いレイピアが光る。

「・・・・・オルフェノク、冴子まで・・・」

 驚くのは由里ばかり。そこへ、

「うぉぉぉぉぉ」

「くそぁぁ」

 由里の眼前を横切る形でディケイドのピンクのボディが飛ばされてくる。転がり敷石に伏すディケイド以外目もくれず、ボディを再生したドラゴンが吠えかかる。

『ATTACK RIDE BLAST』

 ドライバーを連射するディケイドだが、

「効かないと言ったはずだぁ!」

 だがドラゴンは胸や頭に数十の光線をまともに食らいながらも、平然とその鈍重なボディを進め、ついにはディケイドの顔面を片腕で掬い飛ばした。

「苦戦してるね。士。助けてやろうか。」

 転がった先は海東の足下。

「なんだと」

 海東はおもむろに一丁の銃を取り出す。拳銃にしては今時異様に大きいそれは、銃口が2つ、グリップは1つ、銃口下部には筒状のフォアグリップ、それ以外は矩形の中に纏められている。『ディエンドライバー』。

「なんのつもりって聞いてるのよ!」

 もはや戦闘態勢に入っているセンチピードとロブスター。

「ラッキークローバーに、5人は多過ぎる。」

 海東の顔から笑みが消える。
 反対の手にはカード。それはディケイドのそれと規格を同じくする図柄。ただ一点、そこに描かれているライダーの顔は、ディケイドの全く見知らぬマスク。海東の銃の左側面、フォアグリップ直上にカードを差し込むリーダーがある。ドライバーボディの矩形はカードの幅とほぼ同じだ。

『KAMEN RIDE』

 海東が銃のフォアグリップを掴んで銃身を伸ばす。伸びたボディはだがしかしそれでも矩形、これで差し込まれ固定されたカードをリーディングさせる。海東は、銃をそのまま天頂に掲げた。

「変身!」

『DIEND』

 頭上に向けて撃ち出されるシンボル、海東を全包囲から同じシンボルが3つ出現して取り囲み、ディケイドと同じく、海東に折り重なってスーツと化す。刺さった頭部のスリットは大小合わせて10、その全てがシアンに輝き、頭部のそれと平行にいくつものスリットが肩や胸に装甲として並ぶ。ベルトのバックルはディケイドのそれよりも一回り大きく、暗い画面が反射だけで光っていた。

「オレに近い、ディエンド・・・」

 ディエンドがディエンドライバーをそのまま振り下ろしオルフェノク3体に構えた。

「士、見ていたまえ。これがボクの戦い方だ。」

 連射連射連射、

 5メートル幅に弾幕を張ってオルフェノクを威嚇するディエンド、しかしオルフェノク3体は数十の光弾を浴びせられながら全く微動だにしない。

「ボク1人で十分だ。」

 センチピードが一歩前へ出る。左右に容姿の全く同じオルフェノクが出現、その分身もさらに倍に増え、一気に10体のセンチピードが出現。その全員がムチを振るいながらディエンドに急接、

 ムチが振り下ろされる、
 至近1メートルで躱すディエンド、
 反対からもムチ、
 転回してこれも躱す、
 今度は2本同時、
 膝を直角に、体を倒し込んでスウェー、
 今度は直上から跳躍して蹴りを入れようとする一体のセンチピード、
 それをバック転で振り上げた両脚で弾き返すディエンド、

「尾上を連れて行け、早く!」

 一方ディケイドも既にドラゴンの龍頭をした豪腕に迫られ、後退しながら受け流すだけで手一杯、怯えながらまだ立ち上がっている由里を見てなお狼狽えるタクミを任せる。

「他人の心配をする余裕があるのかい士。」

 ディエンド、その軽やかにも程がある身の熟しでセンチピード群の猛攻を躱し続け、なおディエンドライバーへカードを装填、

「おまえこそ避けてばかりじゃないか。」

「言ったよ。ボクの戦い方と。」

 そして同じくスライドし読み込ませる。

『KAMEN RIDE NIGHT』

『KAMEN RIDE KABUKI』

 同時に撃ち出されるシンボルが2つ、縦横に量子的可能性がオルフェノクやディケイドの周囲を展開し、そしてこの世界において1つの実存として確定する。ディエンドのライドはディケイドのように姿を変えるのではない。

「他のライダーを呼び出しただと。」

 唖然とするディケイド。ライダーを召還するライダー。そしてそれは自分に極めて近い力を持つ。はじめて海東という者を意識した士だった。

「こいつは、なんだ、」

 センチピード群全てが唖然とする中、ナイトはバイザーへカードを装填、

『トリックベント』

 ディエンドに召還されたナイトが、さらに増殖する。光の屈折がナイトとなり、そのさらに隣にもナイトが出現。それは虚像ではない。その証拠にセンチピード群により圧倒する数で襲いかかり、組み着いて、ディエンドをフリーにしていく。

「1人でやるんじゃなかった?なんなら交換しない?」

 召還されたカブキ、音叉剣を肩で担いで戦況をゆとりで見守るロブスターへ挑み掛かる。ロブスター、鍔迫り合いだけで渡り合い、未だ余裕にその能力を発揮しない。
 一方、フリーになったディエンド、さらにカードを装填。

「士、教えてやろうか今君ができるオルフェノクの対処法を。そこのドラゴン、これ、効くよ。」

 ディエンドがドライバーを連射、撃ったのは目。さすがに眩しいらしく怯むドラゴン。手の空いたディケイドはカードを1枚取り出す。

「いや、」手にしたカードはキバ。「分かっている。」

『KAMEN RIDE KIBA』

 ディケイドのボディが銀の光沢を帯びて表面が剥離、中から現れ出でるは仮面ライダーキバ。

「うぉぉぉぉ!」

 視界を取り戻したドラゴンは、怪しげなディケイドの一連の動きに、攻撃衝動だけで制止させようとする。

 軽やかに躱し、
 視界ギリギリ外れる右側面に立ち、
 ラッシュ、

「なぜだぁぁぁ」

 吹き飛ばされるドラゴン。
 ディケイドは手応えを実感して思わず拳を撫でる。

「おまえらオルフェノクはいわば肉体の無い生き霊だ。キバにとってはな、それはただのライフエナジーの塊でしかないんだよ。」

「くそがぁぁぁ!」

 装甲を脱ぎ捨て骨身になるドラゴン、超速でディケイド-キバの死角に回り込む。

「おまえにはもう負けん。」

 つまりディケイドはけっこう悔しがっていた。カードを取り出す。

『FORM RIDE KIVA GARULU』

 ドラゴンがディケイド-キバを背面から突く、
 だが敷石を掘るドラゴン、
 既にドラゴンの背後を回り込むディケイド-バ一閃、

「くそ」

「おらぁ」

 青に染まったディケイド-キバ、ガルルセイバーを掬い上げ、勢い手放し直上へ投げる、 ドラゴンが振り返りラッシュ、
 ディケイド-キバも応じる、
 果てしない打ち合いの末、ドラゴンの顎先が仰け反った、
 跳躍するディケイド-キバ、手にするは落ちてきたセイバー、落下と同時に振り下ろす、

「キサマぁぁぁぁ」

 幹竹割りを食らってドラゴンが吹き飛ぶ、 吹き飛んだドラゴンはしかし、巨大な装甲を復元させる、

「言ったぞ、もう負けんと。」

『FORM RIDE KIVA DOGGA』

 紫にその姿を染めるディケイド-キバ。背筋を伸ばし、四肢の動きもやや重い。手にするのは剣ではなく、巨大な掌の形をしたドッガハンマー。

「オレはオルフェノクで一番強いんだぁぁぁ!」

「そんな事考えてたのかよ!」

 互いにゆっくりと間合いを詰め、
 ドラゴンが龍頭の腕を振り上げディケイド心臓を狙う、
 ディケイド-キバ、腕ごとドッガハンマーで叩きつける、

「くそぉぉぉぉぉぉ」

 弾けながら燐光に燃え、そして灰となって拡散するドラゴンだった。

「あいつは態度だけだな。」

 足下に灰が被ったのはセンチピードの一体。ナイトの数のゴリ押しに最初は戸惑ったものの、翻弄はしても決定的打撃を与えられぬナイトを徐々に廃絶していく。ムチで叩き潰すと鏡が割れるように消えていくナイトだった。

「なにが一番強いよ。笑わせるわ。」

 同じく一太刀が全く通じないカブキは、ロブスターに心臓の位置を突かれて燃え、光となって拡散。ロブスターの切っ先はディエンドへ向けられる。

「これからさ。」

 ディエンド再びカードを取り出す。

『KAMEN RIDE ODIN』

 それはナイトと同じ龍騎の世界のライダーODIN。翼広げる肩の横幅がロブスターの眼前に立つ。

「壁にもならないわ!」

 時間を制止するロブスター。この世の全て、ディケイドもディエンドも、最後のナイトを葬ったセンチピード群も、大気の流れも全て制止、当然凝固しているオーディンをスルーして背後のディエンドの腹を刺し貫く。

「全ては私にひれ伏すわ。」

 再び時は動き出す。青き燐光が輝き燃えさかるディエンド。藻掻き苦しむ姿にロブスターは嘲笑した。

『タイムベント』

 不動だったオーディンがその時動いた。自らのアドベントカードを杖に差す。
 引き抜かれるレイピア、
 だがそれはロブスターの意志ではない、
 1人でに逆戻りしていく、
 燐光が収まり五体が元通りになるディエンド、
 後ろ走りし、見えないはずのオーディンを小器用に回避して手前に踊り出る、

「時を戻すなんて、」

 ロブスターの行為が全て無に帰す時間逆光現象。

「いいかいお嬢ちゃん。時間操作でもっとも強力なのは『戻す』さ。」

『FORM RIDE KIVA BASSHAR』

「大体その通りだ。甘ちゃん。(なんだかよくわかんねえけど。)」

 ディエンドより早くディケイド-キバが動く、ドラゴンを葬り即座に緑に身を染めて、バッシャーマグナムを放つ。

「私には効かない!」

 再び時間停止するロブスター、
 ディケイド-キバからの光弾を制止して避け、
 ディケイド-キバ眼前、レイピアを叩きつける寸前時間を動かす、

「ぐぉ」

 その身から火花散って倒れるディケイド、

「時には誰も逆らえない!」

 絶叫するロブスター、しかし自らの影が前に向かって異様な速度で伸びていく様に気づいて絶句に変わる。

「一撃で急所を狙えないのは、甘ちゃんって事だ。」

 背後を振り返るロブスター、
 眼前には先に避けたはずの光弾が追尾してきている、
 直撃、
 倒れるディケイド-キバを飛び越えて敷石に転がるロブスター、
 青い炎の尾を引き爆破、灰が拡散する。

「なにがあった、いったい。」

 残ったのは10数体のセンチピード群、最後のナイトを葬る寸前まで時が遡ったのを自覚していない。

「士、」

 ロブスターを任せるままにディエンドはそんなセンチピードとディケイド-キバを交互に眺め、カードを装填。

『FINAL FORM RIDE kikikiKIVA』

 ディケイド-キバに向けてドライバーを照準。

「ん?」

「痛みは一瞬だ。」

 胸を光線が刺し貫く、

「ハゥ」

 だがディケイド-キバを攻撃したわけではない、
 ディケイド-キバ背面に現れる円形の文様、奇妙にメカニカルな変形で、左同士と右同士の手足が癒着、ディケイド-キバ全体が巨大な弓と化す。『キバアロー』。

「数こそ力だぁぁぁ!」

 と一斉に号令しながらディエンドに向かって突進するセンチピード群。

『FINAL ATTACK RIDE kikikiKIVAaa!』

 ディエンド、悠然と大弓を向けて、いつのまにか出現した銛のような矢を掴んで、弓をいっぱいに引く。さらに、

『ATTACK RIDE ILLUSION』

 10数のセンチピード群に対して横列に分裂するディエンド、
 抱えるキバアローも分裂する、
 10数の矢が一斉射、

「うぁぁぁぁぁ」

 爆砕爆砕爆砕爆砕、

 横一線発射された矢が全てのセンチピードを貫き爆砕した。

「共闘というのは、もっと盛り上がるところでだな、」

 3体のオルフェノクを立て続けに始末した両者。ディケイド-キバがその姿を弓矢から戻す。

「一言注意していおく。」

 ディエンドはドライバーをブラブラと弄んでディケイドに向ける。

「なんだ?」

「キバの魔皇石の光の波長に、オルフェノクに干渉する波長が含まれていたに過ぎない。キバの力はあらゆる属性の世界に通じるが、君の考えてるような理由じゃない。勘違いするな。士。」

 押し黙るディケイド。

「おまえ、自分の話しかしないって嫌われてるだろ。」

 とだけ絞り出した。その手にスマートブレインのロゴが入ったアタッシュケースを持って。

「いつのまに!」

 慌てて手を伸ばすディエンドだったが、

「着いてこれるか!」

 一飛び85メートルの跳躍をするディケイド-キバ。

「やれやれ。本当に邪魔する気とは思わなかった。」

 一旦ディエンドライバーを構えたものの、首を振って収めるディエンドだった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その14









 オルフェノク。
 確かにその響きに近しいギリシャ彫刻のような見てくれ。
 精神体、と言った。ならば一切の物理的な攻撃が通用しない。ではどう対峙すればいいのか。
 精神、スピリッツ、ソウル、ゴースト、生命・・・・・
 門谷士は、おそらく生まれてこの方試行錯誤を人に見せないで過ごしてきた。見せる姿はただ決断と行動だけである。それは、孤独を伴う。

「なんの声だ」

 タクミが逃げた後を追う事も無く、なにやら思索に耽っていた士の耳に悲鳴に近い叫びが入ってくる。脳裏にタクミと由里の姿が過ぎって危機感を覚える士。

「ファイズは見つけた。おまえに要は無い。」

 振り返った士の至近に立つのは玄田。
 それを見た士、既にバックルを腰に巻き付けている。

「オレもおまえに要は無い、変身!」

『KAMEN RIDE DECADE』

 9つのシンボルが周回して士の体に集まり頭部にスリットが刺さる。

「うぉぉぉぉぉ」

 玄田の像もまた変化し、ドラゴンオルフェノクになる。そしていきなり装甲を脱ぎ捨てて骨身になって突進、目にも止まらぬ速さで数センチのところまで間合いを詰め、一撃首を捻り、二撃で腹を打ち、三撃から胴に連打、最後に右の腕だけ装甲を復元して顔面に叩きつけた。

「くそぁぁ」

 ディケイド、為す術も無く草叢から弾き飛ばされた。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その13











「なにしてるのタクミ、」

「カ、カメラ、士君のカメラ、ボクが飛ばしちゃって、」

「飛ばす?アンタなにしたの?いいわ私も捜すから!自分のカメラが手元に無いって、私なら不安で死んじゃう!」

 本当に草叢で捜すタクミ。そのタクミを見つけて由里もいっしょになってあのショッキングピンクを目印に草叢をかき分ける。
 そんな由里の眼に学校指定の革靴が入った。もちろん白い靴下もそうだ。スカートやスーツの柄も色も由里と全く同じだった。しかし顔が違った。いやもはや皮膚の質感が変貌した灰だった。由里の眼前に立つ女生徒は力無く倒れると同時に立体を失い灰となって平面に崩れる。絶叫する由里はしかし、その背後にいる朱川になお驚きついに声が出なくなった。

「由里、いっしょに遊んだ昔のまんまね。幼いまま。でも私はもう、昔のまんまの私じゃないの。」

「貴方がやったの・・・・」

 喉の渇きを覚えた由里に背後から悲鳴が聞こえた。知らない男子生徒の首をあのメガネの城金が掴んでいた。

「ラッキークローバー!」

 城金の掴んでいた男子もまた砂になって地面に蒔かれた。そうして城金は執念深い眼差しで由里を見止め、手にした詩集で間に立ったタクミを叩き飛ばす。

「タクミっ!」」

 由里の絶叫が木霊した。朱川はそんな由里を黙らせる為に頬を打つ。地面を伏す由里に朱川は1枚の、インスタントの写真をチラつかせる。それは海東が持っていた地面の敷石の隙間から芽吹いた黄色い花のそれだった。

「これをファイズが持っていた。なぜかな?」

「知らないわそんな事!」

「やめろぉぉぉ!」

 困惑する由里を助ける為、這いつくばっていたタクミが起き上がり再び城金に向かっていく。

「ガヤAは引っ込め!」

 城金手にする詩集にその拳を受け止められ、詩集の角をこめかみに叩きつけられもんどり打って転ぶタクミ。拍子にアタッシュから手を放し、放れたアタッシュはどこまでも敷石を転がった。

「問題は写真を持つ者は友田由里の交友関係にある人物だという事だ。そしてその中で士とも接触のあった人物。となるとただ1人しかいない。」

 ゆっくりと拍手しながら現れた男がいた。ちょうど由里とタクミをラッキークローバーの2人と挟み打ちする形に。なぜだろう。その素朴な笑顔は、素朴な程に害意を醸し出さずにはいられない。
 黒のやや草臥れたウォーキングシューズが、転がるアタッシュを踏みつけて止める。そこからスラリと長く伸びた足、同じく細身の長い身長は、細面の顔立ちと相まって威圧の無いものの圧倒的な存在感を柔らかくわき出している。

「返せ!お願いだ!」

 タクミは血相を変えてアタッシュを取り返そうとする。

「イヤだね。これはボクの獲物だ。」

 ワンステップでタクミの伸ばした手を躱すのは、海東大樹だった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その12











尾上タクミが学生服の埃を掃って草陰に立っている。右手には金属の厚いアタッシュケースを下げている。ケースには『スマートブレイン』のロゴが入っていた。

「尾上タクミ。」

 同時にシャッター音とフラッシュが焚かれる。咄嗟にタクミは顔を伏せた。あのラッキークローバーと同じ反応だった。

「撮るな!」

 そして思わず左掌が士のトイカメラを弾いて、いずこかの草叢へ飛ばしてしまう。

「いて」

 当然つり下げていたヒモは千切れ、士の首には赤みを帯びた痣がついてしまった。

「ごめんっ」

 タクミは、士の眼前に立つ事が居たたまれなくなった。そして背を向け駆け出した。

「聞きたい事がいろいろあるんだがな。」

「探してくる!」

 タクミにはもう、そんな士のかけ声も聞こえない。

「ま、大体分かった。」

 トイカメラで撮った写真には、ボヤけたタクミの顔、だがしかしその寂しげな目だけはレッドアイになりながらもはっきりと写っていた。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その11









 緑のハードコートに薄灰の粉だけが残っていた。
 風がそよいだせいだろうか、
 まき散らされた灰が一盛り小さな山を作る、
 いや錯覚ではない。
 灰の小さな粒ひとつひとつが意志を持ったように1つの山に寄り集まり、そのうち人の高さまで山が盛り上がり、四肢が生え、高度な芸術作品のような立体の像となる。

「まただ。こういう事を何回繰り返せばいいのやら。やはりファイズの正体を知るのが一番だ。」

 それは虎の像を持った『タイガーオルフェノク』の再生、百瀬の復活だった。

「しかもピンク色という邪魔まで出てきた。」

 百瀬の腕から数本の触手がハードコートの3箇所に向かって伸び、青き燐光を灰の中に埋める。光り輝いた3つの灰の塊もまた人の像を形成し、玄田、城金、そして朱川の3人が復活する。

「朱川、おまえなら止められたはずだ。」

 玄田がコートに膝をついて起き上がれない朱川の胸倉を掴んだ。

「貴方も、追えたはずよ。油断しなければ。城金さんには無理だろうけど。」

 脂汗をかきながら唇の端を釣り上げる朱川。

「ボクがその力を与えたという事を、忘れないで欲しいな。たかだか1秒程度で百人のボクを全て殺れるわけじゃないだろ。」

 城金はメガネのズレが収まらずイラついている。

「いいかげん放したまえ。」

 百瀬が玄田の手を祓う。朱川は百瀬だけを視界に入れ微笑む。百瀬もまた微笑み返した。

「そうよ。貴方達がこうして愚痴をこぼせるのも、この人のおかげなんだから。」

「朱川さんは、まだ進化してから日が浅い。今回は仕方なかった。」

 超絶の力とスピードのドラゴン、
 分裂増殖するセンチビート、
 時間停止のロブスター、
 そして死を操るタイガー、
 このそれぞれがそれぞれに対して拮抗し他を寄せ付けない力を持った4人こそが『ラッキークローバー』の本質。
 その強力な4人の怪物の力を目に入れながら、なお済ました笑顔でいられる少年が1人いた。

「茶番もいいが、ボクの相手をしてくれないかな。」

「この学校の生徒ではないわね?」

 朱川がまず反応し、不敵な少年の存在に他の3人はどよめいて黙する。

「見たのか」

 玄田が人間の姿のまま間合いを詰める。しかし痩せた少年はそれを軽やかに躱す。

「昨日の夜、ここで落とし物を拾ったんだ。」

「昨日の夜?つまりそれは、ファイズの落とし物だと?」

 百瀬は即座に少年が取り出した一枚のインスタント写真を奪おうとする。だが少年はその手から写真を逸らす。百瀬は少年に攻撃的な警戒を目に灯す。

「そんなはずは無い。それはあの由里という女の写真だ。」

「ラッキークローバーに入りたい。」

 少年、海東大樹は訝る百瀬に不敵な笑みを返した。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その10









 百瀬の像が変化する。それは虎の像となった。『タイガーオルフェノク』となる。

「ん」

 その威圧感を肌で感じるディケイドは驚くべき光景を眺める。
 触手がタイガーの腕から放たれた。放たれた先はドラゴンだった灰。まばゆい光を放つドラゴンの灰が立体を為していく。

 うぁぁぁぁぁぁぁ!

 ドラゴンの姿が戻り、吠え、その生命活動が再開された。

「オルフェノクに命を吹き込んだ?」

 立ち並ぶ3体のオルフェノク、その脇にさらに朱川が並び同じく像が変わる。あの夜から彼女は蝦の姿、『ロブスターオルフェノク』を得ていた。

「全員か」

 本当に驚いているディケイド。

「我々の敵はファイズ、どこから来たか知らないが、消えてよ。」

 タイガーオルフェノクの威厳ある姿から青少年の声が聞こえてくる。

「この学園に潜り込んで、何をするつもりだ?」

 驚きはするがたじろぎはしないディケイド。

「オルフェノクは、人類を支配する!」

「後ろよ。」

「ぐわ」

 背後から斬りつけられるディケイド。いつのまにか背後に立っていたのはロブスター。ディケイドの視界には斬りつけられる寸前まで4体のオルフェノクがいたはずである。決してタイガーに気を取られていた訳ではない。

「今度はボクの力を見せてやろう。」

 センチピード、ムチを片手にその像が2つに増え、そして4つになる。それは目の錯覚ではない。

「ぐ」

 蹌踉けるディケイドの首に巻き付けられるムチ。引きずられ、2本めのムチがさらに胴に巻き付き、3本めと4本めがディケイドを伐つ。

「玄田君。君はよく思い込みで死ぬね。これで何度めだい?」

 タイガーとドラゴンは、ディケイドへの合計オルフェノク5体によるリンチを傍観している。

「じゃあ奴の攻撃は、」

「あの下品なピンクの光はオルフェノクには通じない。自分で証明してみせたまえ。」

「くそ・・・・、おいそいつを放せ!」

 ドラゴンの巨大な四肢、巨大なボディが灰と化して崩れる、だが全身が崩れたわけではない、骨のように肉体を削ぎ落としたドラゴン、一瞬見えなくなる、次に見えた時はディケイドの眼前に立ちはだかっていた、

「速い」

 その細い腕が振り上げられる、至近で眺めながらも、軌道を読む事ができるにも関わらず目が追いつかずその腕の動きが断片的にしか見えない、
 抉られる顔面、吹き飛ぶディケイド、だがディケイドもまた吹き飛ばされながらカードをバックルに装填した。

『ATTACK RIDE BLAST』

 連射するマゼンダ、合計6体のオルフェノクのボディを直撃、

「なるほど、奴はファイズじゃない。」

 ドラゴンは削ぎ落としたはずの重厚な四肢が復元している。だがディケイドの弾丸に怯む事も無いのは重厚だからではない。

「おまえはオルフェノクには勝てない。決してな。」

 並んで同じく何発も食らいながらも平然としているセンチピード。

「教えてあげるわ。オルフェノクは言わば精神体。貴方の使うその武器は全て物理的な法則に支配されている。効くはずが無いのよ。」

「また」

 驚愕のディケイドに、なお背後から声をかけるのはロブスター。ドラゴンの超速はまだ見えぬ事は無かった。しかしロブスターは視界にいたにも関わらず既に背後にいる。
 ロブスターのレイピアがディケイドを薙ぐ、 ハードコートを転がるディケイド、

「見極めてやる。」

『KAMEN RIDE BLADE』

「姿が変わった?」

「なんだあのベルトは?」

 ディケイド-ブレイドへの変化に、今度はラッキークローバーの方が驚く番だ。しかしそれも危機感を生む程ではない。

「それがなに?」

 やはり気がつくとディケイド至近に立つロブスターがいる。

「見極めると言ったぞ。」

 そのレイピアの動きを見切った訳ではない。ただ声がしたから闇雲にステップしたに過ぎない。攻撃を躱せたのは全くの偶然である。しかしディケイドのカード装填は確信であった。

『ATTACK RIDE TIME』

 それはブレイドスペード10と同じ働きをする『タイム』の効果。時を止める。
 静止する世界、静止する大気、静止するオルフェノク。しかし静止しないものもある。

「ぐ」

 伐たれるのはディケイド-ブレイド。止まった時の中で動けるのは彼のみであるにも関わらず、ロブスターの刃が襲った。つまり。

「貴方も時を止められるのね。」

「おまえもな。」

 ディケイド-ブレイド、困惑したロブスターに向かってラウザーを振りかぶる。

「言ったはずよ。効かないと。」

 ラウザーの刃を素手で受け止めるロブスター。
 『タイム』の効果が切れる。それは抑止された状態の無防備を意味する。

「終わりだぁ!」

 ムチを撓らせるセンチピードが迫る、

「ウゼエんだ!」

 ドラゴンの豪腕が大気を歪めて迫る、

「くそが」

 ディケイドの頭が真っ白になった。もはや走馬燈が過ぎってもおかしくない状況だった。

『スタートアップ』

 いずこから不連続な電子音が聞こえる、
 いつのまにか紅の光の杭が4体のオルフェノク頭上に浮かぶ、
 そして上がる4体の絶叫、

「ファイズ、あれがファイズ、」

 ディケイドがあれほども苦戦したラッキークローバー4体が、一瞬で立体を失って灰と化した。顕した姿は通常の紅いラインのファイズではない。より強力な銀のフォトンを全身に巡らせた『アクセルフォーム』。

『コンプリート』

 開いた胸が閉じ、基本フォームに戻るファイズ。

「この学園から去った方がいい。」

 だがしかしディケイドを振り返らない。
 ディケイドは仮面越しに睨みつける。

「学園の英雄だな。ファイズってのは。敵ナシだ。」

「ファイズになれるという事を、君は何も分かっていない!」

 跳躍するファイズ、一飛びで校舎の屋上へ。

「・・・・・、待て!」

 唐突な憤りに充てられ唖然としたディケイドは、ただ無分別に後を追う事以外できなかった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その9









「ディケイド、今日こそおまえを、」

 そのコートを網の外から傍観する1人のみすぼらしい男がいた。みすぼらしいと言えば鳴滝以外無い。猛り狂ったように何かを為そうとしたが、それはもはや永久に為す事は無い。

 背後から音も無く駆けてくる青年、
 跳躍、
 鳴滝頭上で宙を前転、
 立ち塞がった時、ようやく鳴滝が気づいた。

「海東大樹・・・・」

 たじろぐ鳴滝だった。

「やぁ、」海東は指先で銃を作って鳴滝に向ける。「鳴滝さんじゃありませんか。」

 その声はあえて爽やかだ。

「君は・・・」

 巨大な校舎は、いつも日差しを遮って学園に巨大な影を作る。鳴滝も海東も日の光の下にいない。

「貴方も、ボクの邪魔をするつもりじゃないでしょうね?」

 海東は鳴滝と横並びする。

「君の恐ろしさは知っている。止めておこう。」

 やや背後に回って鳴滝の視界から外れる。
 振り返る鳴滝。
 既に背後に人の姿は無い。

「ねえ、変な奴でしょ。」

 その代わりというべきなのかなんなのか、一匹の白いコウモリのような、ワッペンのようなものが飛んできた。ユウスケをクウガの世界から転移させたあのキバーラだった。この登場は決して偶然ではない。
 掴む鳴滝。

「奴め、何を考えている・・・」

 周囲を見渡し慌てて藻掻くキバーラを、コートのポケットに押し込んだ。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その8









 コートでは誰も1人きり。
 と偉大なる古人が言った。

「このラッキークローバーに挑むとは、生意気な。」

 校内に作られた特設のハードコート。ネットの片側に立つのは門矢士。しかし反対側に立つのは2人。ラッキークローバーの玄田と城金。残りの2人はコート外で傍観している。ラッキークローバーは卑怯というわけではない。

「1人じゃ物足りないな。2人がかり、いや3人がかりでも構わないぜ。」

 城金玄田を共にストレートで破った士が言い放ったからである。士にはなお息の乱れすら無い。

「あの力、やはりあいつがファイズ・・・」

 そう城金が叫び、玄田と同時にサーブを放つ。放った2つのボールは炎を纏って4つに分裂し、大きくカーブを描きながら、士を狙う。注主観イメージ。
 城金も玄田も士を抜く事を考えていない。その命を狙っている。これだけは事実。

「この技、」己の急所を逸らしつつもラケットで軌道を塞ぐ。「やはりこの中にファイズがいる。海東、オレの勝ちだ。」

 と意地の悪い笑みを浮かべる士に向かってラッキークローバーの火の玉サーブが再び放たれる、
 2つのラケットを持つ士、
 体ごとスピン、
 2つのサーブを竜巻と化して弾き返す、
 弾き返した弾はそれぞれ正確に打った者の心臓の位置に直撃。
 無様に転倒する城金と玄田。

「とうとう我々の前に現れたな。ファイズ!」

 ツッコミどころが違うだろう、というのはさて置いて。

「ファイズ?」

 士、犯人捜しをしていた者が突如犯人扱いされる衝撃。

「しらばっくれるな。正体を見せろ!」

 玄田が吠えた。吠えたと同時にその像が人のそれから彫刻の怪物のように変化する。その像は伝説の龍。『ドラゴンオルフェノク』。城金もまた変化している。 ムカデの『センチピードオルフェノク』。

「そうか、どうりで気にくわなったはずだぜ。」

 事態を即座に呑み込んでバックルを取り出す士。

「変身!」

『KAMEN RIDE DECADE』

「ファイズじゃない?」

 そのショッキングピンクのボディにどよめくオルフェノク達。

「お互い、見当外れをしていたな。」

 最初に、一般人はファイズを警戒する必要が無い事を士は見抜くべきだったろう。

「ファイズで無かろうと、我々の正体を知ったぁ!」

 玄田だったドラゴン。その骨格に対して大きすぎる膨れすぎている硬質の前腕を地面に叩きつけた。裂けるハードコート、裂け目がディケイドの足下まで伸びる。足場を崩すつもりだ。しかしディケイドの方が速い。

『FINAL ATTACK RIDE dededeDECADE!』

 既に跳躍、光のカードは縦列でドラゴンまで伸び、斜め上方からディケイドが突っ込んでいる。

「ぐぁ」

 爆砕、

 ドラゴンがディケイドの一撃で、立体を構成する力を失い爆発的なエネルギーを発しながら灰と化す。

「うぁぁぁぁ」

 それを眼前で目撃したセンチピード。即座回れ右してコートから出ようとする。

「大丈夫だ、大した奴じゃない。」

 そのセンチピードの眼前に立ちはだかるのは同じラッキークローバーの百瀬だった。

「しかし、見てみろ、玄田を瞬殺だぞ!」

「おまえが言ったんだ、奴は、ファイズじゃない。」

 青白い炎をあげるドラゴンだった灰の照り返しを受けながら、百瀬は笑った。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その7









 学園長は、自身の部屋からデスクを背に、校内を眺めるのがこの上ない喜びだった。

「この世界の重心である王が消えてもう随分になる。私はね、ただこの世界の秩序を回復したいのだよ。」

 グレーがかった髪が、乱れながら富士の輪郭のように天頂から肩まで流れている。同じ色の口髭は顎のラインに沿って短く手入れされ、それが今時珍しい蝶ネクタイとブラウンのスーツを纏っている。この学校の学園長はなぜか変に睫毛が長く、爪をよく噛む。

「ご安心ください。ファイズは必ず見つけます。華村さん。」

 窓を眺める学園長の背後に立つのは、立つだけで絵になる百瀬。

「人類の全てをオルフェノクにするのは儚い夢に過ぎない。それでは今の人類社会の問題をスライドさせるに過ぎない。一部でいいのだ。寡頭の一部で。この学園の優秀な生徒をぬか床にし、オルフェノクを増殖し、そして日本の中枢を動かすうようになれば、この世の秩序は回復する。」

「そしてボクと華村さんには、オルフェノクがどれだけ束になっても、絶対に服従しなければならない力を持っている。たとえ最強の力を持っていても、たとえ物理現象を動転させる事ができても、我々の能力には叶わない。」

「いかんな。百瀬君。高すぎる虚栄心は、己を小さくする。」

「ボクを見くびらないで欲しい。貴方の生死を握る力を、ボクは持っている。ファイズはいずれ見つけますよ。我々の遠大な計画がこんな初期の段階で転ばないようにね。」

「忘れてはいない、だが君がオルフェノクである事を許してやっているのは、私である事事も忘れてはいない。」

 百瀬は、視線を学園長からやや外した。

「百瀬君、目星があると言ったな。」

「はい、学園長。1人は女、何度かファイズに助けられています。餌にすればファイズをおびき出せるかもしれません。もう1人は、転校生。」

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その6









「さっきはありがとう。私、友田由里。」

 ここは校舎内の写真部室。由里は四角テーブルで士と対面する形で座り、テーブル中央のせんべいを一囓り。

「ボクは、尾上タクミ。お茶、熱すぎた?」

 3人分の緑茶を用意するのは少年タクミ。士の態度から、用意した自分のせいかもしれないと思い込む。

「いや、門矢士だ。」

 士は士で、たかだか茶の温度に敗北する自分を見せたくない。

「ねえ、このカラー、別注?かわいいよねえ。」

「ボクはいいから!」

 などと由里はさっそく士のつり下げたトイカメラに興味津々。もしかしてカメラが主で士は従かもしれない程はしゃいで、タクミに向かってレンズを向け、タクミは反射的に拒絶してレンズを手で塞ぐ。

「ねえ、さっきはなんで助けてくれたの?」

 士に振り返った由里は士の身を案じている。

「さっきの、ラッキークローバーとか言うバカが気に入らなかっただけだ。」

 ある意味これも士の本音だろう。

「ホンっト嫌な奴等、オルフェノク並に大っ嫌い。」

 由里が真顔で言ったその目に、今タクミがどんな表情でいるかは見えていなかった。

「オルフェノクに恨みでもあるのか?」

 士はサラダせんべいをつまむ。同時に由里は海苔せんべいを取った。これが大事。

「誰だって嫌いでしょ。もし周りにいたらと思うと、最悪。」

 由里は頭の中のイメージと必死に戦っていた。

 士は、黙ってまず由里を眺め、次いでタクミの表情を眺め、やや胸を反らす。その視線に気づいたのか、慌ててタクミはフォトブックを一冊士に広げた。

「でもこの学園はファイズが守っているから大丈夫さ。それよりどう、由里ちゃんの写真。」

 しばらく沈黙してポラロイド写真を眺める。やや原色に近い鮮やかな一色を中核に据えた校内の風景画と、雑多に笑顔を示す知人の集合写真が多い。ごく普通の女子高生の等身大の世界がそこに横たわる。

「ああ、悪くない。」

 士の興味はもはやこの写真集には無かった。

「インスタントカメラの色、なぁんか好きなんだよねえ~」

 ポラロイドの色は、原風景の情報量が相当度オミットされた色である。少女の視界はまだまだその情報量と対する以上に入れる事ができない。

「それで、写真集出すんだよね。」

「夢よ。そんなの。」

 少女がタクミの言葉をそう否定するのは、良くも悪くも自分を知らないからであり、あるいは裏腹な謙遜である。

「でも好きなんでしょ?いいじゃないか。ボクは、応援している。」

 タクミの言葉は今の少女のアングルに捉えきれるものではなかった。

「海東の奴、ファイズの正体を知りたがっていたな・・・・、これは奴を出し抜くいいチャンスかもしれない。」

 士の興味は、自身が撮ったボヤけた4枚のインスタント写真、ラッキークローバー4人を撮ったそれに注がれていた。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その5









 セントスマートブレインハイスクールは、偏差値トップ、総合学科単位制を基本として、レベルの高い教育を生徒に施す新進の高等学校。進学すればセントスマートブレイン大学、そして就職先は出資元の多国籍企業スマートブレインへと比較安定した進路を辿る事になり、会社においては課長補佐という肩書きから幹部候補としての道が開ける。故に高校の段階での競争は激しく、試験ごとの順位は全生徒公開で下位者は周囲からの白い眼差しに耐えきれず中途退学するのがもっぱらだ。従って高学年になるほどに生徒数が激減していく。

「由里ちゃん、いいの撮れそう?照明キツくない?」

 由里は春の日差し薫る校庭で、植木に飾ったゲンノショウコへポラロイド637を構える。

「タクミ、邪魔しないで。ウザい。」

 と丸盆で反射光を照らす少年からの雑音を塞ぐ由里。だがそんな由里の耳にそれ以上の雑音が周囲から届いてくる。

「城金くーん!」

 ペーパーテストトップ、いつもハードカバーを読みながら人生を送る『城金琢磨』。

「玄田さっっっっっっ」

 スポーツ万能、単独競技ではレコードをいくつも保持する『玄田玲』。

「百瀬タン、こっち、こっちよ!」

 甘いマスク、もっとも多様な学科で単位を修得し、幅の広い知識と見識を垣間見せる実質のリーダー『ケネス百瀬』。

「萌~、美人スグル、」

 クールビューティー、全女生徒中トップの成績を誇る紅一点『朱川冴子』。

 だが逆にこの学校においても、その激しい競争を勝ち抜き、頂点に君臨する者がいる。渡り廊下から、由里達と同じ校庭に出てくる4人『ラッキークローバー』こそがこの学園のアイドルとも言える存在だった。

「なにするんですか!」

 由里が悲鳴を上げた。
 近づいてきた。先頭は城金でも朱川でも無く玄田だった。玄田はスポーツ系の男子にありがちな粗雑で横行な態度で由里に近づき、まず当たり前のように植木の花を掃い落とし由里にまっすぐ向かってきた。植木の割れる音で、いままで騒いでいた学生達が制止した。

「今オレ達の写真撮ったよな。」玄田が背後に回り込む。

「ラッキークローバーはアイドルじゃない。勝手に写真を撮るのは気持ちが良くないな。」そして城金が卑屈な笑みでできる限り抑揚を抑えて口上を垂れ、前後で囲んだ。

「由里ちゃんは写真部で!いつもぉ、カメラを持ってるだけです・・・」由里を庇ったのは、助手をしていたタクミだった。

「ヘタなウソ。」そのタクミの顎を撫でてさらに由里にガンを飛ばすのは朱川。「私達に憧れて、どうしても写真が欲しかったって言えばいいでしょ。」

「冴子、どうしてそんな事言うの、貴方そんな眼で他人を見る子じゃなかった。」由里の感情は同じ女性に向けられた。

「私は成長したのよ。対等でなければ、もう昨日の友達も友達じゃないって。」朱川の眼差しは動じない。

「最低、誰も彼もが貴方達に憧れてると思ったら、大間違いよ!」

 凛々しい由里の視界に、隣で味方をしているタクミのオドオドした態度が映り、その眼に影が差す。

「没収。」

 そんな由里の手から強引にポラロイド637を奪い取るのは玄田。慌てて取り戻そうとする由里が朱川に阻まれる。城金はタクミを牽制している。タクミはオドオドしている。
 玄田がポラロイドを校舎の壁に向かって思い切り投げた。
 由里が絶叫した。

「かわいいカメラじゃないか。」

 片手でダイレクトキャッチ。立っていた。玄田の眼前に、門矢士が。ダサい公立指定の学ランを着て、あのピンクのトイカメラを首につり下げて。もう一方の手には、新しい植木に入れ替えたゲンノショウコを抱えている。

「誰だ、君は。」率先して前に出るのは城金。

「ラッキークローバー、だっけ?」

 しかし拳が上がっているのは玄田の方である。もうあと10センチ近づけば玄田のリーチに士が入ってきただろう。
 士が上手だった。637を構えフラッシュを焚いた。玄田は意外な程撮られる事に拒否反応を示す。1枚撮って637が焼き付けた写真を玄田に叩きつける士。

「なんだよこの写真はよ!」

 玄田がキレて写真を地面に叩きつける。その間城金や朱川までの写真を撮って、3人を煙に巻きながら軽やかに立ち回って、タクミにゲンノショウコを渡した。

「なにあの写真!」

 誰かが叫んだ。士の写真はたとえ他人の637で撮ったとしても半端無くブレている。

「中々良く撮れてるな。ホンモノは下品な顔だが。」

 そして最後にやや離れた位置から傍観していた百瀬の写真を、本人の胸に叩きつけた。やはり百瀬すらもレンズに撮られる事を過剰に肉体が拒絶している。

「このふざけた写真はなんだ!」

 口で反撃を試みる城金。
 百瀬は違った。
 投げつける、
 立ち去ろうとする士の神経が、空を切り裂く快音から、回避行動を取らせる、
 投げつけた写真が凄まじい回転力で校庭の壁に刺さった、
 それを見た士、百瀬に振り返り、背を正して無意識に爪先立ちする、

「貴方、まさかファイズ?」朱川が士に向かって言い放つ。

「オレの全力投球を素手で、」玄田が唸っている。

「なんであろうと、僕らをこんな写真に撮って汚したんだ。礼はしてもらおう。」城金はメガネを直した。

「転校生だな。学園長から聞いている。失礼した。」

 息巻く仲間を背後にした百瀬は、ガンを飛ばす士に向かって深々と一礼した。

「いきましょ!」

 そしてさらに後方から立ち尽くす少年、ゲンノショウコを小脇に抱えた『尾上タクミ』が大声で士に声をかけた。
 士は、大きく深呼吸をしてラッキークローバーに向かって皮肉な笑みを向けながら、素通りしてタクミの元に歩んでいった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その4









「ベルトの罅も消えて、もう意識もはっきりしている。」

「キバーラが咬んで命を吹き込んでくれたおかげで、ユウスケもだいぶよくなりました。あの子も本気でユウスケが大好きみたいですね。泣きついてましたもん。」

 峠を越えたユウスケを置いて士クンはこの世界を撮ってみるという。私は多少安堵したのか、士クンのその格好が気になり出した。玄関から出ると士クンはその世界の役割を与えられるのが毎回の恒例。

「ニタニタするな!」

 私の顔つきが士クンには気に入らないみたい。ざまあみろ。20歳にもなって高校生の格好させられてるんだから、もういびついびつ。どのお店の方って感じ。

「その格好なんですか~」

 攻められる時には徹底的に、は士クンがよくやる手だ。この際イジメてやろう。

「全く、オレという奴は何を着ても似合っちまうな。」

 と強がる士クンが、クソ、と舌打ちもした事を私は聞き逃さない。思い切り笑ってやるよりも、抑えて失笑してやった方がダメージが大きいだろう。

「騒ぐな、周りが見るだろ。」

「だって、そんな格好するのは反則です~。」

 士クンは背を見せているが、もう顔の赤みが手に取るように分かる。この次の世界ではランドセルでも背負って欲しいな。

「と、とりあえず、この学校にいってみるぞ。いいか夏みかん、おまえは、おまえはユウスケを見てるんだいいな。」

 赤い顔を最後まで見せずに、セントスマートブレインハイスクールと書かれた生徒手帳をチラつかせた士クンだった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その3









「ユウスケは?」

「トレーニングですって。1000の技を鍛えるんだって言ってました。」

「キバの世界から、調子が悪そうだからな。」

「私の前でキバの世界って言わないでっ前から言ってるじゃないですか、思い出しちゃうじゃないですか!」

「ああ、あの時のおまえの、」

「言わないで、言わないで!」

「それより、おいおい、朝からがんばり過ぎじゃないのか!」

 士クンは私を無視して漂ってくる匂いに大はしゃぎだ。
 湯気が立っているのはテーブルのセンターにカセットコンロと共に置かれた鉄鍋。だけど沸騰させてはいない。具材が死んでしまう。メインはブリ照、筑前煮はやや醤油を濃く、酢の物は大根とキュウリと白菜、それらを受けて立つごはんと味噌汁は松茸に蟹だ。松茸は茶碗蒸しにも使われている。
 これはお爺ちゃんの仕業?

「なんかの記念日か。」

 お行儀の悪い士クンはさっそく筑前のさといもをつまみ食いしはじめた。

「一応君の好物を揃えてみた。士。」

 今朝の光写真館は、お客さんのもてなしから始まった。
 起きがけに、士クンに親しげに話しかけるいい男にびっくりした私は、いつのまにか隣にお爺ちゃんがいる事にも気づかなかった。お爺ちゃんも口をあけていい男を眺めている。

「おまえ、誰だ?」

 士クンも知らない人らしい。困惑してる士クンを眺めるのは悪い気はしないけど、この士クンよりヒョロ長いいい男は私も気になった。

「誰ですか?」

 眼から星が飛び出しそうな笑顔を向けてくるいい男に、私は心の中で構えを取った。

「士がお世話になっています。」一礼するところがまたいい男。「海東大樹です。」

 素直な私とお爺ちゃんは目の前のいい男に合わせて一礼してしまった。

「士クンのお知り合いですか?」

 はじめての士クンを知る人との出会い。私は少し危機感を覚えた。なぜだろう。

「ああ、おまえ、この間のレンゲル坊主か。多少顔が違うが、声で分かった。オレの眼は誤魔化せないぞ。」

 士クンは少し狼狽えてる。この間の剣の世界ででも会ったんだろうか。ユウスケと同じように世界を越える力を持っているんだろうか。

「ええ、知り合いです。それも、ずっとずっと昔から。」

「オレが聞いてるんだぞこいつ、」

 あの士クンがこの海東って人にいい様にあしらわれてる。

「じゃあ貴方も9つの世界を?」

 私はなぜか士クンから話を逸らしていた。

「ええ巡っています。そもそも9つの世界を巡るのは僕の仕事だ。士、君にはまだ早い。」

「なんだこいつ。」

「僕の後を追っかけてくるのは、止めてくれないか。」

 士クンを上から眺める海東って人は、なぜだろう、カズマさんと違ってどこかイヤらしい。

「誰が!」

 士クン、スネた。

「君は僕の足下にも及ばない。邪魔だけはしないでくれよ。」

 この子達がなんだかウザくなってきた。

「今日は士がご迷惑をかけたお詫びに、朝食をサービスさせていただきました。」

 なんか日本語オカシイし、たぶん作ったのはウチの厨房だし。でも悔しいけど既にウチの中においしい食事の匂いが充満している。私とお爺ちゃんは食欲のままにテーブルに足が向かい、お子ちゃまのケンカなど頭から吹き飛んだ。
 でも私もお爺ちゃんも、こんなにおいしそうな料理が冷めるまで食べられない事になる。

「やあ、いい臭いがする。」

 帰ってきたユウスケ。
 いつもの人懐っこい笑顔を私達に振り撒く。
 でも私達は笑顔で返す事をしない。できない。
 眼は虚ろだった。額から今一筋の血が流れていた。血は赤いというより黒かった。
 ベルトが出ていた。バックルに今罅が入った。

「気をつけろ、この世界では、腰の曲がったお婆ちゃんまで怪物になる・・・・」

「ユウスケ!」

 卒倒するユウスケに私は情けない悲鳴を上げ、士クンが、すばやくユウスケを支えた。

「仮面ライダーの端くれだろ、おい。」

 ユウスケがやられた。

「関係無いさ。ここはオルフェノクの世界。クウガの力はここでは通用しない。相手は、死から蘇って怪物になる、幽霊みたいなものだからね。」

 この海東って子の得意げな顔が憎らしくなった。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その2









 同じ深夜、ちょうど校舎の裏側をロープを使ってよじ登る青年がいた。昼の内に校舎に侵入、屋上まで上がって身を隠し、ロープで窓から主立った部屋へ侵入、同じく窓から出て、目的の品を散策していたところであった。

「装着者がいたのか。」

 高校生から見ればやや年長に見えるが、それ以外の者から見れば高校生程度に見える。そんな青年が屋上の夜風にさらされながらキャップ帽の角度を細かく変えていた。青年の眼下に広がるのは、オルフェノクとファイズの戦い。

「灰を見ても仕方ないが。」

 ロープを使って秒単位で6階層ある校舎を降り、警備員とオルフェノクだった灰を踏みしめると、そこに少年のスニーカーの跡が残った。当然痕跡を消す為に蹴り飛ばす事を忘れない少年は、祓った灰の中から光沢を帯びた薄い写真を見つけた。既にファイズも、被害者の由里もそこにはいない。

「インスタントの写真だな。」

 拾い上げたインスタント独特の白枠の大きな写真に写っていたのは、路面に敷き詰められた石盤の隙間から、小さくも力強く伸びて咲いている黄色い花だった。

「ファイズ、なぜかこの学園の守っている。知りたいな。その正体。」

 少年は、右の人差し指と中指を揃え伸ばし、銃を撃つまねごとをした。



「待ちなよ。大丈夫かい?由里君。」

「貴方は、」

 由里は戸惑う。
 眼前の学生は同じ制服ではない。特別に襟詰めから袖の端まで特有のラメをなぞったこの学園に4人しか着られない制服のそれだった。男の細眼は良く言えばクールで、悪く言えば嫌味である。メガネがこれまた絶妙に細いトゲのような人格を感じさせる。片手にはなぜか絶えずイエーツの詩集を持つ。授業中も昼食中もだ。

「この城金琢磨様が聞いているんだよ。さっきの事を心配してやっているんだ。」

 由里は本来なら励ましをかけてくれた城金という男の声に、なにか違和感を覚えた。

「貴方なんでそんなに平気なの、人が、オルフェノクに襲われたのよ!」

「だから、心配してやっているんじゃないか。ありがとうの一言くらいあっていいだろ。」

 由里の緊張し切った神経、激しい動悸、擦り剥いた生傷にも気づかないこの男の言葉の励ましに、怪しさを感じるのはおかしな事だろうか。

「ありがとうございますっ、今日は1人にしてください!」

 逃げようとする由里の腕を強引につかみ取る城金。

「君のその顔の細さがたまらない。ラッキークローバーの1人であるこの僕が、君に興味があると言ってるんだよ。」

 メガネがやや釣り上がるような笑みを浮かべ、力づくで校舎の壁に由里を押し付ける。

「やめなさい、貴方も栄えあるラッキークローバーの1人ならね。」

 城金の背後から女声。
 それは、由里以上に髪を伸ばし先をややウェーブで作った、せっかくの美人が口元のやや強い引きつった笑みで気の強さばかりが強調されてしまう女。やや足を開き腕を組んで城金の背を眺めている。

「サエコ・・・」

「朱川、」

 親の仇のように城金は朱川サエコを睨み、自分から気が逸れた隙に由里は小走りに逃げる。

「貴方は行きなさい、ここは私が話をつけるから。」

「サエコありがとう!」

 城金は焦って由里を追いかけようとする、しかし既に回り込んで立ちはだかる朱川。

「みっともない。あの子程度に振り回されるんじゃないわよ。」

 朱川の視線には憎悪の感情すらある。

「まさか嫉妬?」

 城金の笑みは朱川への優位を確信したものと若干違う。

「そんな下品な事貴方の口から聞きたくないわ!」

 過剰な反応を楽しむ余裕すらある城金は、メガネのヅレを若干直した。

「君の前にラッキークローバーだった碧流が、なぜ死んだか知っているか?」

「なにそれ、そんな話どうでもいいじゃない、オルフェノクに襲われたって、この学園なら誰でも知っている事よ!」

「いや、そうじゃない。」

「何が言いたいの?じれったい、」

「耐えられなかったからさ。進化に。」

 城金の顔に異形の像が浮かんだ。

3 ファイズの世界 -夢の狩人- その1









「助けて!タクミ、どこいったの!」

 深夜の学園。ここはセントスマートブレインハイスクール。
 逃げ惑う長いストレートの髪の少女がいる。今年高等科1年に上がったばかりの友田由里が、なぜか同じ学園の純白を基調とした制服のもう一1人の少女ユカリに、これ以上ないほど怯え逃げ惑っている。

「あの、お2人共ウチの生徒さん?こんな夜中になにを。」

 由里とユカリの間に割って入るのは、振り上げ気味にライトを持つ警備員。

「私・・・・・この学校には入れなかったの・・・、」

 ユカリはまるで放心したようにあらぬ方向に視線を向けてその細い足で由里に近づこうとする。

「逃げて!危ないの、早く逃げて!」

 友田由里は奇妙である。警備員は本質的に多少の護身の心得ももっており、手にするライトの長さはいつでも警棒に転じる事ができる。その屈強な40男を捕まえて、千鳥足で近づいてくる少女から逃げろという。由里の身の安全の保護を依頼するのが本当ではないか。

「入れない?どうして、」

 警備員は明かりをユカリに向けて立ち尽くしている。まるで状況が掴めていない。

「だって、」ユカリの顔に別の像が浮かぶ。その表情は虚ろから素朴な笑みに変わった。「オルフェノクだから。」

 顔の像が全身の像の揺らぎとなり、ユカリの像が陽炎のように消え、揺らぎだった像が実体になり入れ替わる。
 由里が悲鳴をあげ、警備員もおよび腰で震えながらライトを投げつけて逃亡を図る。

「だから、逃げてって」

 少女から変貌した『バタフライオルフェノク』の指先が触手となって伸びる。由里の頬を掠め、背を向けている警備員の心臓を貫通、その体内で心臓だけが焼き尽くされ、白目を剥いて倒れる警備員の肉体はたちまち灰となって立体を失い、煙を吹いて崩れ去る。

「あぁぁぁぁ」

 絶叫し、学園の敷き詰められた白いタイルの上に倒れ込む由里。もはや数秒後には手に塗れた同じ灰の運命となる。

『エクシード チャージ』

 紅い光芒が闇夜に投下される、
 それはまるで開き掛けの傘、光で構成された紡錘状の杭が、オルフェノク斜め頭上より振ってくる、

 やぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 光の杭と同じ方向から蹴撃の構えで降下してくる1つの影、

「私はなにも!」

 バタフライは杭を受け止め踏ん張り、踏ん張るが故にその場に抑止される。死を直覚したのか、バタフライの見た影が降下してくる様は、奇妙な程スローモーだった。

 やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 影がオルフェノクの肉体をすり抜けていく。 直後は5体無事なオルフェノク、振り返り影に向かって手を伸ばす、オルフェノクの内側より紅い閃光が発し、熱量を帯びたエネルギーが四散、オルフェノクの像と折り重なってΦのマークが浮かぶ、像が消え、残った人の形をした灰が立体を失って崩れていく。

「ファイズ・・・・」

 黒い影に紅い光芒が人のラインを象っている。由里はその者の名をファイズ、『仮面ライダー555』と読んだ。